星を見上げた君が笑顔になればいいのに
透真もぐら
序章 星人探偵はいかにして生まれたのか
やばい女の子
第1話 ヒラタ少年と宇宙人。
この星は綺麗だ。
青くて、碧くて、とても綺麗だ。
この星にしよう。この星は私たちに相応しい。
☆
ピューロロロロ……
窓から見える、空高く飛ぶ鳥は多分トンビだろう。カラスなどより一回り大きめなその影は翼を広げ巧みに空を泳いでいた。そしてそのまま青に溶け込んでいく。
長かった梅雨が明けて季節は夏。
空はどこまでも高かった。
透き通るような青の中に星を探す。
「…見えないな。」
放課後の教室に僕はいた。ホームルームは終わったのに教室に残っている者がいくつかいる。こんな田舎では帰ってもすることなどないのだろう。
しかし、時間と共にその数は減ってくる。あと数十分もすれば教室には僕しかいなくなるはずだ。
僕は空を仰ぐのをやめ、目の前の紙面に向き直った。
『進路調査表』
「何を書けばいいのか…」
選択肢は山のようにある。それこそ無限だ。
人の夢というものは美しい。それはまるで天高くどこまでも伸びる枝のようなものだ。さまざまな分岐点のもと成り立っており、折れ曲がり、接ぎ木し、それでも高く広く伸びようと生命の輝きをギラギラさせている。
そして、それはどんな人間にも当てはまる。
だが実際のところ、僕には進路や夢なんてものは関係ない。そんなものは決まってないし、鼻っから決まっているとも言える。
「どうするかな……」
周りを見渡すと残っていた人のなかにも、ちらほらと荷物を抱えて帰路につこうという者がいた。皆も進路について色々考えているのだろうか? 皆それぞれ楽しそうに会話をしたり、携帯をいじったり、本を読んだりしている。
(皆、将来のことを考えているようには見えないけど…。)
なら明日でもいいか、と僕の中の悪魔が呟く。僕の中の天使はおやすみ中のようだ。
僕は机の脇にかかっていた鞄を取り、進路調査表をしまってしまおうとチャックを開けた。
「なんだ、お前まだ進路決めてなかったのか?」
僕の机に影がさす。僕が顔を上げると、悪友の中村がニヤニヤとこちらを見ていた。細いつり目がキツい男である。
「逆にお前はもう決まってるのか?まだ高校2年生だぞ?」
「もう2年の間違いだろ…そんなこと言ってるとあっという間に卒業ってことになっちまうぜ?」
昨日あんなにミサちゃん先生が言ってただろうと、中村が僕の席の前の空席に腰を下ろした。ミサちゃん先生は僕たちの担任の名前だった。確か今年で36になる。二人子供がいたはずだ。
中村がその細い目をさらに細くして言う。
「会社員は?」
「ありきたりだな…」
「コックとか?」
「料理したことない…」
「記者でもいいかもな。」
「国語の平均点は赤点だ。」
「あとは…プロレスラー?」
「僕がそれを了承するってなんで思ったんだ?」
中村は僕との会話ののち、やれやれと言った風にわざとらしくかぶりをふった。僕はその反応に少し苛立ちながらもペンを回しながら冗談を言うように軽く答える。
「決まってないもんは仕方ないだろ?ミサちゃん先生も謝れば許してくれるはずだ。」
「ミサちゃん先生は甘いし、ちょろいからな…いやでもな……」
中村は目つきの悪い見た目のわりに真面目で礼節を重んじる男なので微妙な顔つきをした。
「ちなみに中村はどうするんだ?進路」
僕が聞くと中村はあっけらかんとした表情をした。きっと、考えるまでもなく決まってきたのだろう。
「俺は実家の工場を継ぐんじゃないか?」
まるで他の選択肢などないように。
「へぇ。」
ピューロロロロロロ…
