第2話 ヒラタ少年と夜の紫蝶。




 田舎の道には舗装されてないものも多い。歩くだけで、でこぼこな道に疲労が増していく。

 普段使わない筋肉も使うだろうし、毎日が登山だ。


 都会が羨ましい。都会では人々は歩かないらしい。遠隔操作ができるパワードスーツで街中を闊歩、それだけでなく首都高線を走り抜けるらしい。時に空を飛び、時にビームを放つ。犬の散歩に至っては犬もパワードスーツを着て我が物顔で歩くという。げに恐ろしきシティボウイたち。

 人間の真の敵は文明にあるのではないだろうか?


 戦争だ!僕は文明になんか屈しないぞぉ!



「ヒラタ、お前最近疲れていないか?」 


「…よくわかったな。」


「全部口に出てたぞ。」


「おろ?」


 だんだんと夏の気配が色濃くなってきた。これからもっと暑くなると思うと嫌気がするし、なんなら吐き気がする。頭バグるし。


「最近暑くなってきたからな…。」


 中村が言うが僕はかぶりをふる。


「いや、それもそうなんだけど…最近うるさいやつに付き纏われてて…」


「なんだ?犬にでも追いかけられてるのか?」


「犬………似てるかもな。」


「何?どんな犬だ?可愛いのか?」


 中村を見て、呑気なやつもいたものだと少しだけ恨めしく感じた。


「犬に似てるだけだ、犬じゃない。」


「じゃあなんだよ?」


「……あれは…一体なんなんだろうな」


「は?」


 中村は今日は部活がないようだ。二人で学校からの帰り道を歩いていた。道草をしようにも寄るところがない。二人とも真っ直ぐ帰宅コースだ。


「そういや、ヒラタ。ミサちゃん先生は大丈夫だったのか?」


「大丈夫じゃねぇよ。ミサちゃん先生ってあんな怒るんだな。脳裏から離れねぇよ。」


 どっからの誰かさんから貰った、クレヨンで塗りたくられた進路調査表を提出できるはずもなく、言い訳を考える気力もなかった僕はあのあと無断で帰路についた。


 当然ミサちゃん先生もこれにはカンカン。後日、びっくりするぐらい頰をピクつかせた先生に呼び出されたときはあの級長も同情の目を見せてくれた。


「まあ、進路調査表は出せたからいいだろ。」


 適当に埋めてな、という一言は言わずに飲み込んだ。


「それにしてもお前が提出物出し渋るの珍しいよな。課題とか、あんまり忘れないタイプだろ?」


「課題と進路調査は別だ。僕は不確定なことを明確に形にするのが嫌なんだよ。てか、先のことなんてわからないだろ…」


 そういうもんかー?と中村が体を伸ばした。

 そういうもんだ、と僕は答え、彼に倣い体を伸ばす。


 お、とんびだ。こんばんぴー。


「まあ、お前は外の人間だったからな。価値観とか違うのかもな。」


「あ?あー、まあそうかもな。」


 生まれた環境による価値観の違いはとても重要だ。殊に山に囲まれた閉鎖的なこの村ではなおさらだろう。


「まあ、価値観とか難しいこと抜きにお前と仲良くなれたんだから、あんまり考えなくていいんじゃね?」


 僕が中村にそう笑いかけると中村もそのつり目を細めて笑った。


(まあ、価値観とか関係なしによくわからんやつもいるけどな。)


 僕の脳裏に浮かぶ、昨今の悩みの種である犬系スピリチュアルガール。


「お、じゃあ俺こっちだから。」


「………おう。」


 丁字路に差し掛かる。向かって左の住宅街が中村の居住区で右に行ったところにある畦道のさらに奥が僕の家だ。


「な、なな、中村くん、もうちょっと話さなーい?」


「え?いや、ご飯作んなきゃだし……」


 そしてこの畦道に突きかかるところはアイツが出るところでもあるわけで…


「じゃ、また明日」


「あ!おーい!中村くーん!ちょっと!」


 中村が手を振りながら住宅地に消えていく。惨めな僕はその背中を見送るしかない。さて…



「…いるんだろ?」


 僕はひとりぼっちになったその場所で独り言のように尋ねる。普通なら返事なんて返ってこないわけだが。おそらく奴がいる。


「いるよー!」


 しかし、返ってくるのは元気のいい返事だ。その声の主を僕は知っている。


 プリン頭に蛙のスカジャンがトレードマーク。例の女、高品燿子だ。


「お前また…こんなストーカーまがいなこと……」


「ストーカーじゃないし待ち伏せだよー!それにこれは偶然の出会いってやつでしょ?ね!」


 高品が言っていることはある意味正しい。


 あの教室での一件以来こいつは僕に干渉してくるようになった。中でもそのターンポイントになったのは、僕の通学路である畦道で彼女がザリガニを取っていたことだろう。あのとき僕は通学路はおろか家の方向まで知られてしまった。


