第5話 ヒラタ少年と後悔のない日々。




 ふむ。


 彼女は頬を膨らませ顎に手を置き自分の長い髪の毛の毛先をくりくりと弄び始めた。

 鹿討帽はもう被っておらず夕焼けがキラキラと反射していた。


「水槽点検をしていたのは1-1、か。」


「ますます謎が深まったな。」


 僕と高品は、また屋上に来ていた。いや、来ていたというか毎回来るのは僕の方で彼女はうんうんと頭を捻っているだけなんだけど。


「いや、それでも『スイソーガク』の謎が解けたから…うーん!だめだ!わかんないや!」


「ああいや、それも違うらしくて…」


「違う?」


「なんでも真鍋先生は『スイソーガク』なんて書いてないらしいんだ。」


「…………」


「真鍋先生が書いたのは『スイソー』。『ガク』という字は自分は書いてないらしい。まあ、本当かどうかはわからないけど。」


 それになんでそんな嘘をつくのかもわからないけど。僕の説明に高品が何も返してこないので僕は不審に思い、彼女を見た。


 彼女は両手どちらも人差し指を立て頭に刺していた。要するに一休さんのあのポーズだ。


「な、何してるんだ?高品。」


「ん〜頭の回転が良くなるかなって…」


「…………」


 なんだってんだこいつ。すると彼女はふぅっと肩の力を抜いて口を開いた。


「とりあえず…1-1の使用届がほしいかな。」


「……まあいいけど。」


 人使いが荒すぎでは?まあそれを言うと高品は本気で泣きそうになるので言わないが。


 僕が彼女をみると、彼女は神妙な顔で僕を見た。


「? なんだよ、そんな真面目腐った顔して」


「私の予想だと…そんなものはないと思うけど。」


 蝉の鳴き声がした。僕は階段を降り事務室に向かう。そして事務員さんに調べてもらったところ高品燿子が言うように"1-1の教室使用届"なんてものはなかった。


 僕は事務室からなんちゃって屋上までの道筋を辿りながら、高品の推理について考える。


 彼女は昨日の"1-1の教室使用届"はなかったと言った。あれは何かを確信している顔つきだった。一体どこからどのように確信したというのか。



 教室使用届。その名の通り、どこの教室をいつ誰が使ったのかを明確にするためのものである。クラスの教室もまた同様であり、放課後や休日などは提出しなければならない。

 なお、教室使用届は顧問や担任など教員からもらわなければならない。



(『スイソーガク』の話をしていたな。『ガク』の字を真鍋先生が書いたか、書いてないのか。)


 書いてなかったとしたら、一体誰が?…普通に考えたなら宮永先生だよな。

 でも一体なんのために?《宮永先生だって教室使用届は持っている》はずだ。


 2-1を使用しようとして、吹奏楽部が使っていたことにしたいなら自分の分の紙を使えばいい。ただし彼女はそれをしなかった。


(わからないな。それに…)


 宮永先生じゃなかったとして、あの真鍋先生の表情はどう説明がつける?

