第5話ありきたりな悲劇は(5)

フリー記者のひとみと男の出会いはとある取材先でのこと。


それは、


天災や不慮の事故や事件によって、突然家族を亡くなった方たちの集まる家族会の一つだった。

男はそこで、雑務を淡々とこなしながら、輪に、はいりづらそうなひとを見つけては話しかけ、話を聴き、グループのなかに自然と溶け込ませるようなことをしていた。


ふと気になりだすと自然と目で追うようになり、男にも話を聴いてみようとインタビューをしたのが始まりだったとおもう。


「すみません。少しよろしいですか。わたしはこういうものです」


他の取材のこともあり、簡単に尋ねる私に、「むかしわたしもそうやってくれたひとがいたので」と遠慮気味に話す姿に好感を覚えたものだ。

年齢は40の半ばといったところで、「あなたにも亡くした方が」と尋ねる私に「はい、もう十数年も前になりますが」と。


聴けば当時はまだまだ規制が厳しくなかったことが一因とも考えられるが、仲間内での飲み会から、車で帰宅しようとした男との衝突事故だったと。

彼の事故当時の1990年頃ならエアバッグもなく、シートベルトをつけることすらぜずに、一般道ではまだ普通に走れた時代だ。


そんな当時だからか、男が運転する車が交差点に差し掛かったころ、信号を無視した飲酒運転の車が助手席側から衝突。助手席に座っていた妻と膝の上にいた娘は衝突の衝撃により叩きつけられ、命を落としたのだという。


運転席にいた自分だけが助かり、妻と娘をなくして、そのあとはよく思い出せず、それは散々なありさまだったらしいこと。

もう死のうとふらふら歩いていたら、

巡回中の警察官に呼び止められ、うわ言のように起きたことを話すわたしに、そういった集まりの世話をしているひとがいるので、死を考えているのならその前に一度だけあってみてほしい。といわれ、出会い、今に至るという。


彼曰く、「ぼくもあなたとおなじように、すべてをなげすてようとしていた。

堪えられなかったんだ。

僕だけしかいないせかいに。

いなくなったひとに会いたかった。

なにもかもが、みたくなくも、かんがえたくもなくて、飛び込んだんだ。

運がよかった、のかな。目をあけて、ぼーとした状態で「ぼくは助かってしまったんだ」、と。そしたら、近くにいた看護婦さんがね、いうんだ。

「あなたになにがあったかなんてわたしには、わかりません。

でも、あなたを大切に思ってくれているひとがいることは知っています。」って

 

ふと顔を枕からあげると、祖母が、


「おかえり」


っていってくれて。


それが、なんていえばいいのか、泣けてきてね。


すごく泣いたよ。泣いて、ないて、ないて、あんなに泣いたのははじめてだった。

気づいたんだ。

ぼくは、ぼくだけがひとりじゃないんだって。


「大切なひとを亡くして、苦しんでいるひとがいて、失った人を忘れられず、今を失くしてしまうひとがいて。僕はここで、それを、すこしでもなにかを、なんでもいいだ、軽くできたら、と。苦しんでいひとにできることをしたい。ぼくには大切なひとがいた。あなたにもいたように。ぼくは苦しみに寄り添いたいとおもった。あなたにもそうしてほしいとはいわない。それでもたいせつなひとは想って、かんがえてみてほしい」と。


拙い言葉を聴きながら、「…わたしは、・・・」


妻と娘の笑顔を思い出したとき、


「笑顔で会いに行きたい」と思ったんだ。


気持ちだけですぐに前をむけたわけじゃない。


何度も、もういいんじゃないか、らくになりたい。娘が成長したらあれくらいになっていたのかな?妻はわたしは・・・わたしは・・・・・・。


何度もあしもとすらみえなくなるようなせかいに入り込みそうになるわたしを


彼は寄り添うようにささえてくれた。

話し掛け、和の中へと導いてくれた。


幾度目かの集まりに顔をだしたときだったかな。


彼がいないことに気が付いて、きいたんだ。


「彼は先日なくなりました。もともと体が強くなかったそうで」


驚き声を忘れたわたしに、


「顔を出せるうちは出したい」と、

だいぶ無理をしていたそうです。


その時に、ね。「わたしでも、彼のように」と思ったんです。


「彼のようにとはなかなかいえないけど、寄り添いたいんだ」


そうほがらかに笑う男の表情は穏やかなものだったと記憶してる。


その後も、取材先で何度か顔を合わせ、短いながらも会話をして、その人となりに感心を抱き、忙しくなるまでの間だったが、ちょっとしたやりとりもした。


だからこそ、事故の後に容疑者の名前を知った時、


何かの間違いではとおもわずにはいられなかった。

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