第7話 ヒラタ少年とカシオペア。




『高品』


 そう書かれた表札の前に僕は立っていた。時刻は昼前。彼女からこの時間に来いと言われたのだ。


「でかいな…」


 僕の目の前には、見た人に語彙力を喪失させるほどの大きな和風建築が建っていた。どうやら燿の家は随分とお金を持っているらしい。


 いや、お金を持っていた、か。


 茫々と伸びっぱなしの雑草。所々についた蜘蛛の巣。その様は廃屋と言わないまでも無惨な姿であることには変わりなかった。


(まあ、確かにあいつは掃除なんかしなさそうだしな。)


 実のところ、掘っ立て小屋の掃除や整理をしているのは僕である。燿は整理整頓ができない正確というわけではなく、ただ単に汚れにルーズなのだ。よく読みかけの本やクレヨンを地面に普通に置いていることもあるぐらいだ。


 比較的きれい好きな僕はせっせとそれらを片付けるのである。



 僕はあたりを見渡し、ようやくピンポンを見つけた。それも随分古ぼけたもので、つながっているかもわからない。僕は押すのを迷ったが結局押すことにした。


『ピンポーン』


 そう安っぽい音がした。どうやら電気は通っていたらしい。ドタドタとせわしない足音が聞こえて、それで…


「星くーーーーーん!!!」


「ゔっ!?」


「え?あれ?星くん?」


「ちょ、み、鳩尾……ぐ」


 なんでこんな典型的なヘマができるのだろうか彼女はすごい速さで僕に抱き付かんとし、そのまま僕の鳩尾に顔を埋めたのだ。

 人体の形をしている以上急所は同じだ。つまりは猛烈にやばい。


「え、え!?」


「〜〜〜〜〜〜」


 困惑する燿と悶絶する僕。


「し、死ぬの?」


「なんでだよ!」


 お巡りさんこいつです。彼女の手を借り僕はなんとか立ち上がった。そして燿を見てあることに気づく。


「……………」


「……ん?なーに?」


「お前がスカジャン着てないの初めて見たな。」


「え〜!流石に家の中では着ないよぉ!」


 変なのぉ!と僕を指さす燿。着てそうって思われるぐらいには常識がないから聞いたのだが、彼女にはどうも伝わらなかったらしい。


「ささっ!あがってあがって!」


「おう……にしても、お前の家随分大きいんだな。」


「え?あー、そう…かもね。」


「?」


「もう!そんなことはどうでもいいでしょ!今日は星君に見せたいものいっぱいあるんだ!」


(今、一瞬はぐらかすような感じがしなかったか?)


 僕は燿を見る。しかしその顔は宝物を見せたがる子供のようにあどけない純粋無垢な笑顔だった。


(…まあいいや。)


 彼女について気になることは多い。それでも僕は彼女が話してくれるのを待つと決めたのだ。だからこそ変な詮索もしたくはなかった。


「♪〜♪〜」


「………またその曲か?」


 気づけば彼女は呑気に鼻歌なんかを歌っていた。聴き慣れたフレーズは、僕が彼女と共に時間を過ごした証拠でもあるだろう。


 彼女は嬉しそうに顔を緩ませる。


「子供の時から聞いてるからね。そうだ!この曲のレコードも見せてあげるよ!」


 世紀の大発見のように告げる燿に僕は笑いかけた。


「それは…楽しみだな。」



 長い長い廊下を抜けていく。何枚もある障子が僕の感覚を狂わせていく。


「この家本当にでかいんだな。僕もう自分がどこにいるのかわかんないぞ。」


「同じような光景が続くからね。昔は庭も手入れされてて今よりはわかりやすかったんだけど…手入れするのも面倒でやめたんだ。」


「へぇ…それで僕たちはどこに向かってるんだ?」


「え~そうだな~!」


 燿がのんきな声を出す。


(決めてなかったのかよ……まあ、いつものことか。)


