#74 お金以外の報酬

 悠馬が「魔法を使うのさ」って言え、と圧力をかけてきて、従ったらカレンに怒られた。かわいそうな俺。

 ここでカレンが華音と同じ“怪談と社会2”を履修していたことを思い出し、軽く結界の話をする。おかげでカレンにも自分が陰陽師の末裔だと知られてしまったのだが、仕方がない。カレンなら迂闊うかつに言いふらすこともないだろう。


「京汰の魔法って、術のことかぁ。確かに和製の魔法だよね」

「まぁな」

「すごいね京汰。そんな特技があったなんて」

「特技というか、家業みたいなもんだよ」


 呼吸を整え、悠馬に一旦部屋を出て行くように伝える。


<一応、外の様子を見てこようか? 妖気の正体を掴めるかも>

(任せる)


 彼の“気”がカレンの部屋を出ていくのを待ってから、俺は呼吸を整えた。カレンは俺の変化を感じ取り、口を真一文字に結ぶ。

 ここからは、華音の部屋で行ったことと同じだ。


 両手の人差し指と中指を立てて組み合わせ、刀印を作る。その手を左側の腰辺りに持っていく。そしたら刀代わりの右手を抜いて、正面に五芒星を描いて……。


「はっ」


 両手の刀印を解く。


「……カレン。この袋を、部屋の四隅に置いといてくれないか」

「魔除け?」

「そう。俺がもう取っても良いって言うまで、置いといて欲しい」

「分かった。……でも、そんなバケモンなんて本当にいるの?」

「カレンから聞いた状況的に、人間が入るのは無理だろう。3階なんて地上から結構距離があるし、1階のリビングの窓もデカい。ハシゴで上るにもきっとバレる」

「そうね……うち、セ◯ム入ってるし、防犯カメラと非常ベルもついてるし」

「断然無理じゃん」

「じゃあやっぱり、いるのね……」

「俺から確実に言えるのは、良いバケモンも悪いバケモンも、必ずこの世界にいるということだ」

「でも京汰が結界張ってくれたから、もう大丈夫……だよね?」


 いつもはもっとハリのある声で、いざという時に頼れそうなカレン。玲香も華音も、同い年でありながら、彼女を姉のように慕っているのを何度も見たことがある。

 でも目の前のカレンは、今にも泣きそうだった。実家とはいえ、いつも自分1人で使っている部屋にバケモンが入ってきて、荒らされた可能性があるのだ。俺だって怖い。女子なら尚更だろう。


 そこへ悠馬が帰ってくる気配があった。


<ダメだ。うまく追えなかった。ごめん>

(分かった。この結界、良い感じか?)

<うん。かなり入りづらかったから、良い感じ>


 式神のお墨付きなら、きっと問題ないだろう。


「カレン。この結界は、バケモンがかなり入りづらい仕様になってる。だからもう、荒らされることはないよ。安心して」

「うん……夜遅くにありがとうね、京汰」

「また困ったことがあったら言ってくれ。カレンとか、ご家族に何かあったら大変だから」

「分かった」

「あ、でも、本当に辛い時には、カレンが頼りたい人に頼れよ」

「え?」

「俺はただ、バケモンを祓うことしかできないからさ」


 昨日のように大貴に頼るのか、カレンが想いを寄せる巧に頼るのか、俺には分からない。俺は2人の友達だから、両方を平等に応援したい。俺にちょっと陰陽道の力があるというだけで、カレンがSOSを出せる場所を限定して、彼らのチャンスを奪うようなことだけはしたくなかった。


 俺達はカレンの部屋を出て、再びリビングに向かった。さっきまで歌舞伎役者とライオンだったカレンのご両親は、階段を下りて来た俺達に気づき、駆け寄ってくる。


「京汰くん、カレンの部屋は……」

「とりあえず、隈なく調べてお祓いをしました」

「え、お祓い?」

「とにかく、詳しいことは話せないけど、お祓いすれば大丈夫らしいのよ。もう私の部屋が荒らされることはないって」

「それなら良かったわ。ね、パパ」

「そうだな。……京汰くん」

「はい、何でしょう?」


 するとお父さんは、テレビボードにあったオレンジ色の箱から何かを取り出した。いや待て、そのオレンジの箱……ブランドのロゴが……。

 げ、現金?! 待って待って。諭吉さん、何人いるのよ。


「報酬だ」

「い、いやいやいやいやそれは! お父さん、それは流石に受け取れません」

「でもやってくれたことには対価を払う義務がある。それがビジネスの基本だからな」

「お父さん。これはビジネスじゃないんです。友達が困ってたから、どうにかしたいって思っただけなんです。利益なんて求めてないですし、そもそもこんな時間に来てご迷惑おかけしちゃってるんですから、こんなの頂けません」

「ん……。そうか、現金はマズいのか。じゃあ、これはどうだ?」


 そう言ってお父さんは一旦リビングを後にする。少ししてやってきた彼の右手には……何だろう、あのパッケージ。


「これ、妻も使ってるけど、おすすめなんだ。京汰くんにはこれが似合いそうだね」

「あ、や、えっと……ど、どうも……」


 そう言って渡されたのは、ダルマと花魁おいらんの顔パックだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る