 僕が教室の写真を見せて魚の種類を聞いた時のあの顔は、どう見ても不自然だった。


 間違いなく、真鍋先生は何かを隠している。



「あ?ヒラタじゃん。」


「……中村。」



 僕が熟考していると、体育館側から中村が姿を現した。部活の帰りなのだろう少しだけ汗をかいていた。いや、暑いからか。


「どうしたんだよ?こんな遅くまで。お前いつもすぐ帰るじゃん。」


「え?ああいや…少し調べものをな。」


 僕は中村に、高品との関係を言わなかった。別に理由なんてない。


「ふーん。まあ、いいや。それよりお前昨日の魚覚えてるか?」


「! あ、ああ。いや、忘れるわけないだろあんなの。」


「ははっ!そりゃそうか。」


 ドキリとした。中村の口から"魚"という単語が出てきたことで、なんとなく。

『自分から隠れて何をコソコソやっているんだ?』と問われたような気がしたからだ。


「…………」


「……ヒラタ?」


「! え、ああいや…悪い。少し考え事を。」


「そうか?で、その魚なんだけどさ…なんでも村の外にあるクリーンセンターに送られるらしいぜ?」


「クリーンセンター?」


「まあ、あんな血だらけの魚捨てるしかないだろうしな。下手に手出して祟られたりしたらたまったもんじゃないしな。」


「確かにな…ていうか誰から聞いたんだよ。」


「顧問だよ、おまえも知ってるだろ?」


「ああ。」


 バスケ部の顧問は男女まとめてミサちゃん先生なのだ。なんでも学生時代は母校であるこの学校でブイブイ言わせていたらしい。


「とはいえ、たかが魚だからなぁ、もう大分落ち着いてきたなこの話も。」


「確かに今日は凄かったもんな。みんな僕たちのクラス見に行ってたっぽいし。」


「そういえば、教室も明日には普通に使えるらしいしな。」


「あれ、まじ?随分と手際がいいんだな。」


 僕と中村は歩き出していた。何も言わずに彼について歩いているが、目的地は自動販売機だろうとわかった。


 中村が自動販売機の前に止まる。僕はやっぱりなと嘆息した。彼がスポドリのボタンを押した。


「お前は買わないの?」


「え?ああ、買う買う。」


 僕は彼に倣ってスポドリのボタンを押した。中村はそれを見て笑い、ペットボトルの蓋を開けた。


「手際が良いのはあれだよ、宮永ちゃん。」


「え?宮永先生のことか?」


「そうそう。宮永ちゃんがそういうの慣れてるらしくてさ、クリーンセンターの連絡も宮永ちゃんがしたらしいぜ?」


「慣れてるって……何をどうしたらそんな状況に慣れるんだよ。」


「いや知らねぇよ。でもミステリアスな美人もいいもんだろ?」


 宮永先生こと、宮永みどりは美人である。だからこそ生徒の中でも本気ではないものの彼女に入れ込むものも少ないないようだ。

 ちなみに、僕は宇宙人なのであまり地球人の美意識がわからないのだが。


「なんだよそれ、はは。」


「ったく!わかってねぇな!男は年上の謎の多い女の人が好きなんだよ。」


「そんなもんか……?」


 謎の多い女の人。そんなの僕にとっては一人しかいない。そう言えば"1-1の教室使用届"を取りに行くと言ってから随分経つな。


「あれ?一緒に帰らないのか?」


「ああ悪い。ちょっと行かなきゃならないところがあってな。」


「…そうか。」


 それじゃあなと中村が空になったスポドリをゴミ箱にシュートした。そこそこ綺麗な放物線を描き、穴の中に入った。


「ナイスシュート。」


「ぬかせよ。じゃあな。」


「おお。」


 僕は中村と別れ高品のいる屋上へと向かった。





 ☆


 屋上への扉を開けると、高品燿子がキョロッと僕を見てぴょんぴょんと跳ねながら近づいてきた。

 それはまるで飼い主を見つけた犬が尻尾を振りながら近づいてくるようで僕は少し笑ってしまった。


「ず、随分と遅かったね!か、帰っちゃったのかと思ったよぉ!もうっ!」


「いや、ごめん。ちょっと色々あってな。」


 彼女は眉をハの字に曲げてこちらを見上げていた。その両手に掴まれた鹿討帽子を見ると、無惨なほどにもみくちゃになっていた。余程心配だったのだろうか。


「あー、本当に悪かったな。こんな遅くまで…」


「そんなことないよ!わ、私が勝手に残ってただけだから!」


「……一緒帰るか?」


「う、うん!」


 夕焼けはもう暮れて、月の光が彼女の金の髪に反射してささらになびいた。


「そう言えば、お前が言ってた通りだった。」


「え?」


 扉に手を伸ばしかけていた彼女の手が止まる。


「"1-1の教室使用届"。お前が言った通りなかった。名探偵高品燿子様の推理大的中だ。」


 僕は彼女のもう片方の手に握られた鹿討帽子を取り、彼女の頭に乗せた。


「ぺ」


「『ぺ』ってなんだよ。」


「いやそれは星くんが!…まあ、いいけど。」


 僕は彼女に代わり屋上の扉を開けた。高品はニコリと笑ってケンケンパのように大きく足を踏み出した。


「…そっか!やっぱり当たってたのか!」


「なぁ、一体どういうことだよ?僕も考えてはみたけどさっぱりだ。」


「うーん…実のところ私も動機まではわかってないんだよね。」


「え!?動機以外はわかってるのか?」


 僕の素っ頓狂な声に高品がクスクスと笑う。しかしすんっと不安そうな顔になった。


「まあ、絶対って言えるほどじゃないけど。」


「なんだよ、じゃあ僕にも教えろよ。何か助言できるかもしれないし。」 


 僕がそう言うと彼女は意地悪そうな顔をして人差し指をピンと立てた。


「うーん…じゃあヒント。」


「ヒントぉ?」  


「魚をばら撒き方の話覚えてる?扇型にばら撒かれたっていう。」


「ああ、うん。」


「よく考えてみたんだ、あのこぼれ方に見覚えがあったから…それで検証もしてみた。あのばら撒き方は水の入った状態で置かれた容器を横に倒したときのこぼれ方によく似ている。」