「ザリガニ星人だよ!かわいいでしょ!」


 そう言って彼女はザリガニを見せてくる。彼女は田んぼ用の水路脇でザリガニをキャッチアンドリリースをして遊んでいる。スカジャンの下は私服だ。おそらく今日は学校に来なかったらしい。

 ていうかこいつは一体何者なんだ?昨日もなんで僕たちの教室に来たのかわからずじまいだ。


 ちなみに昨日はタガメ星人だった。


「がおがおー!ザリガニ星人だぞー!」

「わかったよ………てか一昨日も見たし。」


 何がおかしいのか彼女はザリガニと僕の顔を行ったり来たりしながらニコニコと笑っている。何?僕の顔がザリガニと似てるとでも?


「星君の顔ザリガニみたい!」

「あ?」

「ザリガニみたいでイケメンさんだね!」


 ザリガニはイケメンなのか?僕は自信を持っていいのか?

 一見頭がゆるゆるガバガバな高品は学年随一の頭脳を誇り、運動神経もいいらしい(彼女談)。僕はそれを聞いたとき僕の存在意義を本気で見失った。


「あははは!」

 彼女が笑う。相変わらず鈴のような声だ。


「……………」

 僕は閉口して彼女を見つめた。半目で。


 あの教室での一件からここしばらく、こんな日々を送っていた。高品と過ごす日々は僕にとって"嫌というわけでもないが煩わしくもあるもの"だった。


 そう。彼女は煩わしいものの嫌ではない。人によるがそこまで差別化されるような人格ではないのだ。

 だからこそ、どうしても考えてしまう。


 なぜ高品燿子は星高村にこんなにも嫌われているのか?


 学校での中村や、クラスメイトの反応から彼女が星高高校での禁忌的、外的存在であることは透けて見える。

 しかし僕は見てしまった。畦道を通った村民の彼女に送る敵意のこもった視線に。つまり、高品燿子という存在はこの星高村の全ての敵なのだ。


 彼女が何をしたのか、彼女に何が起こったのかを僕は知らない。

 僕は彼女を見る。ザリガニを楽しそうにいじっていた。その姿に僕の考えは霧散した。


 彼女が気にしていないなら、僕が気にしても意味はないかな、と一人嘆息した。


「えいっ!」

「おい!ザリガニを人に投げるな!!!」





 ☆


「星くん星くん!私見ちゃったんだ!星高山にある……宇宙船!」


 心臓が止まるかと思った。


「は?な、何?」


「宇宙船だよ!宇宙人が乗る船だよ!」


 彼女はそう言ってUFOの真似をし始めた。

 僕は凍りつく脳で懸命に思考を回す。


 宇宙船……星高山……………。


「だからさ星くんも一緒に行こうよー!ねぇ!いいでしょー!」

 彼女が何か言ってる。


 ふとバケツの中にいるザリガニと目があった。こいつと僕が似てるってマジ?


 取り立てて説明するものは何一つないいつも通りの一日だった。いつものように学校に行き、いつものように中村たちと騒いで、いつものようにミサちゃん先生に目をつけられて、いつものように高品がここにいた。

 いつもと違うのは少しだけ霧がかった星高村の気候ぐらいだ。あとは全部いつも通り。


 高品を見る。彼女もいつも通り。

 僕は警戒しすぎなのか?


