星見る少女と宇宙人

第6話 ヒラタ少年と変わりゆく関係。




「流星群が来るんだって!」


 ガタンと大きな音がしたと思い、さっきまで読んでいた漫画から目を離せばプリン頭の少女がキラキラとした目をこちらに向けて立っていた。

 もうそのプリン頭も髪が伸びたためか黒の部分が多くなってきている。そろそろ染めどきだろうか?


 もう夏休みも始まって、この星高村では猛暑が続いていた。しかし冷房なんて快適なものがついているところは限られているし、大抵のところは規律が厳しい。僕と彼女は星高山の例の場所で日々過ごしていた。


 高品燿子はその手にラジオとイヤホンを持っていた。彼女がいそいそとこちらに近づいてくるので僕は読んでいた自前の漫画を腰元に置いた。


「はい。」


「おう。」


 彼女の手からイヤホンの片方を受け取り耳にはめた。ラジオからの音声が聞こえる。


(カシオペア座流星群…か。)


 名を聞いてもピンとは来ないが、燿のはしゃぎようから見て珍しいものなのだろう。


「カシオペア座流星群だって!」


「いや聞こえたって…お前は見たことあるの?」


「うーん図鑑で見ただけだなぁ…でもすごい綺麗なんだよ!」


「へぇ…」


 この山では星がよく見える。ここでみる流星群はたしかに美しいだろうな。


 返答しようと僕が燿を見ると彼女はその長い髪をしずしずと巻きながら顔を赤くしてこちらを見ている。


「そ、それでね…せ、星くんもさ、その…」


「…なんだよ、はっきり言えよ。」


「い、一緒に見ませんかっ!」


 彼女が一世一代の大告白のようなテンションで叫んだ。実を言うと、僕は彼女の言いたいことがわかっていたし、返答も最初から決まっていた。


「いいぞ。」


「……え?」


「だからいいって、一緒に見ようぜ。」


 本当は若い女と夜な山に籠るとなると色々ヤバそうだけど今更のことだろう。


 それに、彼女と見る星は美しいだろうと思っている自分がいた。つまるところ僕には彼女からの誘いを断る理由なんてないのだ。


「〜〜〜〜〜や、やった!やったやった!」


 燿はぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。嬉しいことがあるたびにぴょんぴょんとうさぎのように飛び跳ねるのも夏の間によく見た彼女の癖だった。


 宮永みどりの一件から三週間、夏休みに入ってから僕と燿は毎日のように星高山のほったて小屋に訪れていた。


 僕は私物を小屋に持ち込むようになったし、燿は子供の頃集めてたどんぐりや綺麗な葉っぱなど、僕に見てほしいものを持ってくるようになった。


 文字にするとだいぶやばいやつだが、そんな彼女に呆れながらも笑ってしまうぐらいには僕も彼女のことを気に入っていた。



(流星群を見る日が、燿にとっていい日になるといいな。)


 僕は苦笑しながらも彼女を見つめた。



「じゃ、じゃあ!カシオペア座流星群見て!それから私の家で泊まりね!た、楽しみにしてるから!」


「え?」





 ☆


「よぉ。」


「よ!」


 僕は目の前にいる男に声をかけた。すると男も僕に気さくに返事をした。男は制服を着ていた。


「………………」


「……ヒラタ、少し焼けたか?」


「ああ…まあそこそこな。そういうお前はあんまし焼けてないな。」


「バスケは中でやるスポーツだからな。日光には…あまりな。」



 大変腹立たしい話だが、夏休みには夏期講習というものが存在する。さらに大変腹立たしい話だが、星高高校の夏期講習は全員参加である。

 それはもう講習ではなく授業だし、夏休みではないのではないか?


 最もどっかのプリンのように自主休講を決め込むやつもあるわけだが。


 僕は久しぶりに中村と会っていた。と言っても中村は朝練があったのか、始業時間ギリギリで来たためにあまり話せそうではない。


「ほらー席についてくださーい。」


 ミサちゃん先生が教室の扉を開きながら入ってきた。中村は、『おやおや』という顔でそれを見て僕の方に向き直った。


「じゃ、授業終わりにな。」


「おう。」


 彼が僕に背を向けると、ちょうどチャイムが鳴った。僕は中村の後ろ背中を見た。初めて出会ったときから何も変わらない。


 ミサちゃん先生の話し声が教室に漂い始める。僕は中村との思い出を振り返った。




『よう、転校生。』


 調査任務開始時、学校に潜入することになり気を張っていた僕に最初に話しかけてきたのは先生でも大家でもなく、キツイつり目の男だった。


『で、あってるか?』


『え?』


『その制服、うちの学校のだけど…お前の顔は見たことないからな。』


『ああ…そうか。』


 確かあの時、職員室の場所がわからなかった僕はあわゆくばつり目の男に場所を教えてもらおうと話に応じたのだ。


『その服装…お前はスポーツが好きなのか?』


『いやスポーツって…バスケって言えよ、見りゃわかんだろ。』


『バスケ……ああ、バスケットボールのことか。』


 バスケットボールのことなんて文字でしか見たことなかった僕はましてやユニフォームなんてものは知らなかったのだ。


『なんだ?興味あるのか?』


『…あるけれど、部活には入る予定はないんだ。』


『そうか。それで…ここで何してたんだ?』


 つり目の男が聞いてくる。僕は少しだけ逡巡し、職員室がどこにあるのかを聞いた。


『ああ、いいぜ。案内してやるよ。』


『ありがとう。』


 快く引き受けてくれたつり目の男に僕は礼を言う。


『名前』


『え?』


『名前なんて言うの?あ、俺は中村な。』


 中村。僕が初めて認知した人間の名前だった。


『ヒラタだよ。平田星。』


『へぇ…』


 それが僕と中村の出会い。そのあと、中村はクラスに転入した僕に積極的に話しかけ、皆との仲を取り持ってくれた。ミサちゃん先生という呼び方を教えてくれたのも彼だし、よくともに遊んだ。


