第7話ありきたりな悲劇は(7)

容疑者の男の身元が判明しました。


住所不定の無職、本田和良(58)  容疑者。


容疑者が運転する車が、住宅街のはずれ片側一車線の道路を時速112キロの速度で走行中に、道路を横断中の近所に住む、山本正美さんを跳ね飛ばしたあと、壁に激突炎上した模様です。撥ねられた山本正美さんですが、駆け付けた救急隊員によって病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。


付近ではいまも警察による現場検証が行われ、終わり次第、大破炎上した車の撤去作業も行われる模様です。騒然とした現場にはおおくのひとが見守り、被害者の女性を悼む声が聞こえます。



事故から二か月。


負傷した容疑者の回復を待って現場検証がはじまる模様です。


「容疑者の様子はどうですか?」 「しっかりした足取りのように感じます」


「表情などはそこからわかりますか?」 「ここからではわかりませんがすこしやつれているようにも見えます」


「ただ」 「ただ?どうしました」


「しきりに同じ場所に顔を向けているようにおもえます」


事件が起きたのは閑静な住宅街のほど近く、近所の人も散歩などによく使い、スーパーへ行くための道路を横断中におこりました。

付近には信号の付いた横断歩道はなく、危険だと何度となく地域住民からの要請があった模様ですが、工事がおこなわれることはなかったそうです。


近所の方にインタビューした模様をお伝えします。


「前から危険だとおもってたんです。ほら、手前に緩やかなカーブがあるでしょ。あれはすこし下ってるからスピードが出やすいんです」


「わたしも以前に、猛スピードで走り抜ける車があぶないなーと思ってた」


「ちいさな子供もいるからなんとかできないものか、頼んでいたですけど・・・」



一通り聞いて回った取材班は、「こういうのはやっぱりなんともやりきれないものだな」 「そうですよね」

なんて話しながら、再び現場の前を通りかかったとき、事故のあった交差点付近で、献花にしては不釣り合いな花を添える女性に目が留まった。

どうしたのだろうか、と気になり女性に話かけると、



「きょうがね、誕生日だったの。」ぽつりとつぶやかれた言葉と悲し気な姿にこの先をきいてもいいものか、と考えていると、


「この間ここで亡くなった正美さんにね、頼まれてたの。もしものことがあったら変わりにお花をそなえてほしいって・・・」


「なんでこんなことになっちゃたんだろう・・・」


「正美さんも昌司さんも唯くんもみんないなくなっちゃった・・・」


すすり泣く女性になんと声を声をかければいいのかわからなかった。

しばらく、立ち尽くしているうちに、女性は気を持ち直し、

「せっかくだからきいてくれない?」と。


女性の話は、正美さんの生涯についてのことだった。


正美さんが高校3年生のとき、両親と妹を一度に事故で失い、それでも親戚の家にお世話になりながらも、大学に入学。

卒業して働き始め、高校時代から付き合っていた昌司さんと結婚。それから、息子である唯くんが生まれて、ほんとうに幸せそうだったこと。

そして、今から七年前にここで二人を目の前で亡くしたこと。抜け殻のようになってしまった正美さんのこと。それでも最近になってやっと笑うようになったことがとてもうれしかったこと。「なんでこんな・・・」


話を終え、


女性と別れた取材班は、

このことを報道するべきかいなかを迷わずにはいられなかった。

ただの悲劇として伝えていいのだろうか。

自分たちがするべきことはほんとうにこういうことなのだろうか。

やるべきことがほかにもあるのではないだろうか。

答えを出すことはできず、沈黙のなか、皆が胸にしまうことしかできなかった。

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