トンビの鳴き声が聞こえてきたので、僕と中村は示し合わせたかのように視線を窓の外に向けた。
「…それにしても、最近すっかり暑くなったよな。夏が始まると思うと憂鬱になるな。」
言葉の通り中村が不愉快そうにワイシャツの襟を持ちパタパタと動かし始めたので僕は笑った。
「まぁ、そう言うなよ。去年だって、一緒に海に行ったの楽しかったろ?」
「まあな。海なんて初めて見たぜ。」
「ここは海無し県だしな。」
「山しか無し県だろこんなの。都会の奴らが羨ましいな。」
中村はそう言って太陽に手をかざした。
僕たちが住む村の名前を星高村という。
○○県の端にある山地に囲まれた村であり、星が綺麗に見えることで知られている。
あくまで囲まれているのであって星高村が山地なわけではない。山地の中の窪み、あるいは大穴のなかにこの村は作られているのである。人口も戸数も少なく閉鎖的な村であり、流行も情報も円滑には入ってこないが人は優しいように思える。
そして星高村を語るうえで欠かせないのが星高山である。山地帯の中の一番大きな山。星が近い山である。
星高村は星高山をとても大切に、それこそ信仰の対象と呼べるほどに扱っている。それを元に祭りが開かれるほどだ。
余談だが、星高山をモチーフに作られたマスコットも存在する。名前は『ホシタッカー』、村外にその名を知る者はいない。
そして、僕たちは星高高校に通っている高校二年生だった。
「ここに残るかどうかも決まってねぇの?」
中村が聞いてくるので、僕は曖昧模糊な笑みを作った。
中村は浮いた右足首を抱えるようにして話を促す。
「出て行く、それは決まってる。」
「そうか……寂しくなるな。」
その言葉に嘘はないようで、彼は本当に残念そうだった。
中村はいいやつだ。真面目で裏表がなく、誠実だ。
昨年の末に越してきた転入生の僕に最初に話しかけてくれてのは彼だった。そして今も一緒につるんでいる。
「もう高校2年だけど、まだ高校2年だ…卒業まであと一年半もある。楽しむしかないだろ?」
僕がそう言うと中村はおう、と唸っただけだった。
「中村?」
地面から顔を上げ、前を向くと中村が荷物を肩にかけ立ち上がっていた。中村はバスケ部なのだ。
「もう行くのか?」
「大会近いんだ、ちゃんと進路考えとけよ。じゃあな。」
「おう。」
時間はもう放課後だった。中村はきっと体育館にでも向かうのだろう。こんな田舎ではスポーツぐらいしか楽しみがないのだ。
中村の足が止まった。
「どうした?中村……」
僕も何事かと中村が見ていたものを見る。あれは…
「高品だ。目を合わせるなよ。」
中村がわざわざ僕に近づくようにそう言った。僕は頷いて、だけど気になって彼女を見た。
日の光を反射して光るプリン頭。制服の上から羽織ったスカジャンには蛙の顔がプリントアウトされていた。
虹色に輝くサングラスを煌めかせて楽しそうに踊らながら教室に入ってきた。
彼女は自分の机のなかに入っていたプリント類を手に取り早々と教室から出ていった。誰も彼女に話しかけない。それがここでの暗黙のルールとなっている。
教室中の皆が一斉に肩の力を抜くのがわかった。
僕はこの日、初めて"
「行ったみたいだな………ヒラタ、あれが高品だ。見つけたら絶対に目を合わせるなよ。」
「あ、ああ。」
高品燿子。その存在はこの学校、いや、この星高村では最大のタブーだ。存在が禁忌。理由はわからないが、中村や他のクラスメイト、ミサちゃん先生からも彼女は触れてはいけない者として教えられた。彼女は学校にはあまり来ないので僕が彼女を見たのは初めてのことなのだ。
(見た目は…奇抜だけど普通だな。いや、美人の部類か?)
