第4話 ヒラタ少年と3人の教師。




「星くん!体調は大丈夫?」

「おお……まあ、心配ない。」


 心配そうに見つめてくる彼女に僕は笑いかけた。

 少しだけ恥ずかしい。高二にもなってこの細い少女に担がれて帰ったのは僕のプライドがなんとやら……。


 女に殴られて気を失うなんて…筋トレでもしようかな。どこ鍛えればいいんだ?鼻か?首か?


「星くん?」

「…むしろいつもより元気いいぐらいだ、心配すんな。」


 スカジャンの下、彼女は制服を着ていた。

 やる気は十分と言ったところだろうか。 


 いつもの畦道を二人で歩いていた。昨日彼女に家まで送ってもらった、つまり家まで知られてしまった。

 まあいいけど、今朝扉を開けば彼女がいたのだから僕は腰を抜かしかけた。


「…お前こそ大丈夫なのか?」

「え?」


「ああいや……なんでもない。」


 目が赤いぞ?という言葉を飲み込んだ。

 聞いていいのかわからない。

 昨日、好きだなんて言ったから距離感もわからない。関係性で悩むのは、どの星でも一緒なのかもしれない。


 僕は彼女にバレないように、そっと俯く。絶対に真犯人を見つけて…そして…………


「あ、入道雲だ。」金色の髪が揺れた。


 …中村も、高品も大切だ。なんとか和解させて二人とも仲良くしていきたいと考えるのは、僕のエゴだろうか?


 エゴだな、僕の。間違いない。


「まあいいや!でね!今日はちゃんと秘密道具も持ってきたんだよ!」


 そう言って彼女は背負った大きいリュックサックから何かを取り出す。なんだ?帽子?


「ディアストーカーハットだよ!ディアは鹿!知ってた?」


「おお……なんでそれが秘密道具なんだ?」


 僕がそう言うと高品はキョトンとした顔を見せた。そして被って見せる。


「え!見たことないの?ほら!シャーロックホームズ!」


「ああ、探偵の。」

 前に本で読んだ。地球の常識を学ぶために本を読んだが、娯楽に関する知識はあまり頭に入れなかった。星高村は田舎だし、必要ないと思ったのだ。


「え〜常識だよぉ!」

 彼女はそのディアストーカーハットとやらをピンッと弾いた。


「ん!頭良くなった!」


「発言は馬鹿そうだけどな。」


「鹿だけに、ね!」


「うまくねぇよ別に。」


「馬だけに、ね!」


「…………」

 僕は嘆息した。彼女と話すのは疲れるのだ。

 しかし、笑う彼女を見るとこちらも楽しくなる。


「高品。」


「んー?」


「頑張ろうな。」


 彼女の決断は勇気のいる、とても尊いものだ。

 だから僕が彼女を助ける。彼女の無実を晴らすのだ。





 ☆


「一応、頼まれたことは調べてきたぞ。」


「うん!ありがとう!」


 そう言って彼女はニヘラと笑った。その手には昨日の教室の写真が映った僕の携帯と、魚図鑑が抱えられていた。魚図鑑は彼女にとっては少しだけ大きいらしく、抱きしめるようにして持っていた。

 魚図鑑の必要性は僕にはわからないが……。


「その…ごめん。本当なら私がやればいいはずなのに。」


「気にするなよ。乗り込んだ船だ、協力するさ。」


 彼女が僕の携帯を差し出してくるので、僕は代わりに数枚のプリント類を彼女に手渡す。

 それらは今朝彼女が欲しいと言ったものだった。


 まず一つ、星高高校には教室を使いたい時に書がなければならない『教室使用届け』というものがある。おそらく鍵や忘れ物の管理のために必要なのだろう。


 僕は魚の死骸が教室に捨て置かれた事件が起きた日の前日最後に誰が使っていたのかを調べるように高品に言われていたのだ。


「朝、あの魚がばら撒かれたって可能性はないんだよね?」


「ああ。クラスメイトの話だと、用務員さん二人組が学校に来て、鍵をあけて、見回りをしたときにはもうああなっていたらしい。鍵を開けてあの現場を作るのはまあ無理って話。」


