教室を舞う魚

第3話 ヒラタ少年と彼女の涙。




 私は一人、教室にいた。


『なんでこんなことをしてしまったんだろうと、頭の中で繰り返す。だけど時間は元には戻ってはくれない。』


 なんて、昨日見たドラマでもやってたな。

 だけど言ってることは本当だ。


「時よ戻れ。なんて……ははっ!」


 馬鹿らしい。

 私は視線の先のそれを見る。


「私は…悪くない…私は悪くない。」





 ☆


「いや〜まさか朝から星くんに会えるとは!ついますな〜!」


「…お前学校くるの?」


「なんで!?私学生だよ!?」


「制服着てねぇじゃん!」


 朝、学校へ行くために畦道を通っていると高品が凧揚げをしていた。なんでも今日は風がいい感じらしい。


 しかし暑い、とにかく暑い。


 とうとう夏が始まったのだろうか?先程から額の汗が止まらない。思わずため息をつく。


「ため息だ!大変だぁ!幸せが逃げちゃうよぉ!」


「うるさい。」


 このくそ暑いなか高品の鈴の音のような奇声は些か耳障りすぎるのだ。

 高品を見ると、赤色のTシャツに短パン、そしていつものスカジャン。暑くないのだろうか。


 それにしても暑い、休みたい。


「そういえば、もうすぐ夏休みか。」

「夏休み!星くんは何するの?」


 僕の一言に彼女が反応してきた。


「……………何も。」

 どっちみちこんな田舎村に娯楽なんてないのだ。人と話すのだって話題がなければいずれ尽きる。


 本当に何しよう。


「星くん!つまらないよそんなの!高校2年生の夏休みは一回だけしかないんだよ!」


「た、確かに。」

 珍しく彼女の言葉に納得する。しかしこれは正論だ。人生は一回、この夏休みも一回だけだ。損するより得したい。でも…


「何をすればいいのかわからん…」


「星くん!提案があるんだけど!」


「おん、なんだ?」


「一緒に星をみませんか?」


「夜しかできないだろうが!!!」


 そう返すと高品はヘラヘラと笑い始めた。どうやら僕で遊んだらしい。何か言い換えそうと頭を働かせる。


 こいつの秘密基地とやらに遊びに行ってから数週間が経った。飽きもせず、毎日のようにこいつと話をしている。

 …まあ退屈しないからいいが。


 そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「おーい!ヒラタ!」


「!」


 突然の僕を呼ぶ声に振り向くと、中村が手を振っていた。僕も中村に手を振るが、途中で動きを止めた。


「よ!昨日ぶり。」


「おう……いや、中村。なんで俺だけに挨拶すんだよ。」


 中村が…いや、星高村が高品と相容れないことはなんとなく分かっていたが、こうも明確に見せつけられると僕としてはモヤモヤする。殊に中村に関しては親しいだけにそんな嫌な部分を見せて欲しくないのだ。


「なんでって…お前一人しかいなかったろ。」


「は?いや、そんなわけ……」


 僕はさっきまで彼女がいた場所に目をやる。


「あれ?」


 高品燿子の姿はなかった。先ほどまだ楽しそうに話していたのに痕跡すらなかったのである。


「ヒラタ、お前大丈夫か?」


「いや…大丈夫だと思うけど…あれ?」


 中村は不審気な顔をして僕を見るが、特に気にした様子もなく前を歩き出した。

 僕は未だキョロキョロとあたりを見渡していたが、中村の跡を追いかけるために走った。


「もうすぐ夏休みだけど…お前なんか予定ある?」


 僕が中村に聞くと彼はバッシュやら何やらが入ったカバンをバスンと叩いた。どうやら部活があるということらしい。


 僕も運動部にでも入ろうかなと考えたが、面倒だと思いやめた。それにしても練習試合とか相手もいないのに忙しいとは、どれだけ基礎練を積めば気が済むんだ。

 確かバスケ部は6名、5対5の試合はできない。小学生の子達でも誘うのだろうか。


「お前は?何すんの夏休み。」


「え、僕?」


 何もないと言えばまたつまらないと言われるだろうか?つまらなくて何が悪いのだ。大体この村がつまらないのが悪いのだろう。


「さあ……星でも見てるんじゃないか?」


 中村が止まった。


「……中村?」

 僕は中村の顔を見て、絶句した。



 僕へと向けられたその目には明確な敵意が含まれていた。



 しかし中村はハッとしたような顔になり、その細めをさらに細めた。


「ど、どうした中村?」


「ああいや…俺星嫌いなんだよ。」


「星が嫌い?星高村なのに?」


「なんだよ、悪いかよ。」


 中村は僕にとって友であり、最も親しい宇宙人だ。この仲は壊したくない。僕はさっきの敵意の正体を探ろうとはしなかったし、中村もそれには触れないような態度をとった。


「いいや、悪くないさ。」


 僕はかぶりを振った。そして考える。

 高品燿子は星が好きで、中村は星が嫌い。だから相容れない?…星が嫌い?星が嫌いだから僕に敵意を持ったのか?それは流石に信じられない。

 もしかしたら……


 高品燿子が星が好きだから、中村は星が嫌い?


