#75 カイカイって何

「うぅ……」

『全く、君って奴は。いつまでも世話が焼けるねぇ』

「すみません……ごほっ、ごほっ」

『無理に喋らなくて良いから寝てなさい』


 華音とカレンの部屋で立て続けに結界を張って、小さな妖の大福との練習を続けていたら、いつの間にか疲労が蓄積していたらしい。俺はカレンの家から帰宅した途端、熱を出してしまった。咳まで出てきて、節々ふしぶしが痛い。

 聖那さんのことも心配なのだが、城田とカイさんのおかげで、お店に出勤できるまでは回復して来たらしい。大学とバイトも休まざるを得なくなった俺は、悠馬やカイさんに「とにかく回復してから動け」と言われて、ベッドとお友達になってしまった。



 かれこれ3日ほどで熱は下がってきたのだが、『術で消耗したエネルギーを取り戻すのには時間がかかる』ということで、1週間は大学もバイトも休むことになった。


「おかしいな、皆川先輩を調伏した時にはこんなに寝込むなんてなかったのに」

『老けたんだよ』

「うーわっ、悪口」

『大学受験の頃から、ちょっと徹夜しただけで体調崩してたじゃん』

「まぁ、そうだけど……」

『こんなんで、華音ちゃん達の部屋を荒らしたバケモンと対峙たいじできるんだか』

「が、頑張るし」


 スマホには、ありがたいことに、連日メッセージが届いていた。特に大貴と華音は毎日「大丈夫?」と聞いてくれて、ありがたい。

 またスマホが震え、華音か大貴がメッセージをくれたのかな? と思っていると、スマホがいつもより長く震えていることに気づき、右腕を伸ばす。


「もしもし」

『あ、京汰か』

「会長、電話は久々だな。相談事か?」

『いいや。今日の必修来ないなと思ったら、大貴から体調崩してるって聞いて』

「あぁ、わざわざありがとな」

『しっかり休んで回復しなよ。これから寒くなるんだし』

「ママみたいなこと言うなぁ」

『ま、ママじゃねえしっ!』

「冗談だよ。ありがとな」


 たったこれだけの電話なのに、言われたことは母親みたいで、世話好きな奴だなぁと思う。


 ちなみにリュウさんからも連絡が来た。「カイが回復したら、2人でカイが肩入れしてるグラマラスな女の子を聞き出すって約束したじゃん!」というだけの内容で、俺を気遣う言葉はなし。女の子のことしか興味ねぇのかよあの人……。


『京汰だってなかなか使えるバイトになって来たのに、体調を気遣わないなんて酷いねリュウさん』

「お前もなかなかの上から目線だけどな」

『僕だったら、大丈夫? くらいは入れるよ』

「まぁ、リュウさんも忙しいんだろ。忘れただけかも」

『人としてダメだね』

「辛辣だな」

『よーし、僕は決めたよ』


 悠馬は急に両手を腰に当て、「えっへん」のポーズをした。SNSに投稿したら、たちまちバズりそうな可愛さだ。本当にこいつは確信犯だよな。


『京汰のことを気遣わなかった罰として、僕はカイさん・リュウさん兄弟に再びポルターガイストを仕掛けることにしたぞ』

「やめとけやめとけやめとけ、無駄だ」

『そうかな?』

「だってあの人達気づかないじゃん」

『気づくくらい派手に』

「警察事案になるぞ」


 そこまで言うと悠馬は観念したようだが、俺が休んでいる間はどうも手持ち無沙汰らしかったので、来週からはまた元気に動くぞ、と決めた。




 カレンの部屋に結界を張ってから1週間が経った。気になってカレンにその後のことを聞いてみると、あれから何事もなかったように過ごすことができたらしい。あまりに何もないので、荒らされたことを忘れかけたくらいだと言っていた。とりあえず、カレンと華音に危害が加えられなくなって一安心だが、また別の子に被害があるんじゃないかとか色々考えると、辛いものがある。

 いっそのこと、俺に仕掛ければ良いものを。


『ポルターガイスト事件、謎しかないよね』

「そうだな」

『とりあえず、聖那さんの所もバリアしておこう』

「そうだな。……電話しよ」


 俺は以前、聖那さんからもらったピンク色の名刺を財布から引っ張り出す。


『もしもし、聖那です♡ 今日来てくれるのー?』

「あ、あの、京汰です」


『あ! 京汰くんか! この前は迷惑かけてごめんね〜、シロちゃんとカイカイのおかげで、メンタル持ち直してきたの。シロちゃんが昔のバカ話たっくさん聞かせてくれて、カイカイが美味しいマカロニサラダ作ってくれて、逆にすっごい楽しい1日になっちゃってさぁ〜。でも2人共聖那のこと独り占めできなくて悔しそうだったけどね、まぁまだ2人共彼氏じゃないから独占はできないよって感じなんだけどさー、まだ私を彼女にするには若すぎるって感じしない? あ、でさでさ、あの2人を私の所に派遣してくれたの京汰くんなんでしょ? 本当、感謝しかないからぜひお店に来てもらえれば好きな飲み物いくらでもサービスしてあげ』


「……あの、聖那さん、いいっすか」

『んー、どうした? 予約なくても大丈夫だよー今からでもぜんぜ』

「聖那さんっ、聞いてっ!」

『あ、ごめんごめん』

「俺、聖那さんの部屋がもう荒らされないようにしようと思うから、今度聖那さんの部屋に行ける日を教えて下さい。やましい意味は何もないっす、マジで。とにかく今はまだ、聖那さんの部屋は危険な状況かもしれないから。城田とカイさんのおかげで立ち直れても、まだ気休めなんです。だから、なるべく早いうちに、聖那さんの家に行かせてほしい」

『……うーん。その声の緊迫感から察するに、別に私を口説いてるわけじゃなさそうね』

「当たり前です。俺が好きなのは華音だし。ただ、聖那さんの身の安全を確保したいだけで」

『あっ!!! 今自分で言った! やっぱ京汰くんが好きなのってかの——』

「あーーーーーーーーーっっっっっ!!!」


 もうやだ。聖那さんって、お喋り九官鳥系美女かと思ってると、いっつも人の本音を無意識に引き出しちゃうから、ほんとやだ。


「い、今のは華音に黙ってて! とにかく黙ってて! まだ華音の気持ち知らないし! 絶対黙ってて!」


『分かってるってばぁ。私、男との約束は守るから。……で、明日の朝か昼なら空いてるけど、どう?』

「じゃあ朝で。俺が聖那さんの安全を守る代わりに、今の絶対黙ってて下さいね」

『取引成立ね。分かったわ』


 聖那さんとの電話が切れる。たった数分だというのに、なぜだか半端ない疲労感が俺を襲った。ってかカイカイって何。カイさんのことカイカイって呼ぶくらいまで仲良くなってることにびっくりなんだが。

 悠馬が心配そうに俺の元へやってくる。


『またぶっ倒れないでね』

「気を付ける」

『明日も結界張るの、頑張って下さいお兄さん』

「頑張る……」


 聖那さんにずっと付き合ってられる城田とカイさんは、本当はとんでもなくすごい男達なのかもしれないと強く思ったのだった。

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