「なるほど……」


 えっと…と、彼女がプリントに目を通す。ちなみにディアストーカーハットとやらは傍に置いていた。


「あの日、2-1を使っていたのは…」


「吹奏楽部だな。一般教室を借りて楽器の練習をしてるよ。」


「楽器は音が混ざるとわかりにくくなるからね。場所がいるのかも!」


「ちなみに、この書類を受け取ったのは放課後のことだったらしい。」


「誰かは覚えてる?」


「覚えてたら…苦労しねぇよ。」


「だよね。」


 次に、これはまあ…僕のメモ書きだ。


「お前……学校の開校時刻と生徒退校時刻ぐらい覚えとけよ。」


「しょうがないじゃん!私にとって学校なんて通信制みたいなもんだし…。」


「それもそうか……?いや、それでもダメだろ。」



 最後に、僕たちのクラス2-1の座席表だった。


「他二つは、まあわかるけど……これは本当に必要なのか?」


「う〜ん。正直、他二つもいるかはわからないけど……でも!私の読んだミステリー小説では、どんな情報も事細かくチェックするべきだって書いてあったよ!」


 本当だよ!と、念を押す高品。別に疑ってねぇよ。



「それにほら!魚の死骸が置いてある机の持ち主が暗号になってるみたいな……ありそうじゃない?星くん!あの時の写真見せてよ!」


「あ、ああ……ほら。」


「ありがと。えっと……星くんが撮った写真だとこの席か……あ。」



 そこは高品の席だった。



「……偶然だろ。それに多分だけど…お前の席だけじゃなかったと思うぞ。魚乗ってたの。」


 これは本当だ。少なくとも僕には魚は無雑作に置かれていたような気がする。


「別に気にしないよ、こんなこと。それに改めてみると机の配置はあんま関係なさそうだね。」


「……そうだな、故意的に、こんな風に乱雑においたとしたらそれこそ……」


 いや、乱雑だからこそ故意的なのか?この配置そのものが暗号みたいな。


「ないと思うよ。」


「え?」


「私も血文字とか、魚の向いてる方角とか考えたけど…血はすぐに固まるから精巧な細工をする時間なんてないし、魚が向いている方向も変わったところはないかも……。」


「そ、そうか……。」


「ただ、魚がばら撒かれたってわかる場所が三つあるね。」


「ばら撒かれた場所?」


「えっと…一見無造作に置かれてるんだけど、その中に明らかにおかしなところがあるっていうか…その地点を中心に扇形に魚がばら撒かれるの。」


「……その、扇形の魚の配置が三つあるってことか?」


「うん、そういうこと……なんだけど。これだけじゃなんとも言えないね。ただ、見て。」


「ん?」


 高品が差し出したのは『教室使用届け』と、僕のメモ書きだった。


「吹奏楽部が2-1を使っていたのは7:00まで、生徒退校時刻は6:45。どう考えてもおかしい。」


「確かにそれは僕も気になってたけど…少しぐらい、それこそ15分ぐらいオーバーすることもあるんじゃないか?」


「いやいや!星くん。私が言いたいのは、ってことだよ!」


「…どういうことだ?」


「もし犯人が生徒だったとして、あの教室にしようと思ったらタイミングがないんだよ。部活を抜け出してやるにはあの作業量は多すぎるから…なんせ、血が渇く前にばら撒かなきゃいけないんだからその場で魚を殺さなきゃいけないってことだし。」


「………………」


「それに部活が終わった後にあの教室に行くとしたらそれも厳しいと思うよ。だって退校時間が過ぎそうなのに、生徒を教室に残しておくなんて無理がある。あるとしたらそれは…吹奏楽部全員が共犯って可能性かな。顧問の先生も含めてね。」