「ヒラタ?」


「え?ああいや……………ん?」


 僕達の学校はもう目前だった。だが何やら騒がしい。

 星高高校は生徒数が少ないため一学年に一クラスしかない平家型の校舎であり、何か起きたらすぐに伝わる。まあ中高一貫型なので校舎の規模も割と大きいのだが。


「何か騒がしくないか?」


「……そうだな、行ってみようぜ。」


 僕と中村は顔を見合わせて駆け出した。

 人並みをかき分けて騒ぎの中心へと向かう。そこは僕たちのクラスである2-1だった。



 そして見ることになる、大量の魚の死骸を。



「な、何これ?」


 僕は目の前に並んでいるクラスメイトに話しかける。

 そいつが言うには朝来た時にはもうこれらの魚がばら撒かれていたらしい。


「魚、ねぇ……」


 僕はもう一度目の前の魚たちを見る。

 それらは普通の魚ではない。いや、これらこそが普通の魚なのだろうか。


「教室が血だらけだな。」

「生臭い…」


 それらの魚は血まみれだった。血は固くこびりついて、死後何時間も経っているようだ。


「これは…なかなかに掃除が大変そうだな。」

「今日は学校休みにならないかな。」


 僕は周囲の皆の反応に違和感を感じる。

 あまりにも整然としすぎてはいないだろうか?


 確かに血だらけで捨て置かれていたのは魚であり、人やもっと大きい犬猫ではない。魚の死体なんてものは言ってしまえば日常の中でよく目につくものである。それでも、教室に無惨に放置されていればもう少し混乱してもいいはずだ。


 そして、もう一つ。なぜそこに魚が捨て置かれたかについて疑問を持って然るべきではないか?


 どこか釈然としないものがあったが、気にしてもしょうがないので気にしないことにした。もしかしたら皆も僕と同じような疑問は持っているが黙っているだけなのかもしれない。


 僕は魚たちに近づく。これが死んだ魚の目というやつか、本当にこんな感じなんだな。


 あいつ、魚も好きなのかな?


 僕はガラパゴス携帯を取り出して写真を撮った。メールでもしたいが彼女は携帯なんて持っていないだろう。後で見せよう。


「ヒラタ、写真なんて撮ってどうすんだよ?」


「おい中村。」


「あん?」


「これ……海魚だ!」


 中村は心底どうでもいいという顔をして自机に座った。なんだよ、割と大切なことだろう!


 にしてもでかいなこの魚たち。本当に自然界を生き抜いてきたというほどブクブクだ。いや、生き抜いてきたからこその貫禄なのか?


「人間と一緒だな…」

 権力をもったやつは大体太ってるイメージがある。もしかしたらこの魚たちも魚界の重鎮なのかもしれない。



「皆さん、今日は理科室で授業を行います。荷物を持って向かってください。」

 ミサちゃん先生から声がかかった。


「ここの掃除は誰がするんですか?」

 クラスメイトの一人が聞く。自分たちがすることになったら嫌だからだ。血の掃除も魚を手で触るのも。


「この教室の清掃は村の外から業者が来てくれるそうです。綺麗になり次第またここで勉強しましょう。」


 そういうことらしい。クラスメイトや、様子を見に来ていた他学年生徒もぞろぞろと引き上げていく。

 僕と中村は隣り合って歩いた。彼の肩にかかった大きめの鞄がドスドスと僕に当たる。正直邪魔だ。


「それにしても…なんで魚なんて置いてあったんだろうな。いや、捨ててあったっていうか。」


「あん?」


「いや…気にならねぇの?あの魚誰がやったのか?天変地異でもあるまいし自然発生なんてありえないだろ?」


 事故の可能性も考えられるけど、どんな事故だって話だしな。何気なく中村を見ると、何言ってんだこいつ、という顔をしてこちらを見ていた。



「いや、そんなの…高品燿子がやったってことでいいだろ?」



 こいつは何を言っているんだ?