 彼女の言動の八割は突拍子もないのだ。僕が諦めの気持ちを抱いていると、うんうん言っていた燿がこちらを振り向いた。


「よしっ!決めた!お父さんの書斎に行こう!」





 ☆


「あ、この部屋には入らないでね。」


「おお。」


「こっち。」


 そう言って燿は階段を登っていく。どうやら2階部分は後から改装されたらしく真新しい洋風の建物になっていた。


「2階は少し小さいんだな。」


「まあ1階に比べちゃうとね。こっちだよ。」


 彼女の後をついていき、通路を歩いていく。


「ここがお父さんの書斎だよ。」


 そう言って彼女は扉を開けた。


「へぇ…」


 燿の父親の書斎はとても静かでこんなにも猛暑なのに少しだけ涼しく感じた。大量の本に少量のレコード、そして本の題名の大半は天文学に関するものだった。


「お父さんはね、天文学者だったの。星を見るために、夜は明かりが少ないこの村に移り住んだの。」


「それは……初耳だな。」


「ちょっと待ってね、音楽かけるから。」


 器用にレコードを取り出し、準備を始める彼女。


「珍しいな。」


「え?」


「おまえのことだから機械に入れっぱなしだと思ってたよ、レコードも。」


「ああ…。」


 燿はなにも言わずに音楽をかけた。


『♪~』


 なぜだろうか、この曲はこの書斎にとても合っている気がした。彼女が大きめなソファに座り、隣に座るように僕を呼びかけた。僕はおとなしく彼女の隣に座る。


「この曲はね…」


「『恋するあなたは宇宙人』だろ?」


 僕が答えると、燿は驚いた顔をした。


「……知ってたんだ。結構昔の曲なのに。」


「ラジオで流れてたんだよ。そのときにな。」


「ああ……なるほど。」


 しばらく二人で音楽を聴いた。椅子に座っておとなしく音楽を聴くのは僕の趣味ではないのだが、それでも黙って音楽を聴いたのは、燿の顔がいつになく幼げで儚く、彼女の感傷をとどめたくないと思ったからだ。


