ドッタバタの冬休み

#76 激甘な主従関係

 あの電話の翌日、聖那さんの部屋に行き、華音やカレンの時と同じように結界を張った。荒らされているのを見た瞬間は流石の聖那さんもひどく怖がっていたものの、駆けつけた城田やカイさんと話しているうちに、やっぱり以前の3日連続下着泥棒事件の方が怖かったな、と思い始めたらしい。

 なぜ部屋で俺が呪文のようなものを呟くのか怪訝けげんに思った部分はあっただろうが、それは俺が聖那さんを訪ねる前、華音がうまいこと彼女を丸め込んでくれていたようだ。特に説明せずとも、聖那さんは俺が結界を張るのを大人しく見ていた。



 それからは華音、カレン、聖那さんの誰からも「再び荒らされた」という連絡はなく、また“よじかんめ”の他メンバーや、カイさんリュウさんが狙われたといったことも聞かなかった。

 例の必修の時間だけ玲香と話すという華音も、玲香の身辺の異変を聞かなかったらしいし、大貴が会長や巧にそれとなく聞いてみても、何もなかったらしい。

 悠馬がカイさんリュウさんに再びポルターガイストを仕掛けたなんてこともなく、11月後半は至って平和だった。ちなみにリュウさんはカイさんが肩入れしている聖那さんのことを聞き出そうと躍起になっているが、なぜかカイさんがとんでもなく口の硬い人間なので、リュウさんも段々諦めかけている。多分カイカイと呼ばれる地位を築いたカイさんは、リュウさんまで聖那さんのファンになることを恐れているのかもしれない。


 まぁとにかく、立て続けに起きた事件は嘘のように鳴りをひそめ、師走に突入したのだった。



 そんな師走初旬のこと。どの授業も小テストは年明けじゃないとないみたいだし、実質冬休みに入ったようなもんでもある。

 さて、バイトを終えていつも通り悠馬と自宅に帰って来たのだが、どうもおかしい。


「おかしいな……鍵閉めて出たはずなのに」


 そう、玄関の鍵が開いていたのだ。悠馬も警戒の気配を強める。


<あれ、京汰。電気がついてる>


 なんだ……もしかして、次の標的は俺なのか……? でも妖気を感じない……巧妙に隠している?

 固唾を飲んだ俺は悠馬の“気”がある方を見て頷き、思いっきりドアを開けた。


「おい誰だ! 勝手に入ってんじゃねぇぞこらぁぁぁっっ!」

「ひぃぃぃえああっっ?!」


 随分情けない声がしたのでズンズンとリビングまで歩いて行くと、そこには縮こまった父親……え、


「帰ってくんの、年末年始じゃなかったのかよ」

「あー、ちょっとね、早めたんだ」

「ちょっとどころじゃねえだろ……こっちで仕事?」

「いいや。愛する息子達に会いたかったから、仕事放棄して来ちゃった。ってかさ、玄関開けるなり大声出すのダメだろぉ。近所迷惑だし、何より本当の家主は俺なんだから」

「……そうだけどさ」


 とりあえず、不審者やポルターガイストを起こすバケモンじゃなかったことに安堵して、俺はソファに鞄を放った。その間に、俺の真横を風が切る。


『ご主人〜! 会いたかったですぅ〜!』

「おぉ〜よしよし! こんくらい喜んでくれると、俺も帰国を早めた甲斐があるってやつだよなぁ」

『大好きですご主人〜』

「俺も好き〜」


 俺と悠馬が恋敵という名の付かず離れずな関係であるならば、父と悠馬の関係はさしずめ、バカップルといった所であろう。アラフィフの中年男性と、俺と同年代に見える犬系男子の抱擁は、息子としてはなかなか見るに堪えないものである。


『ご主人、ご飯は?』

「実は、機内で食べたきりなんだ。正直言うと、小腹は空いてるかな」

『じゃあ、おにぎりと……冷蔵庫に白菜の浅漬けがあるので、それで良いですか?』

「おおお……久々の和食……! 十分すぎるぞ悠馬ぁ!」

『良かった。じゃあ早速準備するので、ソファでくつろいで……京汰! 鞄をしまいなさい!』

「だる」

『だる、じゃない! こんなことまで注意しなきゃいけない方がだるい!』

「お前……俺の世話係のくせにだるいとは何事!」

『京汰がジジイになるまで世話するとでも思ったら大間違い!』


 夜10時過ぎでも元気にギャンギャン吠える俺達を見て、父は「まぁまぁ」と仲裁に入る。自宅で誰かが仲裁に入るなんて滅多にないことだから、俺達は空気の抜けた風船のように戦意を喪失したのだった。


「京汰。ソファに全てを放り投げたい気持ちも分からなくもない。ただな、悠馬の言うことも正しいぞ。何もかも『だるい』で片付けられるほど、世間は甘くは——」

「説教係がまた増えた……」


 悠馬にあやかしの大福に父。もう勘弁して欲しい。


「だから帰国を早めなくても良かったのにぃ……」

「まぁ、実を言うと、ちょっと事情があって早めに帰国したんだ」

『そうなんですか? ご主人』

「うん。でもそれは、おにぎりと浅漬けを頂いた後に2人に話すとするよ」

『は、早く作ります!』


 キッチンにドタドタと消えていく悠馬を視て、父が「焦らなくていいぞ〜」と声をかける。


「あ、京汰。母さんも帰国のチケット取れたってよ」

「お、本当か?」

「つくづく、俺の時とのテンションの差に辛くなるな……。母さんが帰ってくるのは、大晦日の前日だ」

「遅い……」

「で、また帰るのは1月4日の予定だ」

「早い……」

「なんでこんなに滞在期間が短いのか、知りたいか?」

「うん」

「1つ目。現地の社員さんから人気で、帰国ギリギリまでパーティの予定が詰まっているから。2つ目。周りから頼りにされすぎちゃって、バカ忙しくて、ついに俺の給料を超えてしまったから」

「え」


 キッチンから、ガタン! と音がした。悠馬も動揺している様子が伝わる。

 母さんすげぇや……ついに父の給料超えたんか……。


「いいか、京汰の母さんは素晴らしい人だ。とても綺麗で、スタイルが良くて、ウルフカットが良く似合って、奥二重が色っぽくて、意外と照れ屋さんで可愛くて、明るくて、ノリが良くて、マルチリンガルで、しまいには俺達を養ってくれる」

「ノロケもすごかったけど、最後……」

「息子よ、喜べ! 俺達のママは最高だね!」


 父が稼いでないのか、母さんが稼ぎすぎなのか分からないが、俺はただキッチンの悠馬と目を見合わせ、苦笑いするしかないのだった。

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