#72 見得と咆哮の総攻撃

「あ、京汰」


 久々に見るカレンは、低めの位置で髪をお団子にまとめていた。メイクも前より濃く、アイラインがはっきりしている。衣装以外は、文化祭で発表した時のままなのだろう。


「久しぶり、カレン」


 カレンの家の最寄り駅で落ち合ったのは、午後10時30分のこと。

 昨日荒らされた部屋は少し片付けたものの、心身の疲労があったため、大貴と連絡を取った後はすぐに寝たらしい。犯人扱いしてしまったお母さんとはまだ気まずいままで、お父さんとは時間のすれ違いで会ってないんだとか。


「でも京汰なら何とかしてくれるって、大貴が言ってたからさ。一体どうやって解決するの?」

「まぁ、それは……家に着いたら話すよ。ってか、この時間に俺が訪問すること、親御さん知ってるの?」

「いや、知らない」

「え、ヤバくない? 流石にこの時間にアポなし訪問は非常識扱いでしょ」

「私がどうにかするから」

「一体どうやって」

「まぁ、それは……家に着いたら分かるわ」


 見事なブーメランを喰らい、俺達は活動休止中だった数週間の出来事を手短に話す。華音とばったり会って女子会をした、というのは初耳だ。大貴の言う通り、やはり女子は女子で会っていたということか。


「よし、着いたよ」

<うっわぁ>


 最初にリアクションしたのは、隠形おんぎょうした悠馬。カレンには華音や大貴のようなセンサーはないらしく、悠馬がすぐ近くにいても気づく気配がない。


「うっわぁ」


 俺も悠馬に遅れてリアクション。

 目の前に広がるのは、立派な一軒家だった。コンクリート造りのガレージと「諸星」の表札の向こうには、オレンジ色の間接照明と数々の花壇。奥には恐らく3階建ての母屋がどーんと鎮座していた。


「みんな、同じ反応するのよね」

「そりゃ……」

「ちょっと大きいってだけよ」


 きっとすごいお金持ちだろうに、今まで全くそんなことに気づかなかった。


<全く鼻にかけないんだね>

(自分がイケメンだと所々で自慢してくる誰かさんとは、大違いだ)

<……イケメンの協力なしに解決できるなら、どーぞどーぞお1人で>

(待てって!)


 既に門扉を開けようとしていたカレンの後を、慌ててついて行く。何だかんだで悠馬もするりと中へ入った。はい、不法侵入。

 美しく手入れされた花壇の横に小さなプールがあることに驚きを隠せないまま、玄関にたどり着いた。ガチャリと鍵を開け、カレンが「ただいま」と告げる。すぐにこちらを振り向いて、手招きをしたので俺も玄関に入れてもらった。


「ママ、ただいま。ちょっと話があって」

「……何よ、玄関先で…………えっ?!」

「ヒエぁぃっ?!」

<うわぁぁっえっっっ?!>


 シルクと思しき、キラキラと光沢のあるパジャマを着たカレンのお母様が、娘の声に応えて渋々と言う感じで玄関までやって来たのだが……その、だった。

 分かりやすく言うと、歌舞伎の隈取りデザインになっているパックを顔に貼り付けたお母様と、ご対面した。だから俺と悠馬は奇声を発してしまったのである。


「ちょ、ちょっとカレン!」

「どうしたんだ、玄関先で……¡Dios mioなんてことだ!」

「ヒギぇぁぃっ?!」

<んぎゃぁぁぁんっ?!>


 ナチュラルなスペイン語の話し手は、カレンのお父様。しかし彼も紺色のパジャマにライオンの顔パックをしていたため、俺達は再び奇声を上げることとなった。


「ご、ごめんね京汰……」

「いや、この時間に来た俺が悪いわけだし……」


 玄関まで突撃してきた歌舞伎役者とライオンは、まだパックを剥がさない。付けたてで、剥がすのが勿体無いのかもしれない。歌舞伎役者が、隈取りに見合わない麗しいお声でカレンに話しかける。


「カレン。なんで男の子がいるの」

「あ、これはね、話せてなかったんだけど、昨日の——」

「カレン! こいつか!」

「は?」

「テメェ……こいつなんだな? カレンがこの前、家に帰って来なかったのはお前のせいだな? お前が唆して、カレンをホテルに連れ込んだんだな!」

「え?!」

「いや、パパ、あれは違くて、華音と——」


 娘の言葉など全く聞かず、ライオンはついに吠えた。


「カレンと泊まるなら挨拶くらいしに来いやぁぁぁぁぁっっっ!!」

「いや、あの、お父さん、自分は」

「¡Callate黙れ!」

「私も許さないわよっ! よくも大事なカレンを!」

「だからちが」

「しかもこんな時間に非常識っ! いくらカレンの彼氏でも許さない! 出て行きなさいっ!!!」

「ちょまっ……あぁぁぁっっっつ?!」


 背後から炎が見えるくらいに激昂した歌舞伎役者とライオンが、俺を極限まで追い詰めるべく、玄関ドアまで突撃して来たのだった。

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