「おお!………いや、それで?」


「つまり、犯人には容器を持ち上げるほどの力がなかったんじゃないかな?私とか、真鍋先生みたいに力持ちだったら、絶対に振り回すし。」


「え?じゃあ…」


 真鍋先生ではない、と高品は言いたいのか?それならば僕の中では疑わしい人物は限られてきていた。それは先程の中村との会話で不信感を抱いたのが大きいだろう。


「じゃあ宮永先生がやったっていうのか?」


 僕が神妙な様子でそう尋ねると高品はニコッと笑った。 


「半分正解で、半分不正解かな。」


「な、なんだよそれ…」


「真鍋先生と、宮永先生はグルだよ。」


「え?」





 ☆


「本当に大丈夫なのか?」


「うん、大丈夫。」


「……………」


「…もう!それはいらない心配だよ、星くん。私とこの村の問題には星くんは関係ないから、さ。」


「……そうかよ。」


「それに宮永先生はこの村の人間じゃないから大丈夫。」


 彼女が何気ない様子で呟いた。

 それは、この村の人間ならダメってことか?高品。


「高品…僕は」


「あ!そうだ!」


「……なんだよ。」


 人の言葉を遮りやがってと恨めし気に彼女を見ると高品は含み笑いを浮かべていた。


「"燿"!」


「"燿"?」


「私のことだよ!ほら、星くん私のこと"高品"って言うじゃん!」


「あー」


「ま、前から距離感じてたんだ〜。ね!いいでしょ!」


 燿…燿ねぇ………。


「なんか、気恥ずかしいから却下だな。」


「えぇっ!?ひ、ひどいよ!もう!」


 彼女がその場で地団駄を踏み出した。相変わらず脚力が強い。



「あら、ごめんなさい。」



 凛とした声がした。僕と高品は声がした方向を振り向いた。

 場所は2-1教室で、時間は土曜日の明け方近くだった。昨日のうちに『使用届』を出して、この人を呼んだのだ。


「おはようございます、宮永先生。」




 3.宮永みどり




「!」


 僕は驚き固まる。高品のよそ行きの声を初めて聞いたからだ。その声色は普段とは想像もできないぐらい大人っぽかったのだ。


「あなたは確か……高品さん、だったかしら。」


「はい。」


「お会いするのは…初めてかしらね。」


「はい、そうです。」


「…ヒラタくんも、おはよう。」


「あ、おはようございます。」



 一通り挨拶を済ませ終えたのか、宮永先生は佇まいを整えた。


「それで、私に何か聞きたいことがあるんでしょう?生物と物理なら教えてあげられるわよ。」


 どうやら宮永先生は今日呼び出されたのは勉強について何か聞きたいことがあったからだと思っているらしい。

 高品も宮永先生に倣い佇まいを整えた。スッと伸びた背筋と凛とした顔つきにトレードマークである蛙のマークのスカジャンはどことなく似合っていなかった。 


「違います。勉強の話じゃないんです。」


「? じゃあ…何?」


「あなたが、魚を撒いたことについてです。」


「…………そう。」


 僕はそこで、あれ?と疑問を持った。高品は真鍋と宮永がグルと言ったが、この場には真鍋先生がいない。ということは高品は彼を呼ばなかったのだろう。


「そうね…じゃあ。」



『あなたの推理を聞かせて。』