 やがて音楽が止まり、彼女が口を開いた。


「このレコードは、絶対に傷つけたくないの。お父さんの形見だから。」


「え?」


「さっき、聞いてきたでしょ?」


「あ、ああ……」


 彼女は、形見だと言った。ならもう燿の父親は…


 ドスンと、僕の目の前に大量の本が置かれた。


「え?」


「え?」


「いや…なにこれ」


「え…流星群の本とー、私のアルバムとー、私の好きな絵本!」


「そういうことじゃ…」


「今日は星くんに見てほしいものいっぱいあるんだ!」


 先ほどの感傷はどこへやら、眼を爛々とかが焼かせた彼女に少しだけ僕は呆れた。


「まずはね〜…これ!私のアルバム!」


「いや、お前のアルバムなんか…」


「これはね、私が3歳の時の写真で…」


「聞けよっ!」


 そんなにバカ高いテンションで来られたら僕が感傷的になるのがバカバカしいじゃないかと、僕はあまり気にしないことにした。

 きっと彼女もそれを望んでいるのだろう。


「……これがお前のお父さん?」


「そうだよ!で、抱っこされてるのが私!」


「うん、まあそうだろうな。」


 燿の顔は子供の頃から全然変わらないらしい。完全に面影があった。


「……優しそうなお父さんだな。」


「! うん!そうなの!」


 彼女は嬉しそうに返した。よっぽどお父さんっ子だったらしい。そのあとも彼女は自分のアルバムについて一枚一枚説明しながらページをめくっていく。


 父親と一緒に星を見ている写真や、音楽を聴いている写真。所々怪我をしているのは彼女が今と変わらずわんぱくだったからだろうか。


「ほら!ザリガニ星人!」


「ははっ!本当だ。」


 歯の抜けた笑顔でザリガニを片手にカメラを見る彼女の写真。僕は思わずそれを見て笑ってしまった。



 それから僕たちは高品燿子の宝物を見て過ごした。カシオペア座流星群の写真も二人で見た。そして…



「これが私の大好きな絵本!」


「これも宇宙人が出てくるのか?本当に好きなんだな。」


「へへ、子供の頃にお父さんが買ってきてくれたの。」


「どんな話なんだ?」


「んとね〜、あるところに貧乏な女の子がいるの。女の子はひとりぼっちで寂しいし、苦しいの。」


「………」


「それで…そんな時に宇宙人の男の子がその子の元に来て、その子と仲良くなるの。」


「………それで?」


「………」


「………燿?」


 突然黙り込んでしまった燿に僕は疑念を抱く。彼女の名を呼ぶが、燿に反応はない。

 しばらくして、燿はこちらを見上げた。その目に映る僕の姿が見えるほどに真剣に僕を見ていた。


「ねぇ、星くん。」


「……なんだよ。」


 僕は当然戸惑う。彼女が真剣な顔をするのは、割と珍しいことなのだ。ゆっくりと彼女が口を開いた。




「あなたは宇宙人なの?」




 二人の視線が交差した。何かが起きだすようなそんな予感がした。



 …僕は声の震えを感づかれないように、息を整えて、それからこう答えた。


「違うよ。」




 金と黒が混ざった髪が揺れた。


「そうだよねー!あはは!」


「どう見ても人間だろ。」


 彼女の声がよく聞こえない。


「てか僕のどこを見たら宇宙人に見えるんだよ。」


 心臓の音がうるさいからだ。僕が宇宙人だと気付かれたら、何かが終わると思ったのだ。


 何が終わると思ったのだ?


「いやーなんかそんな気がして…そんなわけないんだけどさ!」


「僕にも宇宙人にも失礼だぞ、それ。」


 僕は何を怖がっているのか、と考えてみたけれど答えは分からなくて、僕は彼女の恥ずかしそうな笑顔を見つめた。






 ☆


「お前、料理うまいんだな。」


「え?そうかな…」


「僕も自炊するけど…こんな美味しくできないぞ。」


「そ、そうかな…えへへ。」



 燿の宝物も見終わり、僕たちは食事をとっていた。昼食ではなく夕食だ。僕も彼女も気づいたら長い時間が過ぎているのでたいそう驚いた。


 そしてそこで事件が起きた。燿が手料理を振る舞うとのたまい始めたのだ。当然僕は止める。彼女に料理を作る才能があるようには到底思えなかったからだ。


(マジでうまいな……)