「それは流石に……まあ断定はできないけど、ちょっと想像がつかない。」


「うん。だからこそ、可能性は絞られる。」


「?」


「魚をばら撒いたのは顧問の先生。それも吹奏楽部の顧問の先生だと、この情報から私はそう考える。」


「!」


 確かにそれなら辻褄が合うのか?ていうか、それよりも。


「高品。お前、僕が思ってたより頭いいんだな。」


「え!?そ、そうかな……へへ。」


「お前が僕より成績いいの半信半疑だったけど、この推理力なら納得だな。」


「いやそれは……まあ私は勉強ぐらいしかすることないし、それに成績と推理は違うよお。」


 高品が少し照れたように笑った。本気で照れてるな。いつものようにニコニコしておらずニマニマしている。


「…とりあえず。吹奏楽部から話を聞いてみるか。」


「え、あ、うん。」


 言葉に詰まる高品。自分では話にいけないことを気にしているのだろうか。


「大丈夫だ高品。今日は僕がお前の耳になるから。」


「………うん。」



 1.柳梨花



 柳梨花というのが吹奏楽部顧問の名前だ。吹奏楽部というだけあってやはり顧問は音楽の先生らしい。


「え?吹奏楽部の話?」


「ええ、はい。」


 柳は初老の女性だった。おそらく定年退職も近いのだろう。高品には悪いがこの人があんなことをするとは思えない。


 僕は音楽準備室に来ていた。音楽室などの特殊教室は中高一貫型であり、部活なども中学生とともに行っているらしい。


「平田くん吹奏楽部に興味があるの?」


「いや…そういうわけではないんですけど。」


「あらそう?ええ…と、吹奏楽部って言っても何を言っていいのか…。」


「例えば…何時まで部活をやってるのか?とか、どこの教室を使っているのか?とか。」


「ああ…えっと。そうね、吹奏楽部の子たちは6:30には帰りの準備を済ませているかしら。私は6:15にはもう部活動を終わらせるし。」


 ここで言う"終わらせる"とは、練習をやめることだろう。6:30。15分ではあの教室にはできないだろうしやっぱり柳先生が?15分から7:00までの45分間なら確かにできそうだけど…。


「教室は…そうね。日によってマチマチだけど…金管楽器の子が1-1で、木管楽器の子が2-1、あとは…太鼓系、パーカスって言うんだけど…彼女たちが3-1かしらね。」


「えっと…やっぱり最後に合奏して終わるんですか?」


「え?ああ…まあそれも日によるかしらね。人数も少ないし、一つの教室に集まって合奏はするわ。大抵、音楽室を使うわね。」


 音楽室…2-1は空室になるし、生徒が長い時間一人になることもできなさそうだな。


「木管楽器の人は何人いるんです?」


「吹奏楽部が全員で15人で、そのうち4人が木管ね。」


 4人で協力して魚をばら撒くのも考えにくいが…あとで話を聞くか?名前だけでも…


「そういえば、木管が使っていた2-1でなんか…おこったんでしょう?確か魚の血で汚れていたみたいな。」


「!」


 僕は驚く。疑っている本人から話を切り出したのだから当然だ。柳先生は僕の様子に気づくこともなく話を続ける。


「嫌よね〜。魚の血だなんて、なかなか匂いがとれないのよね。それになんだか不気味!タチが悪いわよねぇ、本当に。」


「は、はあ。」


 演技には見えない。大体ここで僕にその話をするメリットがないのではないか?

 僕は柳先生の話に集中しようと椅子に座り直して…



「昨日、部活を休みにしといてよかったわぁ。」



「え?」


「ああ、毎週火曜日に休みを設けるようにしているのだけれど今週は…昨日たまたま私に用事があって私は学校にはいなかったし、ちょうどいいから休みにしたの。」


 僕は混乱する。当然だ、想定していた事態とは違うのだから。

 用事があって、柳先生は学校にはいなかった。なら絶対に犯人ではない。じゃあ誰が?いや…


「ま、待ってください。でもこの『教室使用届け』には確かに昨日吹奏楽部が使ったと…」


「え?そんなはずはないのだけれど…ちょっと見してくれる?」


 柳先生が僕からプリントを受け取り、目を落とす。

 嘘をついている様子はない。吹奏楽部員が勝手に鍵を借りたのか?


