#67 式神の食い意地

 程なくして、文化祭がやって来た。

 巧も大貴も、朝イチと昼過ぎにそれぞれのシフトが入っていたようだ。お昼前後に大学に行くと約束していた。


『やったね! 京汰が僕の財布になる日がやってきたね!』

「どんな起こし方してんだお前」


 京汰のお金は僕のもの、という恐ろしいフレーズに適当な音を乗せて歌い上げる悠馬。最近稀に見る上機嫌の彼に対し、金を吸い取られることが分かっている俺はブルーである。


『ささ、早く行きましょう京汰くんっ』

「あぁ。準備できたよ」

『忘れ物ない?』

「大丈夫だ」

『お財布持った?』

「お前の頭には財布しかねえのかよっ!」


 ニコニコ顔の悠馬はしっかり隠形おんぎょうをしてから、外に出る。大学方面に近づけば近づくほど、電車も駅構内もかなり混雑するようになった。

 何とか人混みをかき分けて、大学に到着。いつもじゃ考えられないレベルの大音響が俺の体にズンズン響いてきた。


<高校の時とは、また違うねぇ! 人数も規模も桁違い!>

(だな)

<きっと屋台ご飯のクオリティも桁違い?!>

(……何食いたいんだ)


 すると、悠馬の“気”はものすごい速さで人混みをかき分けて行った。どうも最初から目的地があったようだ。


(おい、待てって!)


 悠馬を追いかけつつ、『大学着いたよ』と巧と大貴に連絡してみたものの、既読はつかない。きっと忙しいのだろう。もう少し後で突撃しようと考えて、俺もさっきの駅周辺とは比べ物にならないくらいの人混みの中を泳いで行く。


<ここのハリケーンポテト!>

(おう……って、ここ華音のサークルじゃん!)


 バスケットボールとじゃがいものイラストが描かれた看板の下で、華音のサークルのメンバーがせかせかと動き回っていた。当然ながら客も多く、屋台の周りをぐるりと取り囲んでいた。俺は無意識に首が伸びて、あの可愛らしい栗色の髪の毛を探してしまう。


「あ!……あ、すみません杏南さん。ちょっといいですか……京汰くん!」

「華音?!」


 なんと華音の方が先に俺を見つけてくれたのだ。華音は手を拭きながらこちらにやって来た。


「あ、あの、ハリケーンポテト2つ……」

「2つってことは、悠馬くんもいるのね」

<華音ちゃん〜僕も来たよ〜!>


 華音は悠馬の“気”がある方をチラリと見て、ニコッと微笑んだ。心の準備ができていなくて、かなりドキッとする。


「あれ、のんちゃん、知り合い?」

「はい。あの、高校でクラスメイトだった……」

「あぁ! えーと、何くんだったっけ」

「あ、あの……藤井京汰です。初めまして」


 屋台の奥から急に、短めの焦げ茶の髪をして、耳元のイヤリングみたいなのが目立つ綺麗な女性が出てきた。慌てて自己紹介をしたものの、華音に「誰?」という視線を向けると、彼女が答えた。


「あ、私のサークルの先輩。岩田杏南さんっていうの」

「のんちゃんから、京汰くんのこと聞いてます。仲良いみたいね……あ、邪魔してごめんね。どうぞ楽しんでって」

「あ、はい!」


 華音が俺の接客をしたことで、男達がどこからともなく集まり、俺の後ろに行列ができてしまった。杏南さんの所も然りだ。美女が美女と仲良くなり、男を呼び寄せる……。


<世界の真理を見た気がするね>

(間違いない)




<ほら、フランクフルトも焼きそばも……あっ! 台湾まぜそばまで売ってるの?! あぁ、玉こんにゃくも良いねぇ。ジャーマンポテトともつ煮も捨てられない。あ、待って待って、ひとくちパンケーキまであるじゃーん! うっわぁ、やっぱり高校の時とは桁違い! どーする京汰ぁっ>

(どーするって、お前の意見は決まってんだろ)


 華音に別れを告げた後、人混みなど関係なくスルスル移動して、構内の屋台を大体把握して俺の元に帰ってきた悠馬の食欲が止まらない。高校の文化祭でもこうやって、何種類も何度も屋台で買わされたよなぁとしみじみする。


<ぜーんぶ、今すぐ大人買いして!>

(お前……相当な量だぞ……)

<でも今全部食べたいし>

(だって買ったもん持ってくれる訳じゃねぇだろ)

<当たり前じゃん。僕が持ったら食べ物が宙に浮いてることになる>


 結局俺は悠馬の要求を飲み、全てを一度に買うことになった。フランクフルト・焼きそば・台湾まぜそば・玉こんにゃく・ジャーマンポテト・もつ煮・ひとくちパンケーキ。俺の両手はいっぱいいっぱいの状況だが、非情にも隣のバケモンはこちらを見向きもしない。俺の金が財布から出る瞬間だけ、強い視線を感じるのだ。……憎たらしい奴。


 大学内の空き教室に忍び込み、俺達は屋台飯を食い尽くした。俺と2人きりになり、隠形を解除した悠馬の消化スピードはえげつなく、ものの15分くらいで全て平らげてしまった。ちなみに俺はハリケーンポテトと台湾まぜそばだけを食った。


「悠馬。お前の食い意地どーなってんの」

『文化祭は食べるためにあるんだから! それに、京汰の財布を食い尽くすのは気分が良くてね』

「お前最低だな」


 教室を出て、大量のプラスチックゴミを一度にゴミ箱に捨てたため、周囲から怪訝な目を向けられる。違うって。俺じゃなくて、隣でひっそり生きてるこいつのせいだって。


<さーて、2周目行きますか!>

(まずは大貴と巧に会うのが先だから! 俺から搾り取るなっ)


 食い意地の張った式神ほど、恐ろしいものはないと心から思うのだった。

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