「高品燿子はダメだ。」
「え?」
僕は中村を見る。中村は見たことがないほどに冷めた顔をしていた。
「高品燿子に手を出してはならない。呪われる。」
「中村………?」
彼の名を呼ぶと、ハッとしたような顔になった。
「……あれは、宇宙人だ。」
「は?」
冗談みたいなことを言うんだな、と中村を見るとその顔は思っていたよりずっと真剣だった。
「宇宙人って……どういうことだ?」
僕がそう聴くと中村は高品燿子が出ていった扉を一瞥し、口を開いた。
☆
目の前に光る蛍光灯はチカチカと点滅している。
どうやらそろそろ替え時のようだ。
「買ってこなきゃな…自分でつけられるか?」
僕はベッドから起き上がると机の前に座り、ラジオをつけた。
『〜〜〜♪』
(これ、知らない曲だな。)
僕はラジオを一瞥し、それから机の上にそっと乗せられた一枚の紙に目を落とす。当然それは『進路調査表』だ。
先ほどから机とベッドを行ったり来たりしているが、一向に紙面は埋まらない。だってペンすら握ってない。
「書く気にならねぇ………」結局はそれだった。
「ダメだ。多分これを書くのは今じゃない。」
僕はひとまず勇気ある撤退を選び、机のライトを消した。
だけどベッドに行く気にはなれなかった。
僕は部屋の扉を開けて外に出る。
ガラガラと音が鳴った。
田舎は星が綺麗に見える。
それにここは星高村だ。星が見えないわけがない。
言うまでもなく、辺り一面星空だった。
「ここから見る星々は綺麗だな。」
しばらく星を見ていたが、なんだか耳が寂しい気がしたのでラジオを持ち出した。傍に置き、もう一度空を見上げた。
『〜〜〜♪』曲が終わったみたいだ。
パーソナリティの小気味良い会話が続く。
『……あれは、宇宙人だ。』
中村の声が思い出された。
あれから、中村に高品のことを聞いた。中村は微妙な顔をしたが、聞けばちゃんと教えてくれた。
宇宙人というのは高品燿子のあだ名だ、もしくは噂。
宇宙人と言ってもそこらの自称サブカル系の女や電波系のイタい女とは違う。彼女はサブカル系で電波系で、そして村で1番の不良娘らしい。
彼女にまつわるエピソードは多い。なんせ閉鎖的なこの村では噂話は光の如く広がっていく。村中で彼女は目の上のたんこぶなのだ。
その奇抜な容姿もさることながら行動もおかしい。
急に踊り出し、急にものを投げて、急に叫びだす。
それなのに完全に話が通じないわけではないから不気味なのだという。おまけに頭も運動センスも良く、スペックは高いらしい。
ダメと言われたことはやらないし、人に迷惑がかかるような行為はあまりしない。
狂っている、と言い切れるほどには狂っていない。ただ漠然と頭がおかしい。その理解できなさは、まるで宇宙人ということらしい。
ただし、『宇宙人』という噂が流れ始めたのはいつかはわからないらしい。それに出どころも不明だという話だ。
ワレワレハウチュウジンダ!
ワレワレハウチュウジンダ!