「変ね…確かに昨日は吹奏楽部はなかったはずよ?自主練をするなら音楽室を使うだろうし…。それに見て、わざわざ2-1だけを使用している。」


 柳先生に言われ、僕は昨日吹奏楽部が借りたのは2-1だけということに気づいた。


「吹奏楽部を偽った誰かでは?」


「いや…『教室使用届け』は事務員さんが見ている前で書くし、この学校は人数も少ないからバレちゃうと思うわよ。」


「……………」


 僕は柳先生から返されたプリントを見る。

『スイソーガク』と、確かにそう書いてあった。


「……平田くん?」


「!」


 先生に名前を呼ばれ、自分が長考していたことに気づいた。


「ああ…いえ。えっと、ありがとうございました。どうもすいません。変な質問ばかりを繰り返して。」


「いやいや、良いのよ。音楽教師なんて行事の時は大変なんだけどそれ以外は暇なのよ。それよりも…平田くんは何を熱心に調べているの?」


「えっと…」


 正直に言っていいのか?いや、柳先生には不可能だと言うことはもうわかっているしな。


「昨日の、僕たちの教室で起きた件について調べてるんです。どうしても気になって。」


「あら?なんで気になったの?」


「いや…高品がやったとは思え」


「高品燿子がやったのよ。」


 僕は言葉に窮した。温和な柳先生の、あまりにも頑固な物言いだったからだ。


「でも…」


「…もうこんな時間なのねぇ。私そろそろ吹奏楽部の方に顔を出さなきゃなの。」


「………はい。」


 柳先生の口調はいつものものに戻っていた。先ほどのものは、星の話をしたときの中村に似ていた。


(やっぱり、高品は村の人そのものに嫌われているのか…。)



 僕は屋上へと向かった。彼女はそこで待っている。案の定、彼女は魚図鑑を念入りに見ていた。


「あ!お帰り星くん!その顔は…そっか、違ったか。」


「ああ。柳先生は昨日学校にいなかったし、なんなら昨日は吹奏楽部はなかった。」


「……謎が深まっちゃったって感じか。うーん。」


 彼女はそう言って手元にある魚図鑑に目を落としてしまった。手詰まりというところだろうか。


 ふと、僕の目に彼女が眺める魚図鑑が引っかかる。


「なぁ、さっきからその魚図鑑ばかり見てるけど、何がそんなに気になっているんだ?」


「え?」


 僕の問いかけに彼女が顔を上げた。しかしその後彼女は申し訳なさそうに謝ってきた。


「いや、別にいいけど。」


「えっと、どうして海魚だったのかなって!」


「え?」


「だってそうじゃん?魚の血と遺体をばら撒きたいなら別に川魚で良かったでしょ?星高村には川はいっぱいあってよく釣れるし、お店にもよく売られてる。でも海魚は山に囲まれたここじゃ手に入りにくいから当然価格も高いんだよ。」


 言われてみればその通りだった。なぜ海魚なのか?海魚じゃなきゃいけない理由があるのだろうか?


「それで…えっと、川魚と海魚の違いを調べたり、海魚みたいな川魚を調べていたんだけど…ごめんね。星くんにばかり働かせて私はそんなくだらないこと気になって調べてたんだから。」


「いや、割と大切なことなのかも。」


「え?」


「確かに気になるな、なんで海魚なのか。」


 僕も、彼女に近づき魚図鑑を覗く。

 しかし有効な手がかりは掴めなかった。


(完全に手詰まりって感じだな。)


 僕は嘆息する。そして、彼女に声をかけた。


「とりあえず、僕ちょっと図書室に行ってくるよ。魚関係の本なるべく多く借りてくる。」


「あ、ありがとう!」


 またもや熟考し始めた彼女を背に図書室へ向かう。


 平家式の校舎だとしても、屋上から図書室までは案外遠い。ちなみに屋上というのは高品が勝手に言い張ってるだけで本当はただの屋根だ。校舎の形がちょっとだけ特殊なので屋根もでこぼこなのだ。


