#73 式神女将の囁き

 歌舞伎役者とライオンに胸ぐらを掴まれそうになった瞬間、カレンが「やめてっ!」と叫んで俺の前に腕を滑り込ませた。危機一髪、初対面の親御さんに実力行使されることは免れた。とりあえず一安心だ。


 カレンが一旦両親と俺との距離を取らせ、俺を呼んだ経緯を手短に伝える。それから、無断外泊は華音と急遽女子会をしただけだ、ということも。何とか誤解を解くことに成功し、歌舞伎役者とライオンは俺を家に上げてくれた。


「さっきは、確認もせず申し訳なかった。初めまして、カレンの父です」

「私もごめんなさい。カレンの母です。ごめんなさいね、もうちょっともてなせたら良かったんだけど」

「いや、この時間に突撃した自分が非常識なだけです。夜分にごめんなさい」

「京汰が謝ることないんだって。私がいけないんだから」


 ざっと50畳はありそうな吹き抜けのリビングの、ガラスのローテーブルを囲んでいる。俺が腰掛ける革張りの白いソファの向かいには、1人掛けの薄緑のソファに腰掛けたライオンさんが。その右隣の水色のカウチソファには、歌舞伎役者さんとカレンが腰掛けている。


<向かいに歌舞伎役者とライオンと美女……僕の隣には野獣……>

(悪いことは言わない、1回黙っとけ)


 そして俺は出して頂いた緑茶を一口飲んだ後、おずおずと切り出した。


「あの、僭越せんえつながら、一言よろしいでしょうか……」

「どうした? 京汰くん」

「あの、その、お顔の個性的なパックを……外していただけますと……」


 するとご両親はモノの見事にシンクロしながら顔に手を当て、「はっ!」と声を上げてパックを剥がした。隈取りと野生動物の皮を剥がしたお顔は、すっぴんでありながら共に美しかった。さすがカレンのご両親だ。


「あ、あはっ、ごめんなさいね、こんな格好で。いつもはこんなんじゃ……」

「分かってます、本当、こんな時間にすみません」

「ママ、今日は歌舞伎かぁ。それで玄関先に来たら、そりゃ京汰くんもびっくりだな。カレンも一言言ってくれれば良かったのに」


 一瞬、(あんたこそ最初から盛大な勘違いして俺に食いかかってきたろ)と心の中で毒づくが、表情に出さないよう努める。


「で、カレンの部屋の一件を解決できるって、どういうことなんですか?」

「ママ、それは私も京汰から詳しく聞いてないの」

「や、やっぱり君、カレンの部屋に行って何か——」

「違うから! 京汰の好きな子は私じゃないから!」

「「は?!」」

「とにかく、大丈夫だから。パパとママはここで待ってて!」


 どうも、カレンにも俺の好きな子が華音であることを薄々悟られているらしい。参ったな、こんなにバレバレだとは。


 カレンが俺を呼んだので、俺は緑茶を飲み干してカレンについて行った。

 長い螺旋階段を上ると、最も手前の部屋に入っていく。3階まで上がって来たようだ。……うっわ、俺の部屋の倍以上ある。ベッドと机、ソファを置いてもまだまだ余裕がある。昨日大貴のスマホで見た写真からは想像できなかった。そして、めっちゃジャスミンの香りがする。華音の部屋もどこか良い香りがしたけど、やっぱり女子の部屋ってみんな良い香りすんのかな。


「あらかた片付けたけど、これを解決するって、どういうこと?……って、あれ?」

「どうした?……って、ん? んん??」


 俺とカレンが違和感を抱いたのは同時だった。俺は悠馬に一瞬目配せをする。悠馬が頷く。俺は確かに“気”を感じた。やっぱり、悠馬もまだここに僅かに残る妖気を感じ取ったんだ。


「カレン、どうした? また何か部屋に異変あった?」

「え……う、うん」


 カレンのお気に入りだという香水が棚から落ちて、少し漏れ出していた。だから良い香りがしたんだ。


「今日地震もなかったし、今朝はちゃんと棚にあったのに……」


 なんで? と戸惑うカレンにどう話しかけようか迷っていると、悠馬が話しかけてくる。


<香水の強さですぐに気づかなかったけど>

(え?)

<ほら早く、戸惑ってるカレンに僕の言ったことをrepeat after me>


「こ、香水の強さですぐに気づかなかったけど」


<さっきまで誰かがいた気配が、まだある>

「さ、さっきまで誰かがいた気配が、まだある」

「えっ?!」


<人間じゃない。ちょっとしたバケモンの悪戯だろうから、そうした奴らが入らないようにするよ>

「人間じゃない。ちょっとしたバケモンの悪戯だろうから、そうした奴らが入らないようにするよ」

「どうやって」


<魔法を使うのさっ、キラン>

(それはないだろ)

<大丈夫だって>


「……ま、魔法を使うのさ」

「はぁ?! 魔法とか京汰、あんたふざけてんの?」


 ほらね、こうなったじゃないか。

 悠馬よ、どうしてくれるのだ。

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