「どうしたの?」

「ああいや……」


 いつも通りの僕なら絶対に行かない。前に川を辿ってどこまで行けるか行こうと言われたけど丁重にお断りした。


「…………星くんはやっぱ行かないかー!ちぇっ…」


 高品はいつもの飄々とした態度で肩をすくめていた。その顔には当然のように笑顔。


 僕は口を開く。


「行くよ。」


「え?」


「だから行くって…」


 そう言うと彼女は目を見開いた。彼女の笑顔以外を見るのは珍しいな、と心の片隅で思った。


「え、いや、あの…本当にいいの?」


 彼女らしくないほど取り乱しながら聞いてくるので僕は頷く。なんだってんだ。

 すると彼女は途端に笑顔になる。ニコニコではなくニマニマと笑っている。


「ふ、ふへへ。せ、星くん!や、約束だよ!言質とったからね!へへ!」


「なんだよ……妙に嬉しそうだな。」


「え!?」


 彼女の顔が赤くなる。こんな反応も見たことがない。

 高品燿子は常に笑顔である。ニコニコと笑っている。つまりは、裏を返せば表情の変化が乏しいのだ。


 だからこそ、白状すると今日の彼女の百面相ぶりに僕は戸惑っていた。


「………ちょ、ちょっと待ってね。」


「?」


 彼女はスカジャンを身を隠すように手繰り上げて丸まった。頭隠して尻隠さずを体現している。そして、スカジャンをそうやって使う人を僕は見たことがない。


 しばらくして、そろそろと彼女がスカジャンから出てきた。その顔にはいつものニコニコした笑顔があった。


「お待たせ!待った?待ってないよね!」


 うん。


「別に待ってねぇよ。」


「うん!それじゃあ今日の夜ここで待ってるからね!言質とってるからね!」


「わかってるよ。」


 彼女はブンブンと手を振って畦道の別れ道を僕とは別方向に歩いて行った。プリン頭がサラサラと揺れている。

 それを見て僕が思うことは一つ。


 今日の夜かよ。


 僕は急いで部屋に戻り、身支度を整え、食事を済まし、部屋を出た。高品が何時ごろ帰してくれるのか言ってなかったので風呂に入るか迷ったが入らないでおいた。


「あいつ畦道って言ってたな…」


 あいつは集合場所にあの畦道の途中を指定していた。星高村は他の町とは違う。街灯なんて本当に数えるほどしかないのだ。


 僕は部屋へと引き返し戸棚をガサゴソと漁る。そして埃まみれの懐中電灯を見つけ出し部屋を出た。この前よりマシになったが、夏の夜は冷えるうえ、虫も出るため長袖を羽織っていた。夜の村を歩く。


 熱帯夜の、一歩手前。亜熱帯夜になるのか?


「結構虫が出るな。」


 虫除けスプレーを振りかけてくればよかった。いや、もしかしたら持ってなかったかもな。


 自分は夜目が効く方だと思っていたが、そろそろ限界みたいだと懐中電灯をつけた。



「ぴぎゃっ!?」



 点けた懐中電灯の光の先。何者かが体を丸めるように身を縮こませている。『まぶ…まぶし……』と悶えている人影は言うまでもなく高品燿子だった。


「何してるんだ?」


「うぐぉ……ちょっと…目が……」


 クシクシと目を擦る高品。その赤い目は少しだけ潤んでいた。僕が仕方なくハンカチを差し出すと、彼女は礼も言わずにふん取ってズビズビと顔を擦っていた。


「……死ぬかと思った!」


「で、何してたんだ?ここは集合場所じゃないだろ?」


「いや、あそこで待ってたんだけど星くんが見えたから迎えに来た!」


「………………」


 要するに彼女は200mほど先の僕を真っ暗ななか認識し、歩いてきたらしい。どこの蛮勇民族だ。


 すっかり元気になった高品はすくっと立ち上がり、私の背中についてこいとでも言いたげに後ろを向いた。


「私の背中についてこい!」


「懐中電灯を持ってるのは僕だけどな。」


「私は夜目が効くからそんなものいらない!これは一種の闘争だね!文明なんかに私は屈しないぞお!」


 どこかで聞いたようなセリフだったがどこで聞いたのか思い出せなかった。


 ふと、高品が止まる。


「どうした?」


「いや、そういえば星くん虫除けスプレーかけた?良ければ貸してあげようかなって!」


「え、まじ?」


 ちょうど虫が煩わしいと思っていたところだった。僕は蝶以外の虫が大の苦手なのだ。特に蛾。


「振りかけるからじっとしててね!」


「おう!頼むよ!」


 なんだ高品。お前いい奴じゃないか。知り合ってから半月ぐらい経つが初めて尊敬したぞお前のこと。


 スッと高品が虫除けスプレーを差し出した。僕の顔前に。


「え、ちょっと待って?」


「え?」



 数分悶えたあと、高品に僕の目が赤いのはなぜか?と問われたとき、僕は頭の血管が切れるのを覚悟した。





 ☆


「ご、ごめんって……あ、謝ってるじゃん!」


「いや、もういいよ。全然。」


 さっきからこの繰り返しだった。彼女は妙に顔を青白くさせ何回も頭を下げてきていた。僕としてももうそれほど起こっているわけではないので気にしていない素振りで高品のあとをついていた。