 ところがどっこい。彼女の料理は僕の想像以上に美味しかった。ただの野菜炒めなのになんでこんなにも美味しいのだろうか。


「お、おかわりもあるよ。」


「え、まじ。」


「うん。」


 ニコニコと僕を見つめる彼女に皿を渡し、僕は目の前の料理に集中した。


「誰かにご飯を食べてもらうのって初めてだから嬉しいな。」


「そうなのか?そりゃもったいないな。」


「どうして?」


 僕がそう言うと彼女はキョトンとした顔を向けた。


「こんな美味しいんだから、皆食べたいって思うんじゃねぇの?って話だよ。いや…そんな深い意味はないんだけど。」


「そ、そんなに美味しいの?」


「僕は好きだよ、めっちゃうまい。」


「え!」


 途端に赤くなってしまう燿。テレテレとした様子で白米を書き込み始めた。


「あ、ありがと……」





 その後、僕たちは山へ出かけた。今度は彼女も虫除けスプレーの使い方を間違えなかった。


「懐中電灯って便利だねぇ!こんなに明るい。」


「そんなに明るくねぇよ。少なくとも僕には真っ暗であることには変わりないんだから。」


「大丈夫!星くんがいなくなっても頑張っても見つけてあげるから。」


「……頼もしいよ、本当。」


 僕たちは山道を抜けていく。暗いとは言っても通い慣れた道だし、燿のあとをついていけばいいだけなのでさほど苦ではなかった。



 なんやかんやで僕たちは例の掘立て小屋に辿り着いた。僕はあることに気づく。


「あれ?何このブルーシート。」


「あ!気づいた?寝転がりながら見れるように昨日頑張って敷いてみたんだ!」


「ははは、張り切ってんな。さんきゅ。」


「うん!」


 僕たちは隣同士で寝転んだ。痛むかと思ったブルーシートも過ごしやすいほどに快適だった。


「星くん星くん!今何時?」


「え、ああ。」


 僕はポケットから携帯を取り出し、時刻を見た。


「もうすぐか〜!楽しみだね!」


「…そうだな。」


 僕の脳裏に頑張ってブルーシートを敷く燿の姿が浮かんだ。そしてこのはしゃぎよう。よっぽど流星群が楽しみなのだろう。


「そろそろだよ!あと5秒!」


「いやそんな正確にはわかんな」


「わかるよ!匂いがするもん!」


「は?」


「! ほら!」




 彼女がピンと指さした。その先を辿るように僕も空を見上げた。


 夏の夜空を彩る幾多の星々がまるで祝福するかのように、僕たちのもとへ振るように、煌めきながら舞っていた。

 何億もの色を織り交ぜ、生まれたかのように美しいその銀の糸は何かを掬うように優しく垂れる。


 燿が手を伸ばした。彼女はきっと救ってほしいのだ。あの銀の星々に手が届くなら、きっと彼女は願うのだ。



 そして、僕の意識はそこで途切れた。







『ヒラタ339!なぜそんなこともできないのですか!』


『ごめんなさい。』


 かしましく文句を言う女を僕は見上げた。彼女は文句しか言わない。できてもできなくても決して僕を評価することはない。


『見ろよ、ヒラタ339のやつ。また上官に怒られてやんの。』


『先生も優しいよなぁ。ヒラタ339に構ってやるなんて。』


『ばか、ストレス発散してんだよ。』


 遠くから、僕を揶揄する声が聞こえた。目の前の、上官と呼ばれた女にも聞こえているはずなのに何も反応はないのは、それが図星だからだろうか。



 彼女にも、彼らにも、その背中には羽が生えていた。柔らかな毛の生えた大きくて立派な羽だ。


 それに対して僕はどうだろう。僕の羽はどうだろう。僕の背中からは紫色の半透明な羽が生えていた。叩けば破けてしまうような脆く繊細な羽。生まれつきこうだったのだ。



 両親はいたって普通の、豊かな毛を持つ大きな羽だ。僕だけが奇妙な羽を持っていた。


 両親は僕を気持ち悪がり、大人たちは奇異の目で見、子供たちは面白がった。


 僕が迫害まがいの扱いを受け始めたのは自然の摂理だった。


『……っ!……っ……!』


『ギャハハハハ!面白ぇ!』


 水の中に頭を突っ込まれ、よく殴られた。誰も僕を助けてくれなかった。母も父も僕をないものとした。



 そして、その日は訪れた。



『ヒラタ339、お前に他星探索の任務を与える。星の名前は現地の言葉で、『地球』だ。』


 それは、罪人に与えられる任務だった。当然だ、無事に行けるかも帰ってこれるかもわからない。それに宇宙人であることがその星の住民にバレたらきっと良い待遇は望めないのだから。



 しかし、僕はこれをチャンスだと思った。逃げられるのだと思った。この星を出るためならば、僕は何だってしてやろうと思った。


 そして僕は彼女の星に辿り着くことになる。地球という美しい星に。



『ヒラタ339、お前に与えられた期間は約6ヶ月だ。それ以降は、お前の宇宙船への搭乗を認めない。』


 約6ヶ月。つまりは…



 あと1日。






 ☆


 …!……ん!


「…………」


 …くん!……いくん!


