#69 今更ながらの初対面

 2時間ほど飲み食いすると、次から次へと打ち上げの学生団体がやってきた。既にたらふく食っていた俺達は店員さんから「そろそろ……」という目配せを受け、素直に会計を済ませる。ちなみに俺達が盛り上がっている中、この目線に気づいたのは大貴だった。やっぱりこいつは何かが鋭い。


 大貴と巧は翌日も仕事なので、二次会をせずそのまま帰宅することになった。会長と巧、俺と大貴で路線が異なるため、駅で2人ずつに分かれた。大貴と2人になり、「やっぱあそこの麻婆豆腐は美味い」「いや、回鍋肉も美味かった」なんて話していたら、また大貴がスマホを取り出した。


「今度は誰からだろ。……え?!……あっ、京汰京汰」

「ん? 先輩とかじゃなくて?」

「これ見て」


 大貴がこちらに向けたスマホの画面を見るなり、俺は言葉を失った。


『空き巣に入られたのかもしれない……』

『ごめん、怖くて、つい連絡しちゃった』


 そうしたメッセージと共に添付されていた写真は、かつて華音が俺宛てに送ってきたものとほぼ同じだった。メッセージの差出人は諸星カレンだ。

 カレンの部屋と思しき場所の、引き出しや机の上が荒れに荒れていたのだ。


「お、俺に連絡する前に、警察に通報しろってな。……えーっと、警察につうほ……」

「待て」

「は?」

「警察は、待て」


 空き巣っつったら警察だろ、と言う大貴を遮り、「悪い、借りる」と大貴のスマホを手に取る。


『大丈夫か。本当に空き巣なのか』


 すると、すぐに既読がついて返事が返ってきた。


『実は、今日は1日中ママが家にいたみたい』

『空き巣が入るような音は一切してないって』

『ママがこんなことするわけないって分かってるんだけど、ママ以外に考えられなくて、つい疑っちゃったら喧嘩になっちゃった』

『ママはまだ怒ってるけど、ポルターガイスト? 心霊現象? って怖がってもいる』

『私も怖い』

『でもやっぱ警察に言った方がいいかな』


 カレンが凄まじい速さで返信してきた。かなり混乱しているみたいだ。


『念の為、先に部屋からなくなっているものがないか確認してくれ』

『警察への通報はまだだ』


 カレンからは『分かった』とだけ返信が来た。多分、盗られた物がないか探しているのだろう。


「おい、なんで警察はまだなんだよ」

「大貴、のか」

「何が」

「お前結構敏感な所あるのに、この異常性には気づかないのか? カレンは親と暮らしてる。確か母さんは家にいる時間が多い人だ。あんな酷い部屋になるなら、音くらい気付いても良いだろう」

「まぁ、そうだけど……」


 大貴は考え込むような素振りを見せた。少しして、口を開く。


「だけど、それならどんなトリックを使ったんだよ」


 そう言いながら、大貴は一瞬だけ俺の右隣に視線をやった。

 ……こいつになら、教えてもいいんだろうか。


「大貴。ちょっと来い」


 俺は先ほどの中華料理屋があるロータリーとは反対側の改札口まで大貴を連れて行く。ここなら人通りも少なく、盗み聞きされる心配もなさそうだ。俺は小声で告げた。


「俺は、カレンの部屋を荒らした犯人は、妖だと思ってる」

「あやかし?」

「お前、視えるだろ、何となく。今も俺の右隣をチラチラ見てる」

「えっ……」

「大貴の勘は当たってる。……実は大貴が見ている方に、確かに人間じゃない奴がいる」

「ひっ……?!」

「安心しろ。こいつは良い奴だ。ってか、俺がお世話になりまくってる奴だ。さらに言えば、同居してる。もっと言えば、華音を巡ってライバル関係にもある」

「ちょっと待て。密度の濃い情報が多すぎる」

「……悠馬。顕現けんげんしてみてくれ」


 右隣でずっと控えていた悠馬の姿が、たちまちはっきりしてきた。


「ここに俺より20センチくらい身長低くて犬系イケメンの憎たらしい奴がいるんだけど、分かる?」

「いや……なんかさっきより雰囲気が強くなった気がしたけど、全然視えない……」

『そっかぁ、視えないかぁ。残念』

「えっ?!」

『え、僕の声聞こえる?!』

「き、聞こえてる……おい京汰、お前にも聞こえてるのか?!」

『あー、あー、ただいまマイクのテスト中』

「テスト中って言ってたな」

「京汰にも聞こえてた……でもやっぱ信じられない……」

「だよな。じゃあ悠馬、ほれ」


 俺が自分のスマホを悠馬に渡してみる。悠馬は普通に手に取ったが、大貴は「わっ」と声を上げた。大貴にしてみれば、俺のスマホがいきなり宙に浮いたからだ。これでどうにか、悠馬の存在を信じてくれたらしい。

 どうも顕現しても姿は分からないが、顕現した時の声だけは聞こえるらしい。大貴にとっては、あくまで「囁き」程度にしか聞こえないらしいが。


「まぁ、そういうことだ、大貴。この世界には確実に、人間じゃないモノが住んでいる。無音であれだけ部屋を荒らせる人間なんていない。それなら、人外のモノと考えた方が納得が行く」

「え……じゃあ、カレンの部屋も……?」


 そう言って大貴が見据えたのは悠馬がいる方向。まぁ、そりゃそう思うよな、誰だって。


『ちょ、大貴! 君失礼すぎ! 僕以外にも人外のモノはいるし!』

「なんで俺の名前……」

「悪い、こいつ、初めての授業の日から俺について来てるから、俺の交友関係全て把握してる」

「マジか……」


 とにかく悠馬の仕業ではない、と俺も一緒になって釈明すると、大貴も納得してくれたみたいだ。

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