#62 ファザートラップ

『ひっさしぶりだなぁ京汰ぁ!』


 URLを押すと、突如始まったビデオ通話。

 そしてとても切羽詰まった感じには見えない、底抜けに明るいオープニング。

 マジか……多分ハメられたなこれ……。


 俺はジトっと画面を睨みつける。


「本当は緊急なんかじゃないだろ」


 するとオフィスか自室か分からない、画面越しの父は、一瞬目を見開いた。


『あ、やっ、ほら京汰、お前全然連絡くれないしぃ〜元気してるかぁ? みたいなぁ〜。ほっ、ほら、一応親だし、息子の顔を一目見るくらい』

「俺も課題あるから!」


 親心がありがたくないわけじゃないが、圧倒的今じゃない感が先行している。マジで課題が迫ってるんだって!!

 しかし右下の赤い退出ボタンを押そうとした瞬間、父の情けない声が響き渡る。


『ま、待って待って京汰! 緊急だってば。コードブルー、コードブルー』

「んだよもう」

『ってか京汰の顔白くない? 照明? あ、美白モード使ってる?』

「使ってねぇし! 要件は!」


 自分ではあまり気にならなかったが、照明の明度を少し落としてみた。『お、いつも通り……いや、前よりもう少しイケメンになったか』なんて冗談を飛ばしているが、ここは無視だ。ったく、親父も式神も揃って軽口叩きやがって。


『仕方ない、簡潔に話すよ。3つ知らせがあるぞ。良い知らせ、めっちゃ良い知らせ、悪い知らせの3本だ。まずは良い知らせから』

「おう」

『今年も年末年始、父が帰国するぞー! 飛行機取ったぞー! 喜べ京汰!』

「おう」

『ゴホン。えー、気を取り直して、めっちゃ良い知らせだ』

「おう」

『母上も帰国するぞー! 実に3年ぶりだ』

「えーっ、マジで?! 母さんが?!」

『そのリアクションを俺に欲しかったんだっ』


 父同様、母さんも長らく海外で仕事をしているバリバリのキャリアウーマンだ。母さんの実家は結構良い家柄らしいが、それでいて考え方は先進的。女性も勉強してどんどん出世しろ、という中で育ったらしい。今じゃ大手商社の海外支店長にまで上り詰めてるんだから、びっくりな話だ。

 共に過ごす時間こそ短かったものの、俺は母さんの芯の強さみたいなものを、きちんと尊敬している。父のことはそこそこ尊敬している。


 すると俺のリアクションのデカさに驚いたのか、自室に悠馬がスルリと入ってくるのを感じた。


「あ、悠馬」


 後ろを振り返った俺を見て、父のハイテンションな声が再び響き渡った。近所迷惑じゃねぇのか。


『おぉ〜っ、悠馬か! 元気してたか! 京汰にこき使われてねぇか!』

『あぁ〜っ、ご主人様ぁ〜っ! 元気です! 京汰は相変わらずです!』


 悠馬は顕現けんげんしているものの、ビデオ通話だと心霊映像のように映ってしまう。悠馬の声も不明瞭な砂嵐のようになってしまう。


『うーん、京汰の隣にいるのは分かるんだけど、やっぱこのアプリだと声が聞こえないな。どうしようかな』

「例の力使えば、俺達の部屋視れるんだろ? あれ使えばいいじゃん」


 例の力とは、遠い場所の様子をリモート中継のように視ることができる、陰陽道を極めた父の特殊能力である。悠馬と俺の2人暮らしになってからというもの、父は時々この能力を使って俺達を見守っているらしい。父曰く、「人型セ◯ムみたいなもんだ」らしいが、その力があればCIAに試験なしで入れると俺は本気で思っている。


『いやあれはな、視えはするけど対話ができないんだ』


 すると悠馬が『ちょっとどいて』と俺の体をツンツンしてきた。「何だよ」と言ってどくと、悠馬が……悠馬が、パソコンのキーボードを操ってチャットを送っている?!

 ちなみに文面は、さっき喋ったこと。『あぁ〜っ、ご主人様ぁ〜っ! 元気です! 京汰は相変わらずです!』である。


「お前……いつの間にタイピングを……?!」

『大学潜入して、みんなの様子視てたら覚えちゃったんだよ』

「テクノロジーを習得した式神……」


 父も、画面から外れたはずの俺のPCからチャットが来たことに驚いたらしい。


『悠馬、パソコン使えるようになったか! すごいなぁ、さすが俺の作った式神。今度俺と一緒に仕事するか!』

『主人のお役に立てるならいつでも!』


 そして数分間悠馬と父のやりとりを傍観した所で、俺は悠馬をどかした。


「すまん悠馬。後は父親が帰国した時にしてくれ。俺の課題の締め切りが迫ってる」

『早めにやればいいものを』

「うるせぇ」


 ブスッとした悠馬だったが、年末年始に父が帰国すると伝えるとニッコリしていた。クソっ、可愛いなやっぱりお前。


「で、悪い知らせだけ残ってたよな」

『あぁ、京汰か』

「悠馬じゃなくてすみませんね」

『ごめんって。悪い知らせはな……俺、よわい47にして、ついに白髪と深めのシワが……俺のイケメンが崩れて……っ』


 今度こそ右下の赤い退出ボタンを問答無用で押して、強制終了させる。聞くだけ無駄だったわ。


『勝手に切るなって!』

『お前だって将来悩まされる、深刻な問題なんだぞ!』

『おーい京汰!』


 またLINEにポンポンポンポン通知が来るが、もうスルーだ。将来<<<課題だから。



 俺は母さんの久々の帰国に心躍らせつつ、レポートを書くためのツールを開いてまた新たなため息をつくのだった。

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