「…………………」
夏だといってもまだ夜風は冷たかった。身震いがした僕は星を見るのをやめて部屋の中へと戻った。
扉を閉める。
ラジオを止めた僕は部屋の壁に吊り下げてあるカレンダーの前に立つ。
そして今日を示す数字にバツを書いた。
「寝よ……」
ベッドに入り、進路調査表のことを思い出したが、明日の朝でいいかと一人頷いた。
☆
「ヒラタくん、ホームルームが終わったら職員室に来なさい。」
「え」
ミサちゃん先生(36)の一言で凍りついた僕。なぜ呼び出されたのか?自分でも見当はついている。だからこそあんまりじゃないかとも思うわけで…
「ちょっとミサちゃん先生!そこまでしなくても!」
「級長、あいさつー」
聞く耳持たねぇ…。
「きりーつ」
級長(16)お前もか……。
明日の朝でいいか、なんて言ったやつ誰だよ。寝坊したから書けなかったじゃねぇかよ。前の席だから内職もできなかったじゃねぇかよ。
「ヒラタ、お前何した?」
「いや、進路調査表出さなかった。」
「…………それだな。」
中村は肩をすくめて部活に行った。助けてくれる気はないらしい。
時間はもう放課後、結局僕は進路調査表に一文字も書かなかった。
僕はすごすごと職員室へ向かう。
中に入るとミサちゃん先生はコーヒーを飲んでPCと向かい合っていた。
僕の存在に気づくと、手で呼び寄せる。
「ヒラタくん、言わなくてもわかるよね。」
「はい。」
「持ってきましたか?」
「いいえ。」
会話はスムーズだ。ツーカーの仲か?
「…書き終わるまで帰っちゃダメですよ?」
「え?」
「私も帰りたいですからできるだけ早くお願いしますね?それじゃあ」
「……はい。」
そんなことなかった。思ったよりもミサちゃん先生は甘くないし、チョロくもないみたいだぞ、なぁ中村。
そして奇しくも、昨日と同じように僕は放課後の教室で一人、目の前の紙面と向き合っているわけになる。
だけれど、昨日とは違い今日は誰もいない。正真正銘僕だけの教室だった。
窓の外を見る。昨日と同じ青。だけど違和感。
「ああ……そうか。」
トンビが飛んでいなかった。
「咳をしても一人………」
早く帰りたい僕とミサちゃん先生の思いとは裏腹に、その紙が埋まることはない。
「いい加減…適当に書いてしまおうか。」
最初から、そうすれば良かったのだとペンを取る。だいたいクラスのみんなだってこんなものは適当に書いている者がほとんどだろう。
『俺は実家の工場を継ぐんじゃないか?』
本当にそうだろうか?
中村は断言はしていなかったが、即答はしていた。皆もそうなのだろうか?
あらかじめ就く職業が決まっている。
山に囲まれたこの村ではそのほとんど全てを一つの村で済ませてきた。つまり生きるための職業の全てのカテゴリーがこの村には存在してなければならない。
そのためには決められた一つの職業を引き継ぐのが最も効率が良いと考えられる。
「……こんなこと考えても仕方ねぇか。」
僕は嘆息し、改めて適当にこの面倒な紙面を文字で埋めようとペンをカチカチと鳴らした。
ガラッ
僕は一本の斜め線だけ書かれた紙面から顔を上げ、その音がした方を見た。音が鳴った。シャープペンシルの芯が折れた音だった。
今日は僕だけの教室のはずだった。
だけど、客が来たようだ。
見るとそこには扉を開けて呆けたような、高品燿子が立っていた。
「あれ?」
鈴の音のような声が聞こえた。僕はそこでやっと、彼女と目があっていることに気づいた。まずいと思ったが遅かった。
彼女はあんぐりと開けていた口の端を徐々に上へ上へと上げていき、最後には満面の笑みを浮かべた。
「あなたの名前は?」
中村の、彼女に対する態度。クラスメイトたちの、彼女への態度。
僕は迷った。彼女に自分の名前を教えるべきか、教えないべきか。中村ならなんと言うだろう。いや、彼ならそもそも彼女の目を見るなんてヘマはしないだろう。
彼女と目を合わせること。それは彼女にとっても、誰にとっても"高品燿子と話すこと"を了承した証になるのだ。すなわち、もう遅い。
「僕はヒラタだ。
「ふーん……良い名前だね!」
名前を教えると、高品燿子は嬉しそうに笑った。
突然の非常事態に僕の脳はアラートを告げている。逃げるか?