「いや、何言って……大体証拠も何もないだろ?」


「証拠なんて必要ないだろ。高品燿子だぞ?あいつがやったに決まってる。」


 中村が当たり前のようにそう言うので、一瞬だけ僕がおかしいのかと思ったがそんなことはないだろう。

 しかし中村の顔に悪意は一欠片も見られず、僕は口を噤んでしまった。


 そして、気づく。

 魚だらけの、血まみれの教室を見ても皆が変わらなかったのは犯人がもう決まっていたからだ。得体の知れない恐怖感を味わっていたのは僕だけだったのだ。


「……………」


 中村、お前は僕にとって友であり、最も親しい宇宙人だ。だけど僕は、高品はそんなことしないと思うぜ?





 ☆


「探したぞ。」


「え!探してくれたの!私を!?」


 いつもの畦道に高品がいなかったので、探した。僕らしくないと思ったが聞きたいことがあったからだ。


 結果から言うと彼女は例のほったて小屋にいた。

 この前パイプ椅子を壊したので、どこから持ってきたのかわからないハンモックに腰掛けていた。


「あ、ハンモックをね!家にあったから持ってきたの!いいでしょ!星くんも乗る?」


「いや、いい。」


「えー!気持ちいいのに……」

 彼女はそう言ってプカプカとハンモックを漕いだ。

 僕はそれを見て少しだけ笑う。


「それにしても珍しいねぇ!星くんから来るの!いつも私が呼びにいくのに!」


「今日は……なんでいなかったんだ?」


「……………ハンモック乗ってたら寝過ごしたんだよ!」

 嘘だろ?それ。


「まあ、聞きたいことがあったからな。」


「え?聞きたいこと?……」

 少しだけ怯えた顔になるのは、心当たりがあるからだろうか?


 ハンモックは一人用なので、僕は草の上に座った。服は汚れるが、構わなかった。


「今日、学校で問題…ていうか事件が起きた。」


 僕は写真を見せた方がいいか、と携帯を取り出し見せつける。


「……海魚だね。」

 彼女はそうコメントした。


「…見ての通り、クラスに血まみれの魚が捨てられていた。放火とか、窃盗みたいな重大事件というわけではないけどまあまあな嫌がらせだな。」


 僕がそう言うと彼女はニコニコと笑った。いつもの笑みだ。

 ハンモックが揺れる。サラサラと彼女の髪も揺れる。


「………大体わかったよ。その犯人が私だと思われてて、星くんはそれが本当かを聞きたいんだね?」


「そう………いや、違うかも。」


 彼女が不思議そうな顔をした。その時、今日初めて僕と彼女は目があった。


「お前昨日学校来てないし、ていうか普通に違うって僕は思ってる。」


「……じゃあ何?」

「本当にこのままでいいのか?」


 僕は彼女の質問を無視して、少しだけ強い語気でそう聞いた。彼女の瞳が少しだけ揺れるのがわかった。


「……その魚ってどうなったの?」


「処理は業者に頼むらしい、それ以外は聞いてない。」


「ふーん……このままでいいも何もないよ。私に直接害はないだろうから…ほっとく。」


「業者を呼んだ代金を負担しろって言われたら?」


「お金ならいっぱいあるから大丈夫。」


「でも」


「…平和ならそれでいいじゃん。」

 彼女が退屈そうにそう言った。


「………………」


 でもお前、やってないじゃん。昨日、僕と一緒にここで星を見てたじゃん。なのになんで?