 そう宮永みどりは言った。

 高品燿子はそれに頷き、ポツポツと話し出した。




「一昨日の朝、2-1教室で大量の魚の死体がばら撒かれていました。それも血まみれの死体です。」


「…………」


「私はこの件に少なくとも2人の人間の思惑が絡んでいると思います。真鍋先生と、宮永先生あなたです。」


 どこから話しましょうかと高品は自席の椅子を持ち出し座った。高品に促され、僕と宮永先生も同じように適当なところに座った。


「そうですね、まずあの魚についてです。」


「魚?…あ、ごめん。」


「ううん。そう、魚。星くん、この魚を真鍋先生はなんて言った?


 高品はどこから取り出したのか魚図鑑を開き一種の魚を指さした。それはまさしく…


「ツバメウオ、だな。」


「うん、ツバメウオ。じゃあこっちは?」


 ページをめくり、彼女はある魚を指さした。それは…


「ツバメウオ……に似てるな。」


[エンゼルフィッシュ。]図鑑の名前にはそう書かれていた。


「そう、エンゼルフィッシュ。素人目にも見分けはつくけど確かに似てるね。そして、とても高価な魚。」


「高価な魚?」


「……………」


「そう。だからこそ真鍋先生は目をつけた。これが真鍋先生の思惑。」


「!」


「真鍋先生は村の外にもコネクションをもつこの村では稀有な教師だった。大学で得た世界各国への繋がりは彼に多くの物をもたらした。その一つが、あちら側の不手際で紛れ込んだ高価な魚。イコール、思いがけない大金が手に入るチャンスだった。」


「しかしそれは…」


「「!」」


「学校側への明らかな契約違反だった。真鍋先生は外国から魚を得るためのお金を学校側から借りていたから。教育用の資料として使うという条件で。」


 宮永先生の言葉に僕は真鍋先生が見せたあの表情を思い浮かべた。あのぎこちない顔はそのことをバレたくないからこそ現れたのだろう。 


 そして宮永先生の口から高品の推理を補う情報が出たことで、推理の信憑性が増した。


 ということはやはり彼女の想像通り宮永先生が?


「さて、星くん。ここまではまだ前提条件、バックグラウンドだよ。」


「…確かに、その件と魚がばら撒かれた件には明確な繋がりがないからな。」


 彼女は頷き、そして宮永先生に向き直った。


「ここからは宮永先生の思惑についてですが、私はまだ全貌がわかりません。なのでわかっていることだけを今ここで伝えます。」


「ええ。」


「…………えと。」


 高品はまたもやどこから取り出したのだろうか、今度は別の魚図鑑を持ち出した。


「この図鑑では魚が種類ごとではなく、生息域ごとに載せられています。そしてこれが温帯域に住まう魚のページです。」


 高品は僕と宮永先生をチラチラと見ながら魚の一つ一つに指をさしていく。


 キビナゴ、ソトイワシ、ホシザヨリ、ツバメウオ、そして…エンゼルフィッシュ。


 どれも聞き覚えのある名前の魚だった。というか…


「…あの時、教室にばら撒かれていた魚。」


「そう。あの時ばら撒かれた魚には同じ環境に住むと言う共通点があった。まあ、正確には少し違うかもしれないけど…星くん。星くんが水槽に魚を入れるとして、生息地が似通った水槽はどこに置く?」