「…?………」



「星くん!」


「!」


 僕は耳元で聞こえた大きな音に驚いて、飛び跳ねるように目を覚ました。


「も〜!寝てたの〜!あんなに綺麗だったのに!」


「……………」


「……星くん?」


「! あ、ごめん。もう一回言って…」


「いや…そんな何度も言うことじゃないんだけど…どうかしたの?」


「え?」


「顔色が、悪いから。」


 燿が僕の頰にそっと手を伸ばしてきた。僕は抵抗することなく、彼女の手に体温を預けた。


「大丈夫。ちょっと夏バテ気味だったみたいだ。」


 僕がそう言うと彼女は心配そうな顔のまま、そっかと手を離した。


「あーあー!流星群の写真撮ればよかったなー!」


「カメラ持ってきてもお前はあほヅラでずっと空見上げてそうだけどな。」


「! ひ、ひどいよ〜!」



 あと1日。


 そうだ、そうだったと僕は認識した。あんなに毎日厳重につけていたカレンダーの印も、着けなくなったのはきっと、彼女と過ごす夏休みが楽しかったからだ。


「流星群楽しめたか?」


「……うん!」


 燿が笑った。何度も、何度も見た笑顔だ。そして僕があと何回かしか見れない笑顔だった。


「燿。」


 僕は彼女に顔を近づけた。


「何?…………え、え!?ちょ、ちょっと!」


「………………」


 そして彼女の髪に手を伸ばし、こちらへ寄せて…


「ま、そ、そういうのは早!だ、あ…」


「土、ついてるぞ?」


「へぁ?」


「あ?」


「あ、ああ!いや……な、なんでもないよ!」


「顔赤いぞ?大丈夫か?」


「だ、大丈夫…本当だよ〜……」


 燿が目を合わせてくれない。一体なんだというのだろうか。


「か、帰ろうか。ほら!もう夜もふけちゃったし!そうしよう!うん!」


「え、あ!おい待てよ!」


 そのあと燿はよそよそしく、僕は疑問を募らせるばかりだった。





 ☆


(顔…戻らない……!)


 私はグニグニと顔を摘んだり押したりしていた。それでも赤くほてった顔は戻らず、おそらく気持ち悪い顔のままである。


 こんな顔になったのは友達の星くんが私をだ、抱きよ、抱き寄せ……


「〜〜〜〜〜〜〜!」


 胸がドキドキしている。足がふわふわして地に足がついていないような、それでいて多幸感に溢れていて、こんな気持ちは初めてだった。


(な、なんだろうこれ…びょ、病気かな?お父さんの書斎にある医療系の本読み返さないとかな?)


 山の中、夜から朝へと変わりそうな、何かが始まりそうな空気のなか、私は後ろからついてくる確かな足音に集中する。


 平田星が確かにそこに存在する。


 ふらりとこの村に訪れた彼はいつのまにか私にとってかけがいのない存在になった。


(友達…なのかな?)


 夏休み前だったら怖くて、想うことすらできなかったであろう考え。それでも、望んでもいいのだと思えるほどには、彼は隣にいてくれた。


(と、とと、友達だよね!さ、流石に……友達じゃないって言われてもへこたれない準備をしておこう!)


 まだ少しだけ信じるのは怖いが、それでも信じたいと思わせてくれたこと自体私は彼に感謝しているのだ。


 無愛想な仕草も、間の抜けた顔も、少し高い背も、優しい声色も、全部好ましかった。


「…………」


「ん?どうした?」


「え!?」


 気づくと私は振り返り彼を見つめていた。山の中は暗く、彼は朧気に私がいると思われる方角を見ていたが、夜目が効く私はただ星君だけを見ていた。


「………へへへ、なんでもないよ!」


「なんだよそれ…」


 私はただ漠然と、白紙のノートに書き綴ることはできないが、断固とした思いを抱いていた。


(ずっと、星君の隣にいたいな。)


 そう、なればいいなと私は星を仰いだ。





 ☆


 あるところに一人の少女がいました。


 少女は貧しく、働き手も限られていたため少女は毎日頑張って働いていました。


 雨の日も、風の日も、雪の日も、皆が楽しむお祭りの日だって、少女は働きました。


「お母さん、何であの子は泥だらけなの?」


「ああ、私の可愛らしい坊や。見てはいけませんよ。関わってはいけませんよ。」


 そんな彼女の姿を見ても、街の人々は助けようとはしませんでした。貧しい服を着た少女はとても汚らしかったのです。


 ある冬の晩のこと、少女は冬の山道を歩いていました。依頼された山草は、夜に取らなければすぐに枯れてしまいます。


 ずさずさずさずさ


 ずさずさずさずさ


 少女は冬の雪道を歩き進みます。古ぼけた小汚いランプが冷たい風に揺れて、ひどく頼りないです。


「あ!」


 すってんころりん。

 少女は道を踏み外してしまいました。せっかくとった山草も雪の上に消えてしまいます。


 少女は雪に埋もれ、さらにその上からしんしんと雪が積もっていきます。少女の体は冷たくなってしまいます。


 少女はただ、空を見上げていました。


(綺麗な星の絵)