「…もう一つだけ聞きたいことがあるんだ。」


「!」


 これはデリケートな問題だから聞かない方がいいと思ったし、聞いたら何かが変わる気がするから本当は聞きたくない。何度も不思議に思って、そのたびに目を背けてきた。


 高品の目を見る。不安気なその瞳はとても自然なものに思えて、高品には似合わないものだと思った。


「高品と、この村の関係が知りたい。」


 過去の話がしたい。回想が聞きたい。

 勇気を振り絞った言葉だった。どうしても知りたかった。


 だが高品は答えた。


「嫌だ………」


 それは、高品からの初めての拒絶だった。

 彼女の怯えた目を見て、僕は自分を恥じた。


「……わかった。」

 やっとのことで言葉を絞り出した。


 何もかも諦めたような彼女を見て、気が焦って、自分の好奇心のまま彼女の嫌がることを聞いて、それで勇気?あまりにも馬鹿げている。


 ギシリと音が鳴って、少ししていい匂いがした。彼女がハンモックを降りて僕のすぐ隣に立っていた。



 そして、僕に拳を振り下ろした。

 目の前に星が散ったような気がして、時間の流れがおかしく感じて、口の中の血の味に我を取り戻した。



「……痛ぇよ。」

「良かったね。生きてる証拠だよ。」


 ふざけんなよ、と言い出しそうになったがやめた。なぜなら次の拳が向かってきていたからだ。


 彼女を理解していた気になっていたが、僕の見当違いだった。彼女は僕が思っていたよりもずっとヤバい奴らしい。


「私、星くんのこと嫌いになった!ここは私の場所だから早く出てってよ!」


 彼女の殴打は止まらない。


「出てってよ…出てけ……出てけよっ!!」


 その大声に鳥たちが一斉に羽ばたいた。もう夕方に差し掛かっていた。

 彼女がはぁ、はぁ、と息をつく。


「………………」

 何も言わない僕をキッと睨み、高品はほったて小屋の今にも取れかかりそうな扉に手をかける。


 なんだよ、お前から話しかけてきたくせに、何かに怖がって嫌いアピールかよ。何が怖いのか言わないくせに、そうやってほったて小屋に閉じこもるのかよ。


 ふざけんなよと、小声で言った。


 僕はほったて小屋の扉に手をかけた彼女の足に、手をかけた。



 そして、思いっきり引っ張る。



「えっ!?」

 彼女は当然のようによろけて、そして転んだ。

 バキリと、扉からはいけない音がした。


 呆気に取られた彼女が僕を見るので、僕は何も言わずに彼女に近づき、その胸ぐらを掴んだ。


「ふざけんなよ!高品燿子!!!」


「!?」


「僕は、お前とこの村の過去は聞かない!そう決めた!それでもお前が無実なのに勝手に諦めて勝手に受け入れるなんてこと絶対に嫌だ!」


「………………」

 彼女が驚いた様子でこちらを見ている。


 なので言ってやるのだ。


「……お前は僕のこと嫌いって言ったけど…僕は、高品のこと、割と好きだよ。」


「!」


 高品燿子とは、決して長いとは言えない短い時間を共に過ごした。それでも楽しかった。くだらない冗談も、彼女の突飛な行動も、楽しかった。

 何より、彼女の時折見せる、ニマニマした顔が僕は好きなのだ。


 わなわなと震える彼女の唇が見えた。

 きっと形にする、音にする言葉を探している。


「………でも、私は『宇宙人』だから。」


「…………………」


「…『宇宙人』は、大抵のことはへっちゃらだから……だから大丈夫……だから。」


「………泣くなよ。」


 スンスンと高品が泣き始めたので、僕はどうすればいいかわからなくなった。なんだかとてもカッコ悪い。


「お前は、『宇宙人』なんかじゃないだろ?逃げるなよ。お前は高品燿子で、地球人だ。」


「…………うん。」


 やはり彼女は地球人だった。の敵じゃない。


 僕は少しだけ肩の力を抜いた。そして、彼女を思い切り抱きしめた。異性同士で抱き合うのは良くないと、地球の参考資料で読んだが、関係ない。

 だって彼女は地球人で、僕は宇宙人だ。


 彼女は突然のことに訳がわからないと言った様子でフガフガと動いている。


「…ひとつだけ教えてやるよ。」


「…………何?」

 キョトンとした顔で聞いてくる。その顔はいつも通り、いや、いつもより安心したような顔をしている。


「聞いたら、人生観変わるぞ?」


「え?」


「宇宙人の名誉にかけて言う。宇宙人でも傷つく。大抵のことはへっちゃらなんて嘘っぱちだ。」


「!」


「だから抵抗する。犯人と間違われたときだって抵抗する。わかったか?」


「!………そうかも。」


 彼女はニマニマと笑った。僕も笑った。

 どうやら、僕に気を許してくれたようだ。さすさすと腫れた僕の頬を触る。


「殴ってごめん……ごめんなさい。」

「いいよ。僕も、デリカシーがなかったな。」


 僕が謝ると彼女ははむはむと唇を噛み始めた。そして決心を固めたかのようにぐっと拳を握る。また殴られるのか?なぜ?と僕は身構えたが、違った。