「え?いやまあ、世話するためにやることが一緒ならなるべくまとめて…」


「そう。これは私の仮説だけど、あの日ばら撒かれた魚類は皆固まって飼育されていたと考えられる。それも3つの水槽のなかで。」


 3つの水槽。確かに昨日、理科準備室には3つからの水槽があった。あの魚たちがどこから現れたのか謎だったが、この学校にもともとあったのだ。


 なるほどな、と言う思いと同時にそれがなんだという気持ちが僕の心に渦巻いた。

 僕の気持ちを汲み取ったのか高品が頷いた。


「うん、これは一つの要素ってだけ。他の要素もちゃんとある。…星くん、"一昨日の2-1の教室使用届"持ってる?」


「え、ああ……ほら。」


 僕はカバンからそのプリントを取り出し彼女に手渡した。彼女はそれを眺め、宮永先生に見せた。


「この『スイソーガク』。真鍋先生の書いた紙に『ガク』の字を付け加えたのは宮永先生、あなたですね。」


「ええ……そう。」


「そして、真鍋先生が書いた"1-1"を"2-1"と書き換えたのもあなたですね。」


「……そうよ。私はあの日、真鍋先生の手伝いで水槽の洗浄作業を手伝っていた。真鍋先生が1-1で私が2-1でやる予定だった。」


「なぜこんな回りくどいことをするんだろうと私は考えました。吹奏楽部が使ったことにしたいにしても、2-1を使いたいにしても自分の"使用届"を使えばいいのにって。」


 宮永先生が目を閉じたのが、僕にはわかった。


「使えなかったんですね。あなたはもう"使用届"を持っていなかったから。」


「………」


「あなたは、なんらかの理由があって"使用届"を何回も使った。それこそ事務員から"使用届"をもらう回数が不自然になってしまうほどに。詮索されることを恐れたあなたは、"使用届"をもらいにも行きづらかった。」


「その通りよ。」


「!」


「だから真鍋先生の"使用届"に上書きして2-1から人を避けた。吹奏楽部を偽ったのは、彼女たちが1〜3の全ての教室を使うからよ。吹奏楽部があるとき、生徒はまず教室周辺に近づかないもの、使えないのがわかってるんだから。」



 夏の土曜の朝。大きく開かれた窓から爽やかな風が吹き、僕と高品、そして宮永みどりを揺らした。


 先ほどから宮永先生は高品の推理を補うように話していた。きっと、高品が真相に近づいていることを察しているのだろう。


 宮永先生を見ると目を瞑り、自分の二の腕をもう片方の掌でさすっていた。


「ここまでで、わかっていることはほとんど全てです。そして、今から話すのは私の仮説という名の妄想です。」


「ええ、話して。」


 高品が口を開いた。



「あなたは何か隠したいものがあった。それは片手の掌で包み込めるほどに小さい、あるいは小さくできる物。そして、捨てる場所に困るもの。」


 それが何かはわからないけど、と高品が言う。


「燃やしても良し、埋めても良し、トイレに流しても良し。そして…あなたは選んだ、理科準備室の水槽の魚に食べさせることを。」


「!」


「粉々にして餌に混ぜたしまえば、誰も魚の糞なんかに注目しない。消化されるまで待つ予定だった。でも…そうはいかなくなった。なぜなら」


「ソレを入れた水槽こそが、エンゼルフィッシュの住んでた水槽だったから…」


 僕が呟くと高品が指を鳴らした。


「星くん、正解!」


「……」


 テンションがおかしいぞ高品。



「あなたはたまたま真鍋先生の思惑、学校で買った高価な魚を売り払おうという計画を聞いてしまった…あなたが隠蔽に利用した魚を売り払おうとした計画。」



 ハッとした。僕の中で繋がったのだ。


 どうしても隠したいものを魚に食べさせ隠蔽した宮永先生。

 そして、宮永先生の秘密を抱えた魚を売り払おうとした真鍋先生。


 宮永先生はどうしても隠したいソレが誰かにバレることを恐れた。


『まあ、あんな血だらけの魚捨てるしかないだろうしな。』



(宮永先生は、"魚"を処理するために殺してばら撒いたってことか!)