「そうかな……あ、それじゃあ僕帰るから。」
「えー…」
彼女が不満の声を出す。そして、足を振り上げる。
教室のドアを蹴る。大きな音が鳴った。
「えー!もっとお話ししようよ!まだ日も暮れてないよ!」
これが彼女が不良と呼ばれる所以らしい。
彼女は人に迷惑をかけないが物に当たる。先ほどのドアも少しだけ凹んだものの言われなきゃわからないぐらいだ。
それでも、大きい音が鳴ったのは事実だ。威嚇としては十分だろう。
「…………………」
「これは何?」
彼女はドカリと僕の机のそばに座り、僕の机の上に乗った進路調査表を指さす。ただ顔はニコニコと嬉しそうにこちらを向いている。僕はまたもや迷う。普通の人はどうするか?
いや、大抵の場合彼女を刺激しないようやり過ごすのだろう。
「進路調査表だ。」
「へー!」
当たり障りのないことを言った。彼女は満足そうに笑う。
滅多にないチャンスだと、僕は彼女を"観察"することにした。
彼女は本当に宇宙人なのだろうか?もしそうだとしたら僕は…
「高品はもらってないのか?」
僕は彼女に質問を返した。彼女は驚いた顔を向ける。
「私の名前知ってるの?なんで?」
「え?…高品は有名だから」
「………ふーん。」
彼女はニコニコと笑っている。僕は訝しんだ。
なぜこんなにも嬉しそうなのか?
「私はもらってないよ。進路調査表。」
「そうなのか?」
彼女は高校2年生じゃないのだろうか?星高高校の制服は学年でリボンあるいはネクタイの色が異なる。1年は赤、2年は緑、3年は青だ。彼女のリボンの色は緑だった。
彼女は進路調査表を掴み取りペラペラと揺らす。
「みんなこんなつまらなそうなもの書かなきゃなんだね!ふーん!」
彼女はそう言って自分が座っている席の机にそのプリントを置き、鞄に手を入れた。彼女が取り出したものはクレヨンだった。
黒と黄色のクレヨン。彼女は何を思ったのか、プリントに色を塗り出した。
「え!?ちょっ!」
当然僕は慌てる。なんたってミサちゃん先生に怒られるのは僕なのだ。
「何してんだお前!?」
「見てわからないの?絵を描いてる。」
「いやそうじゃなくて!」
僕は取り上げることも考えたが、女性にそれをするのは嫌だったし、何よりも彼女の有無を言わさない態度に閉口してしまったのだ。
いや、もしかしたら僕も心の中でこの面倒っちいプリントをぐちゃぐちゃにしてしまいたいと思っていたのかも知れない。
一心不乱に何かを描く彼女を見つめる。
黒で塗りつぶされたA4サイズのプリントに黄色のクレヨンでブツブツと色をつけていく。一体なんの絵だろうか?
「………それなんの絵だ?」
「!」
彼女は驚いたように顔を上げ、僕を見上げた。
え?なんだ?僕は何かおかしいことでも言っただろうか?
