#58 パパの陽キャに疲れて【諸星カレン】

・・・・・・・・・

 あーあ。

 ほんっと、人生が上手く行かない時って、何もかも上手く行かないんだなって感じる。



 だって、私の居場所はなくなるわ、パパに珍しく怒られるわで散々なんだもの。



 実はスペ語のクラスでは、「父親がスペイン人のハーフがマウント取りに来てる」と思われてるみたいで、なかなか友達が出来なかった。一部の女子からは、私が問題を間違えると「わざと出来ないアピール?」って聞こえるように言われたこともあったし。40人いるクラスの中で、華音とあともう2人の女の子だけが、私を「ハーフ」じゃなくて「友達」として見てくれた。私がスペインのハーフってことは先生にも瞬く間に伝わっていて、時々先生からも「お父さんに教わってないの?」と聞かれた。私がスペインに行ったのは5回だけだし、yayoじいじyayaばあばとはパパの翻訳ありきで会話していたことなんて、誰も知らない。

 だからああいうの、本当に傷つくんだよね。「外人は日本人より自己主張が強いから、きっとメンタルも強い」って思われがちだけど、そもそも私は「外人ガイジン」じゃない。生まれも育ちも日本で、母国語は日本語。家でも大抵は日本語だし、何より私は日本の雰囲気とか文化が大好き。小学校でも中高でも、見た目だけで私を「外人」と判断する人達は一定数いたけど、私のアイデンティティは日本にあるって確信してる。嫌な思いをしたって、中には華音とか玲香みたいな優しくて懐の深い人達がいる、この国が大好きなんだ。


 だからこそ、私にとってかなり大事な人脈だった“よじかんめ”。それが活動休止だなんて、辛すぎる。

 でも活動を継続していても、まだ巧と普通に話せる自信がない。玲香と話せる自信もない。こんな状態じゃどんどんこじれていくことは自分でも分かっていたし、一旦頭を冷やす時間を確保した会長は、クレバーな判断をしたと思ってる。



 で、失意の中家に帰って来たら、無意識に大量のため息が出ちゃって。ママはそっとしといてくれたけど、パパは違った。昔からそう。パパは底抜けに明るい、それこそスペイン仕込みの陽キャなんだけど、その陽キャを押し付けてくる所がある。


「カレン。パパが帰ってきてからため息つきすぎだ」

「パパとは関係ないことだよ」

「それにしても、多すぎる。不愉快だ」

「でも……」

「いいか? ため息は負のオーラしか運んでこない。この家はもっと明るくないと」

「分かってるよ。でもパパには私の気持ちなんて、分からないじゃん」

「え?」


 パパはスペインで優秀な成績修めて日本に来て、日本でも評価されて今の地位を築き上げてる。その裏で英語と日本語を一生懸命勉強したり、日本に馴染んだりしようと頑張ってたのは察してる。

 でもパパはさ、学校っていう狭い世界の中で、「差別」を経験したことはないでしょ?

 幼い時ほど、日本語が上手く喋れない、日本人離れした顔立ちの子どもに対する風当たりが強いことなんて、実際に経験してないから分かんないでしょ?

 そういう「差別」がなくて、心の底から安心できる居場所がなくなって、心にポッカリ穴が空いちゃう気持ちだって、好きな人に想いが伝わらなくて大切な人を大切に出来ないもどかしさだって、今のパパには分かりっこない。


「元々スペイン人のパパに、分かりっこない!」

「おいカレン!」

「カレン言い過ぎよ」

「ママもパパの味方する気? 良いよね、2人とも“mixed混血”じゃないんだから。迷うことも戸惑うこともない」


 そのまま大学に持って行っているカバンを引っ掴んで、あてもなく夜道を歩いた。両親は私を追いかけない。夕飯はまだだったから、チェーン店でハンバーガーを食べて。パパとママが寝るまで帰らないって決めてたから、まだ帰るまで時間があった。


 その時、さっきまでの私と全く同じようにため息ついてる可愛い女の子を見かけて、つい気になったから少し近寄ってみたら——


「あれ、華音?」

「えっ?」

「華音だっ」


 つい嬉しくて抱きついてしまった。華音も最初はびっくりしてたけど、ゆっくり私をハグしてくれる。


「どうしたの? 遅くに1人で」

「んー、ちょっとね。華音は?」

「さっきまでサークルの先輩とご飯してたとこなの。家、帰らないの?」

「うん……帰る気しなくて。……もし華音帰るとこだったら、ごめん、一晩泊めさせてもらえないかな?」


 一緒にいられたら気も紛れそうだと思って言ってみたけど、華音の顔つきが少し暗くなっちゃった。


「あぁっ、無理にとは言わない!」

「あ、ううん。無理ではないんだけど、うーん……実は私も今、帰る気しなくて」

「えっ?」

「一人暮らしなのに、変だよね。でも今は帰りたくないなぁって」

「そっかぁ」


 私も華音も帰りたくない。

 じゃあ、答えは1つじゃない?


「華音、外でお泊まりしよ!」

「え……え、野宿?!」

「えーっ?! ハハハッ、そうじゃなくて! 行こ行こ」


 華音ってたまーに抜けてるんだよね。こんな可愛い女の子、野宿させたら超危険じゃないの。

 久々に笑った自分にびっくりしながら、私は華音の手を引いて、ここから程近い梅沢中央駅の方へと歩いていった。

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