 少女は星に願いました。

 膝をつき、首を垂れることはできないけれど、それでも星に祈りました。


「お星さま。雪に埋もれて冷たくなった私は時期に死ぬでしょう。その様をあなたに看取っていただきたいのです。」


 すると、お星さまの一人が空から降りてきました。少女は首だけをそちらへ向け訪ねます。


「ああ、お星さま。私のお声を聞いてくださったのですね。どうか私の話をお聞きください。」


 少女はゆっくりと語り出します。


「私には父がいません、病気で死にました。母もいません、罪を犯し殺されました。身よりもありません、いたとしても私には声をかけないでしょう。それでも私は懸命に生きました。」


「……………」


「私は今年で17になりますが、ろくにご飯を食べていないので10歳そこらにしか見えない貧相な体つきをしています。これでは花を売ることもできません。私はもう疲れ果ててしまったのです。」


「……………」


「だから私はここで死にたいのです。ですが、一人で逝くのは寂しい。どうか私を見ていてはくれませんか?」


 その人影は星のように煌びやかな服を見に纏い、少女を見下ろしていた。


「ううん。そんなのつまらないよ。」


 王子様は少女を抱きかかえ、星空へ飛び出しました。


 少女の着ていたボロ布は綺麗なドレスになり、肌荒れだらけの彼女の顔は陶器のような白く綺麗なものになり、もう動かないはずの冷たい体はふくよかで温かい体になった。


「楽しいところに連れて行ってあげるよ。」


 楽しそうに笑う王子様に手を引かれ、少女は歩き出しました。夜の空を二人で歩きます。


 キラキラと輝く星々と、輝く街並みを上下にゆったりと歩いて行きます。


「僕は王子様。あの星から来たの。」


「…王子様。」


「そう、王子様。」


 やがて歩いていた二人の足は複雑に、絡み合うように、交わって行きます。それはまるで踊りを踊っているかのようです。


「あの星から色々な人を見てきたの。それで君を見つけたの。君はあの街の誰よりも綺麗な心を持っているよ。」


「綺麗な心?」


「そう、この星空のように綺麗な心。」


 王子様が指を弾くと、彼らの周りを煌めいていた星々がシャンシャンと鈴の音を鳴らします。


 二人は夜が明けるまで踊り続けました。


「君は今幸せ?」


「ああ、王子様。今私以上に幸せな人などこの世にはいないでしょう。」


「なぜ?」


「だってあなたに会えたのですもの。私の王子様。」


「僕も幸せだよ。」


 二人は踊り続けます。いつまでも。夜の中で。



 春が来て、一人の少女が雪の中から見つかりました。冷たく凍った彼女の体はとても綺麗でした。なぜなら彼女は笑っていたのです。


 この世界の幸せを一身に背負ったように、柔らかく温かか彼女は笑って眠っていたのです。






 ☆


 夜が明け、僕は彼女と別れた。


 彼女はチラチラとこちらを見ては目を背けていたが、彼女が突飛な行動をとるのはいつものことなので僕はあまり深く考えなかった。


「ヒラタ。」


「!」


 突然の、僕を呼ぶ声に立ち止まる。そこにいたのは中村だった。まるで急いで出てきたかのように何も持っていないその姿に僕は訝しむ。


「どうしたんだよ、こんな朝早くに。」


「やっぱり、嘘じゃなかったんだな。」


「え?」


 中村は僕の元へ近づいてくる。


「お前が、高品燿子と山に入るところを見たって人がいるんだよ。」


「!」


 僕が燿と親しいことがバレたのかと僕は焦った。中村が何か、知らない生き物のように僕には見えた。


(一体、何を言う気だ。中村。)


 中村が、僕の肩を掴んだ。


「お前、高品燿子に脅されたんだろ。」


「あ?」


「そうじゃなきゃ説明がつかないだろ!…もう許さない。ヒラタ!もう大丈夫だ!俺たちがお前を助けてやる!」


「ま、待ってくれ中村!僕は本当に燿と」


「そんなわけないだろ!」


 叫ぶように中村は僕に言う。僕はその迫力に思わず後ずさった。


「なんで、何でそんなに高品燿子が嫌いなんだよ。」


「そんなの決まってる!あいつは…高品燿子は人殺しの娘なんだぞ!!!」




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