「いや、それだけじゃないっていうか……怒られるのはこれからもっていうか………」


「あ?」


「な、なんでもないっ!!」


 それどころかさっきからぶつぶつと何か言っている。なんとなく気になるが、聞くほど気になるわけではない微妙な線を突いてくるので鬱陶しい。


「だぁぁっ!もうっ!今から謝るの禁止!キリがねぇよ。」


「う、うん!」


 僕の言葉に高品が振り向きながら頷く。見てるこっちとしてはいつ転ぶか分からないとヒヤヒヤすることになる。


「ほら、いつもの元気はどうした?こんな暗い山気味が悪いよ。歌でも歌え。今なら僕しかいないんだから歌い放題じゃないか。」


 僕がそう言うとぱぁっと彼女の顔が満面の笑みに変わった。


「名案だ!星くんは天才さんだぁ!」


 彼女は大声でそう叫ぶと鈴のような綺麗な声で歌い始めるのだ。


「〜〜〜♪」

 呼応するように、夜の木々が揺れる。


 彼女の歌に、僕は聞き覚えを感じていた。どこだ?どこで聞いたんだっけ?


「それ何の曲だ?流行りのやつだっけ?」


「〜♪ ん?別に流行りの曲じゃないよ?この村じゃ流行りなんてわからないし。」


「あれ?…まあそうか?」


「この曲はねぇ、お父さんの集めてたレコードの中で一番好きな曲なんだよ!」


「レコード……そんな昔の曲なのか。」


 僕は聞き覚えの正体を思い出しながら彼女に答える。

 ダメだ、思い出せない。

「〜〜〜♪」

 そんな僕を気にせず彼女は歌を続けた。


 ふと、僕はある疑問を思い浮かべる。


「そういえばお前、こんな時間に山に来て家族は心配しないのか?」



 ピタリと彼女が止まる。



「……………高品?」


「………大丈夫だよ?私、おじいちゃんと2人暮らしだし!」


「あ?」


 それは答えになっていないではないか、と問いかけようとしたが彼女がまたもやいきなり止まったのでどうしたのだろう?と彼女の視線の先を見た。



 そこには明るい色から暗い色までの、様々な紫色の羽を持った蝶々が夜を彩っていた。

 鮮やかな蝶々は霞がかった星高山にとても映えている。



「ここだよ、わ、私の……ひ、秘密基地?」



 そして、美しき蝶々たちが囲むように舞い踊るのは、ある一棟のほったて小屋だった。



 僕はその光景を見て戸惑う。当然だ、だってそれは宇宙船ではなく、どう見てもオンボロな小屋なのだから。


 事情を説明してもらおうと彼女を見る。そして彼女の青白い顔を見て全てを悟った。


「…宇宙船は?」

「な、なんのことかな!?私には分からないぞお?」


 僕の推測でしかないが、こういうことらしい。


 高品燿子は何を思ったのかわからないが僕に自分の秘密基地とやらを紹介したいと思った。

 ↓

 しかし、僕はいつも彼女が誘ってもツれない態度で誘いを断ってくる。

 これでは状況は打破できない、と彼女は気づいた。

 ↓

 そしてこれまた何を思ったのか、彼女は僕に宇宙船を見つけたと嘘をついた。高品燿子は彼女中心に物事を考える節があるので、自分が一番興味をそそられるものを選んだのだろう。

 ↓

 思惑通り誘いに乗った僕に当初は喜び勇んだが、秘密基地を披露する時が近づくにつれ、自分が嘘をついたという実感が強まってきた。

 ↓

 そして、怒られたらどうしよう…と思い顔を青白くさせていたのだ。



 多少違ってくるかもしれないが、概ね僕の想像通りだろう。いや、幼稚すぎないか?高品よ、お前は一体何歳児だ?


