#68 活動……再開?

「巧!」

「おぉ、京汰!」

「相変わらず、人が多いな」

「人に酔いそう」


 巧も大貴も想像以上に忙しかったらしく、悠馬と屋台飯を食った後にスマホを見ても、まだ既読がついていなかった。そこで俺は再び悠馬の強烈な食い意地に付き合うことになり、巧のシフトが終わりそうな時間を目掛けて突撃したのだ。

 交通整理をしていた巧は、文化祭実行委員会独自の青い法被を着て、赤い誘導棒を持ちながら、ごった返す正門前の人間達を捌いていた。


「あと5分で上がるから」

「ほーい」


 正門付近で邪魔にならないように待っていたら、巧がやって来た。


「とりあえず今日は終わり。ありがとな、来てくれて」

「雰囲気を味わえたから良かったよ。お疲れ」

「さて、一緒に大貴の所突撃するか?」

「おうよ」


 正門をまっすぐ進んだ先にある、大きなインフォメーションセンター。そこまでの道のりも酷い混雑だったが、巧が青い法被を着ていたことで、周囲が自然に道を開けてくれた。程なくして、血迷ったご老人相手に朗らかに対応している大貴を見つける。応対が終わるのを見計らって、巧が声をかけた。


「大貴! 京汰が来てくれたぞ」

「おぉー京汰! 俺のために来てくれたんでしょ?」

「おめでたい頭してんな」


 大貴もインフォメーションセンターから抜け、こちらにやってくる。「いやぁ、なぜだか俺の所には若い女の子じゃなくて、ご老人ばかり訪ねてくるんだよ」なんて話を聞いていると、大貴が「ちょっと待って」とスマホを取り出した。


「おっ、もうすぐ合流だな」

「え?」


 巧が目を丸くしていた所に、トップが鍵の形をした長いネックレスをつけ、金の指輪が光る手を大きく振ってこちらにやってくる、男の姿が見えた。思わず俺も手を振り返す。


「瑠衣じゃん!」

「遅かったな、会長」

「ごめん大貴。さっきまでママの買い物付き合わないといけなくってさ」

「相変わらず苦労してんな」


 実は、大貴は会長にも連絡を取っていたらしい。やはり女子を交えるにはまだ勇気がいるため、とりあえず男子だけでも集まれれば、と思ったようだ。


「もしかしたら、女子もこうやって集まってるかもしれないし」と大貴が言う。「華音も玲香もカレンも、全然会ってないわ」と巧。


 巧以外の男衆は必修のクラスが同じなので、華音と玲香にはよく会っている。でも会話は最低限、といった感じだ。しかもその相手は華音だけで、玲香は授業が終わるとすぐ教室を出てしまうので、取り付く島もない。まぁ会長と同じ空間にいるのはまだまだ気まずいか……と俺も流石に察している。


 混み合った大学内に留まっているのも大変なので、とりあえず大学を出ることになった。近くの駅周辺の小さなお店でも探して、適当に飯を食うことに決まる。文化祭は2日間あるが、初日で出し物が終わる団体も多い。彼らが撤収してこちらに流れ込み打ち上げをする前に、とりあえずお店に入っておこうという魂胆だ。ちなみに俺がバイトしているあの店は、今日は定休日である。




「よーしみんな、お疲れー」

「おつー」

「働いてたの、大貴と巧だけだけどな」

「俺もママに働かされてたよ」


 巧の音頭で、4つのグラスがカチャンと音を立てる。巧だけ20歳だが、10代の俺達に合わせて今はソフドリにしてくれていた。

 入ったのは、半地下にある中華料理屋だ。メニューが充実していて、文化祭実行委員会御用達の1つらしい。店内はカウンターと、6つの4人席テーブルがあり、全体の半分程度が既に埋まっていた。俺達は一番奥の4人席に座っている。


 案の定、巧からは「お前達は、華音と玲香には会ってるんだろ? どんな感じなんだよ」と探りを入れられたが、話せる情報がなさすぎて困った。俺は華音とだいぶ話しているが、その理由まで事細かく話すわけにはいかない。


「京汰は、華音とはよく話してるんだろ?」

「へっ?」


 会長に急にジャブを入れられる。なぜ知られているのかが分からず、俺の箸からザーサイがずり落ちた。


「いやほら、聖那さんが」

「お前、あの店まだ行ってたの?」

「たまーに、だけどね」


 どうやら、俺が華音の家に結界を張った時に聖那さんが突撃した日のことを会長に話していたらしい。


「なになに京汰、お家に行くなんてやるじゃん。活動休止中でもそこだけは進展中って感じ?」と巧が悪ノリしてくる。ソフドリはあくまで1杯目だけだったようで、今はしっかり生ビールを喉に流し込んでいる。


「そうじゃないって。華音とは高校でもクラスメイトだったから、ちょっと仲が良いってだけで」

「「「ふ〜ん」」」

「みんなして同じ反応やめろよ」

「まぁ、そういうわけでだ、京汰」

「はい?」


 急に仕切り始めた大貴に困惑していると、正面に座っている彼は俺の手を取った。


「何だよ急に」

「“よじかんめ”の女子と今繋がりを持ててるのはお前だけだ。俺達だって、別に無期限活動休止にしたいわけじゃない。だから京汰、頼む! 華音と協力して、女子達と俺達の仲を取り持ってくれ!」

「はぁっ?!」

「俺からも頼むぞ京汰。俺は早く玲香と話したいんだ」

「でも巧は玲香と近所なんだから、タイミングさえ合えば……」

「近所でもな、連絡できなきゃなかなか会えねぇもんだぞ」

「でも取り持つったって、具体的なアイデアはあんのか?」


 俺が聞くと、なぜか全員ふっつりと黙り込んでしまった。


「アイデアがないからこそ、京汰のガッツでどーにかできないかと俺達は勝手に期待している」

「会長さん……あんたそれでも会長か……」

「誤解するな。ただのあだ名だ」

「そーだけどっ」


 俺だって、きっかけがなければガッツなんか出せない。「俺だけに押し付けるのは無駄だ」という抵抗を示すため、そのまま無言でザーサイを食う。エビチリを食う。回鍋肉を食う。青椒肉絲を食う。

 すると沈黙に耐えかねたようにして、巧が口を開いた。


「分かったよ京汰。もしうまく行ったら、俺が激ウマな元気モリモリ飯をご馳走してやる」

「何だそれ」

「それはお楽しみだよ。俺が男に奢るなんて、かなり珍しいぞ」

「……分かった巧、約束な」

「おしっ、ありがとな京汰!」

「じゃあ手付金を頂こうか」

「え……あぁぁぁやめろぉ京汰ぁ! 俺の大好物って知ってるくせに! お前いつからそんな悪い子になった!」


 俺は麻婆豆腐の乗った熱々の美味そうなご飯茶碗を、巧から華麗に奪い取ったのだった。

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