#65 現実は甘くないのさ

・・・・・・・・・

「う、うぅっ……!」

「え?! 華音?!」

「京汰くん……ありがとうっ……悠馬くん……あれ、悠馬くんいないし……」

「え? あいつ……」


 悠馬のおかげで皆川先輩討伐できたのに、あいつ俺だけでやったみたいな言い方するし、華音が感謝伝えようとしたら消えてるし……。

 あいつ、いつからそんなキャラになったんだ? 俺の前では自慢ばっかのデレデレ野郎なのに。


 あ、もしかして。

 好きな女の子の前では謙虚を装って、後で「でも、きっと悠馬くんも私を助けてくれたはず……」みたいに思わせるやり方か。自分では語らず、察しを求めるタイプ。

 まぁ良いだろう。俺と同じアプローチをしたって無駄だからな、悠馬。


 部屋をキョロキョロしても悠馬を探せなかった華音が、俺に再び謝意を表した。


「とにかく京汰くん、ありがとう。知らなくてごめんなさい」

「いいんだって。知られないようにしてたんだし」

「そんなに知られたらいけないことだったの? 英雄みたいなのに」

「うん、まぁ……。知られると狙われる可能性はあるからな。恨まれてるとかじゃないんだけど……」

「狙われる? え、暗殺……?!」

「違う違う違う! そこまで物騒じゃないから。でも、大っぴらになるとちょっとマズくて」


 別に、俺は直ちに誰かに殺されるようなターゲットではない、多分。

 ただ俺が陰陽師の家系だと広まれば、俺のご先祖様に術を仕掛けられた奴らの子孫から恨みを買うかもしれない。俺を邪魔だと考える別の術者が、何かを仕掛けるかもしれない。その結果、3年前に華音を襲った皆川先輩のようなバケモンが周りにたくさん現れて、俺の大事な友達を、再び危険に晒すかもしれない。

 そういった危険性を生まれた時から父に教え込まれていたから、保育園でも小学校でも、とにかくどこであっても黙っていた。俺が完全に素を出せるのは、両親と、時々家にやってくる小さな妖だけだった。そこに3年前、悠馬が加わった。


「じゃあ、誰にも言わないようにする。でも何かお礼させて? 随分遅くなっちゃったけど……」

「おっ、お礼の前にとりあえず結界張るから!」


 泣きながら感謝を述べる華音を見てたら、こんな感想で良いのか分からないけど、可愛すぎてどうにかなりそうだ。だからまだ理性がちゃんとしてるうちに結界を張らないと。


 まず深呼吸。次に両手の人差し指と中指を立てて組み合わせ、刀印とういんを作る。その手を左側の腰辺りに持っていく。そしたら刀代わりの右手を抜いて、正面に五芒星ごぼうせいという名のスターマークを描いて、念を込めて……。


「はっ」


 両手の刀印を解く。


「あれ、悠馬?」

『んっ……んっ……?! あらよっと』


 さっき忽然と姿を消した悠馬が、入りにくそうにして戻ってきた。結界の強度を測るために、わざと退出したのだと今更知る。悠馬は入ってくるなり、『バッチグーだよ、茶髪陰陽師くん』と言ってきた。「バッチグーは死語だ」と返せば、『勝さんが言ってたんだもん』と一言。父の語彙の古さに唖然とする。

 華音は悠馬に「おかえり」と言った後、俺に「もう終わったの?」と聞いた。俺は首肯の後、忘れていたことを思い出した。


「あ、あとこれも」


 持ってきた鞄の中をゴソゴソして、小さな袋を4つ取り出した。


「それは……?」

「念のため、これを部屋の四隅に置いといて欲しいんだ。魔除けみたいなもんなんだけどさ。あ、ちなみに中身は桃の種が3粒入ってるんだけど、ちゃんと洗ってるのでご心配なく」


 華音に渡すと、「なるほど」とじっと眺めた後、ベッド横、テレビ横、冷蔵庫横、玄関先に置いた。部屋の形が完全な四角ではないから、完璧な四隅ではないけど、これだけでもちょっと効果が上がった気がする。


「人間が出入りする分には問題ない。悠馬みたいなバケモンが入る時に入りづらくなるんだ。特に、妖気って言って、悪いバケモンのオーラが出まくってる奴は跳ね返されやすくなる」

「ありがとう、京汰くん」

「じゃあ、お暇するよ。悠馬。……あれ、悠馬?」


 悠馬の奴、また消えたよ。どこに行ったんだっての。


「あ、待って京汰くん。お茶だけでもしてって」

「え」

「いいから」


 華音は俺をソファに座らせ、お湯を沸かしにキッチンへ歩いていった。程なくして紅茶の良い香りが立ち込め、マグカップを両手に持った華音が帰ってきた。


「お待たせ、と」

「ありがと」


 すると華音は俺の右隣に座り、じっと見つめてくる。


「ど、どうした?」

「あの、さ……」


 そのまま華音が、俺の右手を握った。……握った?!


「み、見た目はチャラい、けど……でも本当は、自分の能力をひけらかさない所とか、おちゃらけてるようでしっかり守ってくれる所とか……」

「うん……」



「京汰くんのそういう所、す——」



 ピンポーン! ピンポーン!



「「えっ?!」」


 握られた手は無常にも振り払われ、華音が玄関ドアに近づく。相手は華音が心を許した人らしく、すぐにガチャっと解錠音がした。


「急にごっめーん! 実家帰ったらたくさんご飯もらったから、お裾分けに来ちゃったぁー!」


 リビングから恐る恐る顔を出した俺と、ミルクティーみたいな色の長い髪を綺麗に巻いた、バッチリフルメイクの若い女の人の目が合った。

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