#57 逃げられない任務【???】
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はぁ、今日は朝から忙しい。
大体あんな無茶な要求に応え続けているだけでも立派だと自分では思うんだけれど、まだご褒美をもらえる段階ではないみたいだ。
今日何度目か分からない舌打ちをしながらバイト先のバックヤードに入ったら、「態度悪いぞ」と怒られてしまった。その通りなので「すみません」と返す。
事情があって、何回も面接で落とされていた中拾ってくれた貴重なバイト先。ここで素行不良と判断されてクビになったら困る。数少ない帰属先を無駄にしたくないのだ。
「お疲れ。何かあった?」
「えっ?」
「いや、舌打ちなんて珍しい」
「あぁ……気にしないでください」
「そっか。何かあったら聞くよ」
「あ、ありがとうございます」
バイト先の先輩は優しいけど、妙に察しが良いというか、細かい所によく気づくので、こっちとしてはドキッとしてしまう。でも最小限のことしか話していないから、真相に気づくことはないと思う。
周りに人が全くいない人生は寂しい。
でも人がいるからといって、全てを話して仲良くするのは息苦しい。
その中間を求めては長らく探し歩いているけれど、これがなかなか難しい。
自分が相手に尽くすのは良いのだけれど、逆に自分が尽くされたり、気を遣われたり、優しくされたりすることに弱い。その場は良くても、後で立ってくる鳥肌を止めることができない。
まぁこんなこと、誰にも言えないんだけどね。
本当、だーれにも。
だけどそんな人間の心の奥底なんて、みんな知ったこっちゃない。
そんなのに1つ1つ構っていたら、多分社会が壊れてしまうんだ。
人に恵まれたいとか、
お金が欲しいとか、
自由でいたいとか、
愛されたいとか、
綺麗になりたいとか。
そんな気持ちはみーんな心の奥底にしまい込んで、何事もなかったかのように、「自分は幸せだから気にするな」とでも言うように、自分達の前で無難な笑顔を晒す。
「ありがとうございました〜」
マニュアルに書かれた文言を発して、それに「ありがとう」などと言葉で答えるのは余裕のある人。お辞儀をするのは良識ある人。無視したり、睨んだりするのは余裕のない人。
こうやって裏で相手を判断する自分も、随分と余裕がないのかもしれない。
こうして余裕がないままバイトを終えると、スマホが長く震えた。
液晶画面を見れば、相手は非通知表示。
となると、相手はあの人だ。
またか……。
『はい』
『あれから連絡ないから』
『あぁ……すみません』
『見つかったか?』
『いや、見つかってないです』
すると相手が舌打ちをする。さっきの自分の舌打ちが移ったみたいに。
『チッ……。あれがないと仕事になんねぇだろ』
『分かってます。早く探します』
『そう毎日探せるわけじゃないんだから』
そんなことは、自分が最も分かっている。
でも口答えは許されない。
あなたがいないと自分は生きていけないから、心の奥底に本音をしまい込む。
『タイミングを掴んで、必ず見つけます』
『ふっ…………必ず、って言ったな?』
『は、はい』
『失敗したら……容赦しねぇかんな』
首肯の意を伝える前に、相手はもう一度舌打ちをしてから電話を切った。
短気な人なのは分かってる。相当堪えて自分の仕事を待ってくれていることも。
今度こそ、失敗は許されないんだ。
絶対に。
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