「他にも色々な隠れ道とか知ってそうだな、あいつ。」


 猫かよ。僕は図書室につくとパラパラと魚の本を手に取りめくった。これだけ集中して魚を眺めているんだから僕も猫だな。


 僕は携帯で昨日の教室の写真を開く。そして魚図鑑と見比べる。やはり先程高品と一緒に見た魚図鑑と書かれていることは一緒か。いや、高品が見たら何かわかるのかもな。


 僕は魚の本を手に取る。そして周りの本棚を見渡した。


「魚以外の本も借りてってやるか。」


 何がヒントになるかなんてわからない。僕は今わかっていることを整理してみた。



 ・今日の朝 2-1に大量の海魚の死骸とその血。

 ・海魚と血の配置には特に意味はない(仮定)。

 ・魚は腰を使って振り回すようにばら撒かれていた。

 ・魚は三つの場所からばら撒かれた。

 ・魚は昨日の時点でばら撒かれていた。

 ・昨日最後に2-1を使ったのは『スイソーガク』。

 ・『スイソーガク』は吹奏楽部ではない。

 ・柳梨花先生は昨日学校にはいなかった。

 ・『教室使用届け』を出したひとを事務員は覚えていない。


 ・『スイソーガク』が鍵を返してのは7:00。一方、生徒が退校する時間は6:45。

 →よって、生徒が魚をばら撒いた可能性は低い。


 ・『教室使用届け』を受け取ったのは昨日、放課後になってから。

 ・2-1は通常教室であるため日中はずっと使用している。

 →昨日の晩での出来事であることが確定。




「こんなもんか……」


 僕は携帯に打ったメールを見る。

 見落としもいくつかあるだろうが、大体は抑えただろう。これらの情報から借りる本は…


「わかんねぇな…」


 本当に手詰まりだった。僕は探偵ではないのだからわかるはずがない。じゃあ高品は?


 さっきのやり取りだけで高品の考察力の優秀さが僕にもわかった。僕は探偵ではないが、彼女なら探偵にだってなれるのではないだろうか。


「鹿討帽も似合ってたしな。」


「おや、平田くん。魚に興味があるのかい?」


「!」


 名前を呼ばれて振り返る。くたくたになった白衣。妙に筋肉質な体。その人は星高高校の理科教師、真鍋融だった。



 2.真鍋融



「ああいえ、ちょっと興味があったものですから。」


「いやあ、嬉しいなあ!僕は生物のなかでも魚類が好きなんだ!」


「は、はあ。」


「大学でも魚について調べていたんだけど。星高村に帰ってくることを約束に外に出たものだから帰ってきて…ここで高校の理科教師をしてるんだよね。」


 真鍋は40代後半だろうか?大学から帰ってきてこの村でずっと教師をしているのか。それって何かおかしくないか?


「教師って、ずっとおんなじところに勤務できるものなんですか?」


「え、ああ…星高高校はちょっと違うからね。」


「違う?それって……」


「星高の学校は大体村立だからね。僕は公務員ではないんだよ。」


「え?」


 そうだったか?しまったな…地球に侵入するのに必死でよく見てなかった。

 いや、普通に考えてこんな辺鄙な村が一つの、いや、小中高の一連を回すことができるのか?


「どうしたんだい?平田くん。」


「ああ…いえ。」


「それよりも君が魚に興味を持ってくれたことが僕は嬉しいよぉ!」


「あ、はい。」


「星高村は辺鄙なところだが、貴重な魚が取れるんだ。理科準備室は実質僕の部屋だからね。取れた魚とか、もらった魚とか、たくさん置いてあるんだよ。見ていくかい。」


「ああ…いえ。」


 僕は少しだけたじろぐ。この自分中心なところどっかのプリン頭とおんなじだな。魚への愛情がとにかくすごい。愛情…。


「あの先生。見てもらいたい魚があるんですけど。」


「例の興味がある魚ってことかい?いいよ。」


 僕は制服の内ポケットから携帯を出し、真鍋先生に見せた。


(え?)


