#60 シメられる準備

・・・・・・・・・

 テツやんさんのポテサラ事件から一夜明け、今日もバイト先へと向かった。店主がフォローしてくれたとは言え、やっぱり足取りは少し重い。


<大丈夫だって>

(式神に励まされる俺……)

<高校生の頃からじゃん>

(まぁ、言われてみれば確かに)



「おう、おはよう」

「おはようございます……」


 どうも、俺は想像以上に落ち込みが顔に出ていたらしい。店主は俺に声をかけるなり、「はいよ」と温かいほうじ茶をくれた。朝夕に肌寒い風が吹き始めた時期だし、ありがたい。

 リュウさんも程なくしてやってきて、「きょーちゃん今日も頑張ろうぜい! あ、ダジャレじゃないよ〜」とケロリとしている。カイさんはまだ本調子ではなく寝込んでいるらしいが、もう治りかけのようだ。


<もっと面白いシャレはないのかな>

(勤務中はツッコむな)


 リュウさんはあんなんだし、周りには視えない式神まで俺に語りかけてくるし、その上仕事もあるわけだから(当然だけど)、てんやわんやだ。そこへ——


「ちーっす。生と


 き、来たぁぁぁぁぁぁ!!!

 常連とは言え、テツやんさんが2日連続で早い時間からやってくるのは珍しい。彼の「いつもの」発言は、の緊張感を帯びていた。


 サラダ系や小鉢系などは、店主ではなくバイトが自分で盛り付けて運んでも良いことになっている。飲みだけでなく普通に夕飯目的でやってくるお客さんもいて、店主は定食などを作らないといけないからだ。

 テツやんさんが来たのをチラリと確認すると、店主は俺とリュウさんに目配せをした。「お前らでやれ」という合図だ。俺は思わず隣のリュウさんを見る。


「き、きょーちゃん、どうしたの俺なんか見て」


 俺はリュウさんを見据えたまま、小声で頼んだ。


「リュウさん、頼みます」

「え」

「昨日の汚名返上、名誉挽回、謝罪のチャンスですよ」

「そ、それを言うなら『黙れ小童』って言わせたきょーちゃんが行くべきでは……」

「…………」

「…………」


「おーい、生といつものだってば!」

「「ひっ」」


 結局、生ビールをリュウさんが、マカロニサラダを俺が運ぶことになった。これくらい1人でやるものだし、お客さんも増え始めてきた時間に2人がかりでやるのも馬鹿げてるけど、やっぱり1人は怖すぎる。


「お、お待たせしました。生と……」

「まっ、マカロニサラダですっ」


 食卓に置いて、俺達は固唾を飲んだ。ミスしたへっぽこバイトと、激怒させたひよっこバイトへの反応はいかに——


「おう、ありがとよ」


 テツやんさんは至って普通の態度で、それはそれは美味そうにビールを喉に流し込み、マカロニをヒョイと口に放り込んだ。「やっぱうめぇな」なんて、嬉しい食レポまで添えて。


「あ、あの……」

「ん? どうしたよ、きょーちゃん」

「あの、昨日は大変失礼しました!」

「え?」

「え?」

「昨日何かあったっけ?」

「いやあの、昨日急に『黙ってろ』とか大変な失言をしてしまって……」


 何だこれは。わざと忘れたフリして昨日の失礼な内容を自分で再度暴露させるっていう新手の攻撃?

 そんなことを思っていると、テツやんさんはそのイカつい額に皺を寄せながら、「はて?」というような顔をした。


「ごめん。記憶ねぇわ。まぁ『黙れ』って若造に言われたなら、それなりの理由があったんだろ。すまねぇな」

「え……」

「もしかして、さっき異常に緊張してたのそのせいか? この元ヤンが次やって来たらシメられそうってか」

「ひっ」


 図星すぎて言葉が出ない。ちなみに、リュウさんは他のテーブルから注文があったのを理由に、この場からは離脱している。


「心配すんなよ。この店の若造はみんな俺からしちゃあ可愛いモンだし、お前らくらいの歳の時にゃあ、俺の方が散々な生き方してたからな。真面目に頑張ってる奴等をシメられるわけねぇよ」

「テツやんさん……」


 安心しろ! と軽く腕を叩かれ、俺は思わずその手を握った。


「良かったです……ありがとうございますテツやんさん!」

「感謝されるこたぁしてねぇよ」


 昨日の酒は美味かったからいいさ、と続けたテツやんさんは、俺に握られてない方の手でビールを飲み干した。相変わらず、驚異的なペースだ。


「お代わりお持ちしましょうか」

「あぁ。頼んだよきょーちゃん」


 手を離して厨房に向かおうとする俺を、テツやんさんは呼び止めた。


「俺がシメるのは、中途半端にイキったり、大事な奴を守る覚悟が足りなかったりする奴だけだ」

「アツい……」

「ちなみにここの店主のことは一度だけシメたことがある」

「え」

「女が絡むとな、男は熱くなるんだよ」


 テツやんさんの薬指に光る指輪がこんだけ輝いて見えたのは初めてだった。



<良かったね、シメられなくて>

(本当だよ……)


 バイト後、俺と悠馬はまた連れ立って夜道を歩いていた。

 とにかく、杞憂に終わったことはめでたしめでたしである。何ならテツやんさんのこと好きになった1日だったし。


<あのさ、京汰>

(ん?)

<帰ったら話があるんだ>


 それ以上、何も話さない悠馬を怪訝に思いながら、俺は若干早足の式神の“気”を家まで追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る