 だけど中村は…



「ヒラタくん!」



「!」


 気づくと僕の目の前には明らかに怒気を放つミサちゃん先生がいた。


(やべ)


「今日は随分心ここにあらずですね。」


「いえ、そんなことは…」


「ではヒラタくん、黒板の問題解いてみてください。」


「あ、あはは…」


 到底、わかるはずもなかった。



 ミサちゃん先生に絞られてからしばらく、最後の夏期講習が終わった。教室の中にはちらほらと帰宅しようという者もいた。


 中村が僕の机のそばに寄ってくる。先程のことをいじられるかと思えば別段そんなことはなかった。


「そういえばヒラタ。お前この夏休み何してたんだ?」


「あー。」


(燿とのことは…言わないほうがいいか。)


 僕は中村の様子を見る。きっとこいつはバスケ部でバスケ漬けの生活だったのだろうな。


「人並みだろ。普通にテレビ見て、ゲームして、寝てたよ。」


「ははっ!目に浮かぶな!…ちなみに俺は」


「バスケ漬け、だろ?」


「お、わかってんな。」


 どうやら僕の予想は当たりだったようだ。中村はそっかそっかと、僕の机の上に尻を乗せた。いや、何を人の机の上に尻乗っけてんだ。


「…おい、そこは俺の机だ」


「じゃあ、あの話はお前じゃないんだな。」


「あ?」


 中村の顔は僕からは見えない。彼が僕に背を向けたまま黒板の方を見ていたからだ。


「…あの話ってなんだよ?」


「見たってやつがいるんだよ。」


「何を?」


 あー、あのことだろうな。というのは僕の中にはもうあって、だけど絶対に言わないでほしいと思った。


 だって…今日、教室で会った時から中村はおかしかったから、その訝しむような視線には見覚えがあって、僕の一番嫌いな目だったからだ。



「お前が高品燿子と会っているのを、さ。」



 僕の心の中で生まれた黒いものはなんだろうか。きっとこれは怒りだ。宇宙人にだって、人間と同じように感情がある。


 そしてこの感情は、僕が彼女と多くの時間を過ごさなければ生まれなかったものだろう。


(なんで燿に会うのが罪みたいな言われ方されなきゃいけないんだよ。)


 いつのまにか、僕のなかで高品燿子の存在は、中村と並ぶほどに大きなものになっていたのだ。


「中村、あのさ。」


 教室にはもう、僕と中村しかいなかった。先生も生徒も、誰もいない。


「お前たちと高品燿子の間に何があったんだ?」


「……………」


「……………」


 数秒の沈黙の後、中村がゆっくりと口を開いた。それを見て、僕は心の中で謝罪した。

 これは、燿が守ろうとしたものだからだ。彼女の頑張りを無駄にする行為だからだ。


(でも、僕は知りたいんだ。君の身に何があるのか)


「その前に、ヒラタと高品燿子には本当に何もないんだな?」


「!」


 僕が口を開き、その問いに肯定しようとした、そのとき…




 バシャーーンッ!




 僕は身を縮めた。突然水をかけられたからだ。鉄製のバケツを落とす音と、高らかな笑い声が聞こえた。


 高品燿子がそこにいた。


「あはは!あは!あははははははははは!!!」


 笑い出す彼女に、僕も中村も固まった。高品燿子はバケツを蹴り飛ばし、教室の隅に追いやったあと、いかにもご機嫌という風にその場から去っていった。


 ドカッと、机を叩く音が聞こえた。僕は少しだけ身を強張らせた。 


 高品燿子がいない教室には、僕と、鬼の形相で扉を見つめる中村がいた。





 ☆


「ごめんなさい。」


 その後、ほったて小屋に行くと燿が土下座して待っていた。一体いつからこの体勢だったのだろうか?彼女の背中には小鳥が止まっていた。


「いいよ、別に。それよりわけを話せよ。」


「………………」


 やっぱり話さないみたいだと、僕は彼女を見た。


「じゃあ当ててやるよ。」


「!」


「お前は怖いんだ。自分の秘密を知られて僕に嫌われるのが怖いんだ。」


「…せ、星くん怒ってるの?」


 僕は少しばかりイラついていたのかもしれない。黙り込む彼女を見て僕は後頭部を掻いた。


「燿は、僕が簡単に君のことを嫌いになるくらい薄情な奴だと思ってるの?」


 僕の一言に、燿がびくりと肩を震わせた。


「! 違っ………う…違うの。」


「じゃあなんで……」


「……っ……ごめん。ごめんねぇ」


「!」


 やばいと思った。燿はもう、泣く寸前だった。僕だって別に泣かせたいわけじゃない。

 むしろ、泣かないで欲しかった。


 ただ笑って欲しかった。


「…………僕も、ごめん。」


「へ?」


「別に怒ってるわけじゃない。ただ…えっと」


「…怒ってたの?」


「…ちょっとね。」


「何それ、へへへ。」


 僕が笑いかけると、簡単に笑う彼女。どうやら泣き止んだみたいだった。


「待つよ。」


「え?」


「燿が、ちゃんと自分の口から全て言ってくれるまで、待つから。」


 僕がそう言うと、彼女はニヘラと笑った。

 それを見て、胸が苦しくなったのは中村を思い出したからだ。



(変わらない関係なんて…ないんだろうな、中村。)



 秤が必要なんだ。きっと、燿も中村も両方大切にすることなんてできないんだ。


 揺れて、揺れて、その先の答えを僕は待っていた。





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