 僕は目を見開いた。真鍋先生の顔色が明らかに変わったのだ。

 愕然と、事実を言い当てられた犯人のような顔。


「先生?」


「! ああいや…そうだな。ちょっと、今は眼鏡がなくてわからないな。」


「……………」



『海魚は山に囲まれたここじゃ手に入りにくいから当然価格も高いんだよ。』


『取れた魚とか、もらった魚とか、たくさん置いてあるんだよ。』



(理科教師なら、手に入らない海魚だってたくさん手に入るだろうな。)


「先生。眼鏡はどこに?」


「…理科準備室にあるね。」


「へぇ。理科準備室には、いっぱい魚が置いてあるんですよね。」


「ああ…いや………」


「僕、魚に興味が出てきたかもしれません。」





 ☆


「こ、ここが理科準備室だよ。」


「へぇ……」


 そこには、真鍋先生が言っていたようにたくさんの魚が置いてあった。魚だけじゃない海洋植物やカニなどの甲殻類。さまざまな生物の骨やら剥製やらが置いてあった。


「すごいですね。」


「…まあ、長年ここに勤めてきたからね。」


「なるほど……これは、なんですか?」


「それは…ホウボウだね。変わった形してるだろ?」


「ええ。」


「…食べてみると意外と美味しいんだよ。僕も学生時代に一度だけ食べてみたんだが、なかなか…美味しかったよ。」


「いいですね。僕も食べてみたいです。」


「ははは。山の向こうに行けば食べる機会はあるかもね。」 


 僕はあたりを見渡す。何か手がかりがないか確認する。


(写メでも撮りたい気分だけど…さすがに無理だろうな。高品は何してるかな?)


 できるだけ見て覚えようと集中する。あれは…イルカか?すごいな。骨だけでよくわからないやつもある。あれは魚には見えないけど、なんだろう亀か?あの空いた3つの水槽は何に使うのだろうか?


「君が見せてくれた写真だけどね。」


「!」


「あれはツバメウオだね。残念だけど僕の部屋にはないんだよね。欲しいとは思ってるんだけど。」


「ツバメウオですか?」


「うん、そーだよ。」


 真鍋先生は飄々とした態度で僕に返した。図書室であった時と同じように。


(開き直っているのか?いやまあ、この人が犯人って確信もないけど…でも、どう見ても怪しいもんな。)


「こっちの大きいのは?」


「あ、ああっと!ちょっと待ってね!」


 僕は写真をズームさせ、真鍋先生に見せる。先生は目が悪いのは本当だったらしく、眼鏡を探し始めた。


「それは…キビナゴだね。こっちは、ソトイワシ。そして、それがホシザヨリ。」


「!」


「こんにちは、星くん。」


「ああ、こんにちは。」


 僕の背後に立ち、写真を見ていたのは、高校生と言ってもおかしくはないほど若々しい女性だった。


「宮永先生。」


 この星高高校に研修に来ている教育研修生だった。中村が美人だと騒いでいたので、記憶に残っている。


「ああ宮永先生、おかえり。」


「はい、ただいま戻りました。」


「平田くん、こちら宮永先生。確か…一回だけ授業を持ってもらったよね。」


「あ、はい。覚えています。」


「あ、そうかい?じゃあ紹介はいいね。それで…さっきの魚なんだけど…」


「こっちがキビナゴで、こっちがソトイワシ。で、これがホシザヨリですよね。」


「あれ?知ってたの?」


 僕が携帯の画面を指しながら口ずさむと真鍋先生が目を丸くした。


「私がさっき教えたんです。」


「あ!そーなのか!ありがとう宮永先生。」


 ホシザヨリ……星の細魚。


「なるほど。ありがとうございました。」


「いやいや。」


「えと…最後にもう一つだけ質問してもいいですか?」


「なんだい?」


「昨日の…放課後。何してました?」


「放課後?放課後は………水槽の点検作業をしていたかな。」


「点検作業ですか?どこで?」


「どこでって…それは………」


 僕は考えていた一つの仮定を突きつける。


「2-1で、ですか?」


「!」


 真鍋先生がたじろいだ。やっぱり、真鍋先生が犯人なのか?





「違うよ!僕が水槽を点検したのは1-1だよ!」



「え?」

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