「そうか、秘密基地か、すごいな……」

 頭を抱えるように僕がそう言うと彼女は顔を綻ばせた。


「でしょ!私が見つけたの!私すごい!」

 そう言って高品は慣れた様子でほったて小屋から錆びついたパイプ椅子を取り出して座った。

 ギシシ…と音がなる。おそらく僕が座ったら秒で壊れるだろう。


 高品は背もたれに体重をかけ、空を見上げた。


「暇な時はここでこうやって、星を見るんだ。」


 僕も彼女につられて、夜空を見上げた。


「おお……」


 星高山からの星は、村のどこよりも美しく見えた。


「ね、ねぇ!星くん!」


「………何だよ。」


「せ、星くんもさ!ここで私と一緒に星見ようよ!たまにでいいからさ!ね!楽しいよ絶対!」


 高品燿子、彼女は金の髪をはためかせ、僕に笑いかけてくる。真っ暗で見えないが、たしかに彼女の視線を感じた。

 懐中電灯はもう消していた。こんな美しい星々に人工的な光は相応しくないだろう。


 高品は僕の返答を今か今かと待っている。期待と諦念が織り混ざった顔をしている彼女に言う言葉を僕は知っている。


「いいよ。」

「!」


 僕の答えに高品が驚いた。おそらく僕がこんなにあっさりokするとは思っていなかったのだろう。 


「いいの?やった!やったー!やったやった!!」


 ぴょんぴょんと跳ねる高品。跳ねる?おい高品お前…


「あ」


 パイプ椅子がバキッと壊れた。錆びたと言っても鉄であり、刺さったりする可能性は高い。


「馬鹿!危なっ!」


「ほっ!」


「!」


 高品は体を器用に捻り、パイプ椅子から離れて立った。どんな身体能力してるんだこいつ。

 未だに喜びの舞?に勇んでいる彼女を半目で見る。


 僕は嘆息し、星を見ることに集中した。


「…今日は見えるのか。」 






 ☆


「くぅ………」


「寝たし…」


 喜び疲れて眠ったのか?高品燿子はほったて小屋の薄汚れた床の上で寝てしまった。汚れるから寝転がるなよと言ったが彼女は大丈夫と言って聞かなかった。


「スカジャンも砂まみれだし……」


 僕は高品が噛んでしまっている金の髪を掬い、耳にかける。そして彼女の顔を凝視した。



 高品燿子は、地球人だ。確実ではないがおそらくそうだ。『宇宙人』という噂も、ただ面白がった奴が流したデマだろう。


「宇宙船ね……まったく、驚かせやがって。おい、高品!起きろ!」


「!?……え、あれ?私寝ちゃってた?」


 体を揺すると軽い彼女の体が揺れて、スッと目を覚ました。寝起きはいいみたいだな。


「ご、ごめん!あれぇ?いつもならこんなことないのに……」


 少しだけ恥ずかしそうにしながら彼女が髪を整えだす。


「うあ!涎垂れちゃってる……」


「もう遅い、帰るぞ。」


「あ、うん。」


 僕が急かすと高品はすごすごと僕の後をついてきた。僕は懐中電灯をつける。


「本当に…なんかごめんね…その、一人で寝ちゃって…」


 恥ずかしそうに謝ってくる。最近気づいたが、こいつは割とよく謝る。突飛な行動が目立つが悪いことは悪いと思うことはできるらしい。まあ突飛な行動を控えればいいだけなのだが。


「いや、別に気にしてないよ、本当。」


「うん…でも、ごめん」


 高品は後ろにいるので顔は見えないがおそらく申し訳なさそうにしているのだろう。行きと同じじゃないか。


「だから気にしてないって…ほら、高品。お前の得意な歌でも歌え。そうすれば気分も晴れるだろう。」


「! 聞きたい?私の歌聞きたい?」


「おう、聞かせてくれ。」


「んぁ、わかった!」


 そうして彼女は歌い出した。先ほどと同じ歌。やはり聞き覚えがある。だけど思い出せない。


 彼女と別れるときが来た。本当に見えるのか?と聞くと彼女は畦道の脇の水路にかがみ込み、タニシをとってみせた。夜目が効くというレベルじゃない。


 なら問題はないかと高品と別れて懐中電灯を頼りに部屋へと戻った。


 扉を開けて、中へと入り、扉を閉める。


 そして風呂に入ろうと服を脱ぐ。耳寂しいので、ラジオを持っていこう。ビニール袋でも被せれば濡れはしないだろう。


「高品燿子は地球人。そうか…よかった。」


 長袖を脱ぐ。


「あの宇宙船も、地球人に見つけられるはずがないものな。」


 半袖を脱ぐ。


「いや…高品燿子の身体能力は明らかに地球人レベルを超えているな。」


 ズボンを脱ぐ。ついでに下着も。



 平田星の背で光る、紫色をした美しい蝶の羽。



 地球人にはありえないその光景は…


「つまり、宇宙船を見つけない可能性はゼロじゃない。それに宇宙人じゃない可能性もまだ消えたわけではない。高品燿子、彼女を監視しなければな…」


 平田星こと、339は湯船に入る。先程沸かしたばかりなのでまだちょっとだけしか溜まっていない。


「地球への侵入捜査もあと少しか。あとでカレンダーにバツを書かなきゃな。」


 僕はラジオをつけた。


 彼女が歌っていた曲が流れる。そうだ、ラジオで聞いた曲だった。曲名はなんだっけ?

 しばらく考えても思い出せず、結局パーソナリティの言葉で判明した。


『恋するあなたは宇宙人』

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