第3話ありきたりな悲劇は(3)

これは、過去の記憶。

 

 正美こと私は、どこにでもある一般的といえる家庭で育った。郊外にあるマンションに父と母、私と3つ下の妹がいる4人家族だった。

 父はどちらかというとのほほんとしたひとで母には頭が上がらないひとだった。

「僕が母さんの尻に敷かれているのは、惚れた男の弱みってやつさ」

なんて嘯いていたっけ。

 それでいて、私が決めたことを認めて応援してくれる人だった。

「母さん。正美がしたいって言ってるんだ。やらせてあげなさい。僕は正美を応援するよ」

 そうして、私の背を押してくれた。

 かわりに母は、とても厳しいところがあったけれど、それは親心というもので「あなたの人生なんだから、しっかりなさい」と叱咤してくれていたのだと今ならわかる。

 親子関係は良好だったとおもう。

 妹はどうだったかな。

「お姉ちゃんだけずるい、わたしにもちょうだい」

 なんてちょっとわがままなところはあったけど一緒に買い物に行ったり、初恋の話をしたり、バレンタインの話で盛り上がったりもしたな。


 うん。幸せだった。

 穏やか表情をした父がいて、ちょっときつい目元で小言をする母がいて、それにふくれっ面で答える妹がいて。家族で囲んだ食卓が懐かしい。




知らせは突然のことだった。


いまも思い起こされる穏かな日常の終わり。


「今度の日曜日に家族で出かけようか」なんてお父さんがいいだして「どうしたの」って私がきくと「いや、この前母さんがね。ほらお店の福引で新しくできたレジャーランドの無料招待券を当てたんだよ」とにっこり。

 それに妹が「あーっ、知ってる。行ってみたいと思ってたの」って騒いで「そうだろう」とうなずく父と「ふふふ」とほほ笑む母の姿。

 そうして母が「正美はどうする?」って聞いてきて私は答えた。

「あー、と。うん。日曜日だよね。行きたいんだけど……」

とそんな曖昧な返事をするわたしにピンッきた母が「彼とデートなのね」っとしれっとみんなに暴露した。


 あの日々はもう遠い過去だ。

 

 ちょっと返事に戸惑うわたしに「昌司君によろしくね」という妹と「正美に……彼氏が。そんな……デートだなんて」と驚きのあまり狼狽える父がいた。

 そのあまりにも驚いた顔を父がしたものだから、始めに母がなんて顔しているのよって笑って、それに釣られるように私と妹も笑ったものだ。


そうして時間は過ぎて、運命の日曜日を迎えた。


「そろそろいくね」と立ち上がるわたしに、


「あんまり遅くまでいちゃだめよ、まだ高校生なんだから」


「お姉ちゃんのお土産も買ってくるからね」


「今度、その昌司君を連れてきなさい」といった父の後頭部を反射的に「なにいっての?」と叩く母に笑うみんな。


頭をさすりながら「気よつけていくんだよ」という父に


「うん、いってきます」


それが、家族と笑い合える


最後になるなんて考えもしなかった。

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