「決めた!私、この事件の真犯人を見つける!!」


「おお!」

 僕は感動した。何かよくわからないけど感動した。


 高品はやる気満々と言った様子で鼻息を荒くしている。

 その様子がおかしくて僕はまた笑ってしまった。そして、彼女に言う。


「……で、なんだけど。」


「うん?」


「さっきから鼻血が止まらないんだけど。」


「え?」


「ちょっと、これやば……」


 僕は意識を失った。





 ☆


「血…止まった…………」


 私は自分の腿の上で眠る少年の顔からティッシュを離す。顔も首元も、私の手も赤く染まっている。


「大丈夫かな……?でも寝息安定してるし、顔色も…悪くないかな?」


 私はキョロキョロとあたりを見渡す。こんな山の中じゃどうしようもない。助けを呼びに行くことができない自分が情けない。


「アイツらの手は借りられない……」


 拳に力がこもるのを感じた。ふと、少年の黒い髪が目に入る。少しだけ撫でた。


 チラチラと紫色の蝶たちが舞うのを視界の隅で抑える。


 平田星、外からやってきた子。


 最初に会ったあの時は、あの女の先生に呼び出された日だった。教室の扉を開けると、一人何かを書いていた。私と目を合わせてきたから驚いて、話しかけてしまった。

 そしたら、君は私と話してくれた。ちゃんと人と話すのは久しぶりだったけど、変じゃなかっただろうか?

 嬉しくなった私は君を見かけるたびに話しかけてしまった。

 それがいけないことだと知りながら。


「星くん…私といると不幸になるよ?私は…『宇宙人』だから。」


 私はいつものように一人、自虐する。何度も自分に言い聞かせてきた言葉だ。


『逃げるなよ。お前は高品燿子で、地球人だ。』


 ハッとした。


「いや……違うね。私は地球人だ。」


 私はかぶりを振る。すると視界に金髪が入った。私は一房手に取る。


「そろそろ染めないとな。」


 パッと離すとサラサラと流れていくので、私は顔を顰めた。


「パーマでもかけようかな…無理、か。ヘアアイロンにしよ……」


 星くんが、体を動かした。でも起きる様子はない。寒いのかな……?

 夏夜だけど、星くんは寒がりなのかもしれない。私は、お気に入りのスカジャンを脱いで彼にかけてあげた。


「特別だよ。」



 平田星くん、私と一緒にいてくれる人、とても優しい人、面白い人、星を見る人。

 そして……


「友達って呼んでもいいのかな…」

 私は笑う。しかし、すぐに顔を強張らせた。


 友達。本当に?


『嫌だ………』


 私は、彼の疑問に答えることを拒否した。彼から拒絶されることを拒否した。


 だって…私の秘密を知ったら、君は私を嫌いになるよ?君は優しいけど、絶対に私を拒絶するよ?


「嫌だ………星くんに嫌われたくない。」


 だから私は君に何も教えてあげない。ずるいかな……ずるくても君は一緒にいてくれる?


「友達になんて…なれないよね。」


 泣くな、私。あの日から私は泣かないと決めた。だから泣かない。


「へへへ。」

 星くんを見る。かわいい寝顔だった。


 大丈夫。涙は引っ込んだ。きっと大丈夫。




『僕は、高品のこと、割と好きだよ。』




「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


 嘘だ。


 私は感極まって、空を見上げた。星を見る。嘘だ。引っ込んでない。


 私は涙が溢れてしかたなかった。



 好きだと言ってくれる人に、胸を張って好きと言えない自分も。


 一緒にいたい人に秘密を作る自分も。


 友達をつくる勇気がない自分も。


 村のアイツらも。


 あの女教師も。


 あの女も。


 サラサラの黒髪も。


 嫌いだ、大嫌いだ、悔しくて、不甲斐なくて、大嫌いだ。嫌い、嫌い、大嫌い。


 星が見えない。涙が溜まった瞳じゃ、美しいあの星々は見えない。


「星くん……君が宇宙人だったらよかったのに。」


 ワレワレハウチュウジンダ!

 ワレワレハウチュウジンダ!


「そしたら君は…この村を不思議な力でおかしくするの。みんなを飴細工にして、空と地面を逆さまにして、そして、そして!」


 ワレワレはウチュウジンだ!

 ワレワレはウチュウジンだ!


「そして………そしてぇ……………」


 我々は宇宙人だ!

 我々は宇宙人だ!


「………………」



 私は宇宙人になりたい。



「私をここから…連れ出して。」









 紫色の蝶々が私にすり寄ってきて、頰を撫でた。その蝶はなぜかとても愛らしくて、綺麗だと思った。


 彼が起きるまで私は泣き続けて、起きた彼がフラフラと歩いて帰ろうとするのを心配して、彼をおぶって山から降りた。

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