#66 式神に貢ぐ大学生

 結局、華音が何を言いたかったのかは聞けずじまいになってしまった。ミルクティーヘアの美女、聖那さんがとんでもなく絶妙なタイミングで襲来したためである。いつもなら出勤の時間帯なのに、あの日はたまたまお休みをもらっていたらしい。聞けば、2ヶ月に1度は近くに住む両親の様子を直接確認しているんだとか。見た目こそアレだけど、素敵な家族想いの娘さんだった。

 まぁそんなわけで、俺は華音から紅茶だけいただいて、そそくさと帰ることになったのだった。



 早いもので、華音の部屋に結界を張ってから2週間ほどが経過した。なんと、あれからすっかりポルターガイスト事件がなくなったとのこと。先日、大学の学食でばったり会った時に、「嘘のようになくなったの!」と嬉しそうに話してくれた。君の笑顔が守れるだけで嬉しいのさ、俺は。


『なーにキザなこと思っちゃって』

「俺の思考を読み取るなと何度も言ってるだろうが」


 自室で中国語のテスト勉強をしようと思い、教科書を机に出しながら、キザなことを思っていた。そういう時に限って、悠馬がスルッと入ってくるんだよなぁ。


『ねぇ京汰、行くの?』

「はい?」

『文化祭だよ。今週末でしょ?』

「高校の?」

『違うよ。高校なんて帰宅部の京汰は用無しでしょ。大学だって』


 なかなか辛辣なことを言ってくれる式神である。

 現在は11月に入った所だ。高校と大学の文化祭の時期は大体同じだが、今年は大学の方が高校より1週間早い。俺のような帰宅部連中には高校の文化祭なんて、悠馬の言う通り用無しだが、テニス部だった城田やバスケ部だった華音はOBOGとして行く意味があるのかもしれない。

 ただ、大学の文化祭も、俺にとって直接的な用はない。悠馬がお祭りの雰囲気(というか屋台飯)を好んでいるので、彼の財布として連行されそうな予感はするが。


「お前、また俺を財布にするつもりか」

『え、人聞き悪っ!』

「人じゃねえだろ」

『それはともかく、巧と大貴が文化祭実行委員会で頑張るのを見届けないの? って話だよ』

「いや、巧は当日の交通整理だし、大貴はお客様対応で箱詰めだから。俺が行っても迷惑になるだけだろ?」

『華音ちゃんのサークルがやる予定の屋台は?』

「誘われてない」

『カレンのフラメンコサークルの発表は?』

「誘われてない」

『玲香の国際交流サークルは?』

「あのサークル、文化祭では何もしない」

『会長は?』

「あいつは俺と同じ無所属ノンサーだ」

『悲しいねぇ……』


 華音の屋台は気になるが、「来て」とは言われてない。行った所で、1日に約5000人が集まる文化祭のことだ。華音と会って話せる確率は低い。カレンとは“よじかんめ”の活動休止以来会ってないし……。玲香も同じようなもんだし……。


『でも京汰。大貴と巧は京汰に会いたそうだったよ』

「え?」

『この前、文化祭実行委員会の部屋に侵入してみたんだ。大貴と巧が別々の担当だから、「京汰とか来てくれたら嬉しいよなぁ」って話してたのを聞いたんだよ』

「本当か?」

『式神が嘘をつくとでも?』


 まぁ別に、文化祭の日に予定ある訳じゃないしなぁ。華音以外の女子とはちょっと微妙な距離開いちゃった気がするけど、男子なら何とか大丈夫そうな気がするし。

 とりあえず、大貴と巧のシフト状況を聞いてみるか。

 そう思って、俺は中国語の教科書を退け、スマホを手に取った。


『あ、大貴と巧に連絡するの?』

「おうよ」

『じゃあ、焼きそばとか食べ放題だね!』

「結局財布かよ……」

『いつもご飯作ってあげてるんだから、たまには奢ってくれなきゃ』

「うっ」


 ぐうの音も出ないことを言われてしまった。時々は俺も料理を頑張ろうと思うのだが、やっぱり悠馬の謎クオリティに勝つことはできないのだ。

 せっかく稼いだバイト代が式神の胃袋に消えていくことを憂いながら、俺は大貴と巧に連絡を入れるのだった。

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