「宮永先生はさっき、水槽の洗浄作業を二つの場所に分けて行う予定だったと言ったけれど…あなたが言い出したんですよね。真鍋先生に止められる前に魚に傷をつけてしまえば真鍋先生も売るのを諦めるしかないから。」


「…………」


「真鍋先生は、エンゼルフィッシュを売り払おうとしたことで脅したんですよね。だから真鍋先生も、あなたのしたことを隠したがった。」


「ええ…そうよ。」


「…………」


 押し黙った高品の顔に僕は見覚えを感じた。あれは何かを恐れてる顔だ。例えば…人から嫌われるかもしれないとか。



「怒らないで聞いて欲しいです……宮永先生は待っていた"使用届"を使い切った、だからこそ真鍋先生の"使用届"を書き換えた。」


「……………」


「…あなたは、星高高校の生徒と恋仲にあった。そして、あなたがどうしても隠したかったものは…」


 高品がため息まじりの声で言う。


「ラブレター。違いますか?」


「!」


 そうか、だから"使用届"を使い切ったのか。


 "使"使



「ふふっ」


「「!」」


 宮永みどりが困ったように笑ったのだ。


「馬鹿だったわね、私。こんな歳になってラブレターなんて書いちゃって。」


「……なんで、渡すのやめたんですか?」


「好きだからよ。好きじゃなきゃラブレターなんて書かないわよ。」


「……………」


「好きだから…彼の邪魔にはなりたくないの。この気持ちに正直になれば楽だけど…私は大人で、彼は子供だもの。」


「そ、そんなの!」


「やめろ高品!」


「!………星くん」


 僕は、慌てて否定しようとした高品を止めた。高品の言いたいことは僕にだってわかった。


『大人とか子供とかそんなのどうだっていい。』って、僕だってそう思った。それでも…


(それでも宮永先生はもう決めたんだ。この恋からケジメをつけると、もう決めたんだ。)


 全部踏まえたうえで宮永先生は決断したんだ。


「私も高校生だったら良かったのにな。そしたら…自由に人を好きになれた。」


「宮永先生……」


「ヒラタくん。高品さん。」



 後悔のない学生生活を送ってね。





 ☆


 僕と高品は、ていうか高品はあの事件を解決した。


 だけど皆、高品燿子を責め続けた。




「やっぱり、ここにいたんだな。」


「……星くん。」  


 彼女はスカジャンの下に制服を着ていた。最近はずっとそうだった。


「高品…あの」


「星くん、ありがとうね。」


「……………」


 僕たちは、星高山のほったて小屋にいた。空を見上げるとたくさんの星々が僕たちを見下ろしていた。


 高品がゆっくりと口を開いた。


「きっとね、きっとさ。挑戦することに意味があったんだよね。私はただ諦めて受け止める気でいたから。」


 彼女が絡めていた指にぐっと力を込めた。


「結果はどうあれ……さ。だから、ありが」



「燿。」


「!」



 僕は彼女の言葉を遮った。宮永先生から言われたことを思い出す。きっと、この村と彼女が折り合いをつけるには、僕たちは子供すぎるのだろう。



「星くん今」


「前から思ってたけど、ここって簡素だよな。何もないっつうか。」


「え?」


「暗くて、何もなくてつまらねぇ。」


「……………」


「だからさ、燿。」


 この場所をつまらないと言った僕に彼女は泣きそうな顔をしていた。違うよ、燿。


「僕の私物も持ってきていいか?」


「……………」


「ここをさ、僕とお前の場所に。」


「……………」


「明日から夏休みだしな。」


「……………」


「はは!泣くなよ、燿。」


「………星くん…」



 高品燿子は、宮永みどりのことを言わなかった。それはきっと…


『恋っていいものでしょ?』

 燿はそう言って笑った。


 彼女が誰よりも恋する人に優しいからだ。



「ありがと……ありがとぉ…………」



 何度も、何度も感謝の言葉を述べる燿を見て僕は、初めて人を守りたいと思ったのだ。


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