「………………」
「な、なんだ?」
「………星くんは、例の転校生?」
「あ、ああ。」
「………………」
何かが折れる音がした。不思議に思った僕は彼女の手元を見た。
高品燿子は折れた黄色のクレヨンを握りしめていた。
「……………高品?」
僕は、プリン色の髪を垂らしながら俯く彼女の顔を覗き込む。
彼女はフルフルと震えている。
彼女は笑っていた。
「あはっ!星くんは面白い人だ!」
「!……なんで?」
なんでだ?僕は不自然のない会話を心がけたはずなのだ…
「だって、私と目を合わせ続けてる!」
「!?」
しまったと思った。彼女と目を合わせた場合、一言二言話して目を背け続けるべきだった。それがルールなのだ。
「私星くんのことが気に入っちゃった!」
彼女は、高品燿子はそう言った。
僕は彼女に気づかれない程度眉を顰める。
「ああ、さんきゅ…」
だけど曖昧に笑った。さすがにあなたと仲良くなるのはやめておいた方がいいって言われたから仲良くなりたくないなんて言えない。
(もう遅いか……)
僕は無理に目を合わせることを避けてもしょうがないと彼女と普通に会話することにした。
「星って名前も素敵だね!星!私好きだよ!星!」
彼女は興奮したようにクレヨンを握りしめていない方の手で机をバンバンと叩いた。まるで壊れたおもちゃみたいだ。あの…シンバルを持った猿のやつ。
ニコニコと笑っているその顔は少しだけ嬉しそうだった。
「なんで星って名前なの?」
「いや……えと…僕の両親も星が好きだったんじゃないか?」
「あははははは!」
いや何がおかしいねん。
「星くんは星好き?」
「まあ好きだな。」
そう言うと高品燿子はわかりやすいぐらいに目を輝かせた。
「本当!一緒だね!私もだよ!」
三句を一つ一つ唾を飛ばしながら叫ぶように彼女は言う。
僕は思わず顔を顰めた。
「あ、ごめん…」
僕の表情に気づいたのか高品燿子は謝ってくる。その塩らしい態度は子供が怒られて落ち込む様子を想起させた。
僕は大丈夫だと言ったが、彼女はそれっきり黙ってしまう。
「高品も星が好きなのか?」
沈黙が気まずいにも関わらず、彼女が僕の進路調査表からクレヨンを離さないので僕は耐えきれずに彼女に話しかけた。
すると彼女は顔を輝かせて笑った。ヘラリと言った感じか?
なんだか普通の女の子みたいだと思った。いや、普通ではないが、宇宙人と言われるほどズレてはいないのかもしれない。
怖いのは手がすぐ出るぐらいか?
机を叩いたり扉を蹴ったりと、バタバタしているのでそんな印象を抱くのだろうか?
なんだ中村?こいつ思ったより怖くないぞ?
「ねぇ、星くん。両親は仲良い?」
「いや……どうだろ?あんまりかな。」
彼女が聞いてくるので僕は答えた。
なぜだろうか?彼女の質問にはどうしても答えてしまう。その美しい声のせいだろうか?まさか波調があうから?こんなやつと?なんで?
そこで僕は高品燿子がだんまりなことに気づいた。
不思議に思い、首を曲げようとして…
「そう」
「!」
彼女のものとは思えないほど冷たい声に僕は驚いた。
しかし彼女を見ると、先ほどと同じようにニコニコと笑っているのだ。
「何?」
「……いや、なんでもねぇ。」
「あはは!何それ!面白いね!」
だから何を笑てんねん。
どうやらさっきの暗い雰囲気は僕の気のせいだったらしい。
彼女を見るとクレヨンを乱暴に机に置き、進路調査表を掲げ見つめた。どうやら絵が完成したらしい。
ミサちゃん先生になんて言おうと思っていると彼女がこちらを向いてソワソワしていた。
目が合うとニパッと笑う。
「はい!これあげる!ほら!」
彼女が何か手渡してくる。
それは、先ほどから彼女がクレヨンで描いていた絵だった。よく見ても何の絵だかよくわからない。お世辞にも上手とは言えない絵だ。
「今日私が描いた絵!星の絵だよ!星くんの名前とおんなじだね!」
押し付けるように僕に渡してくるので、僕は思わず手に取ってしまう。
「へへへ」
ヘラヘラと笑う彼女。なんだか拍子抜けした。
僕は絵を受け取らないと主張していた手を下げ、その絵を手に取った。
「絵も渡したし私は帰るね!それじゃあ!」
「あ、おう。」
高品燿子の背中を見る。その足取りは軽かった。
僕は彼女からもらった絵を見つめた。黒々と塗りつぶされた紙に黄色の点がいくつも描いてある。
「これ………星か。」
言われればそうかもな。
僕の声はもう夕方になり、橙色に染まった教室に溶け込んだ。
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