#56 GT(Girls' Talk)二次会【篠塚華音】
お待ちかねのデザートには、私はシチリアレモンのチーズケーキ、杏南さんは苺のティラミスを頼んだ。マリトッツォがお目当てだったけど、連日すぐに完売しちゃうみたい。「次はランチで来ようか」なんて話をチラリとする。
私は高校での京汰くんとの出会いと、大学での奇跡的な再会について話していた。会長も実は高校一緒だったってことも含めて。
「一旦アメリカ行ってたのに、帰国したらかつてのクラスメイトと必修が同じだったってこと?! のんちゃんの学部、一学年500人はいるのに、すごい確率だよね」
「本当、そうなんです。大貴も高校が近所だったみたいだから、最初から親近感があって」
「なるほどね〜。そりゃ仲良くなるよね。羨ましいなぁ!」
その後も、玲香やカレンについて少し話して。“よじかんめ”についての話が多少キリ良くなった所で、私達はお店を出た。私がお誘いしたのに、杏南さんが支払って下さって。次のカフェではお支払いさせて下さい! と言って、近くのお洒落なカフェを探す。
「ゆったりできる所がいいな。低めのソファなんかあったらもっと素敵……」
「のんちゃんって、探し物してると独り言出ちゃうのね」
「あっ……!! うぅ……」
一人暮らしと悠馬くんとの会話に慣れたせいなのか、たまにこうして独り言が出てしまう。それを憧れの先輩に感づかれたことが猛烈に恥ずかしくて身悶える。
「可愛いからいいじゃ〜ん。あと、そういうカフェなら私知ってる。歩いて10分くらいだと思うから、行こ! それに今日はのんちゃんを励ます意味もあるし、お代は全て私で」
「いやそれはさすがに! 次こそは私が!」
「え〜それなら行かないよ〜? 行きたいなら今日は私に奢らせて!」
「はぃ……いつもすみません……」
「可愛い後輩のために使わないと、死に金になっちゃうもん」
困った時でもさらりとエスコートしてくれる杏南さんに本日N回目の胸キュンをして、同時に時々脳裏をかすめる悠馬くんへの申し訳なさが募る。
さすがに悠馬くんが視える話は、杏南さんにはしていない。信じてもらえることではないだろうし、もし信じてもらえたとして、あまり目立ちたくない悠馬くんに迷惑をかけちゃうから。
あぁ悠馬くん、本当にごめん。あそこまで怒らせるつもりはなかったの。
ワンチャンスと思って悠馬くんのことを強く念じてみたけれど、彼の“気”が出現することはなかった。まぁ、杏南さんと一緒だから当たり前か。
ひんやりとした風に当たりながら、2人で道を歩いていく。5分ほど歩くと街灯が減って、住宅街のような街並みに変わってきた。
「ここだよ、のんちゃん」
「わ、素敵なお店」
「へへっ、でしょ?」
中にいたお客さんは1組だけで、私達は一番奥のソファ席に通された。キャメル色のソファに腰掛けると、程良く体がふにゃんと沈んで心地良い。そして隣に腰掛け、クリーム色のクッションを抱き抱えた杏南さんの破壊力がすごい。
「すっごい居心地良いですね、ここ」
「そうでしょ? ここ、私が受験生だった時に息抜きで来てたカフェなの」
「そうだったんですね!」
会話を乱さない程度のジャズミュージック。単語カードのような作りをしたお手製のメニューブックには、丸みを帯びた文字で飲み物の名前が書かれている。
「杏南さん、おすすめってありますか?」
「そうねぇ。じゃあ、同じの頼もうか」
「はいっ!」
ゆったりとやって来た黒髭のマスター的な人に、杏南さんは「ジンジャーハニーラテ2つで」と言った。「かしこまりました」と言って、彼はまたゆったりと去って行く。
「で、話の続き聞かせて」
「今日、私ばっかり喋っちゃってますね」
「そんなの気にしなくて良いの! ほら、私も少しでものんちゃんの力になれればなって、思ってるから」
「ありがとうございますぅ……!」
パスタ店で“よじかんめ”のことは大体話したので、今度は聖那さんについて。すごく明るくて綺麗なキャバ嬢さんだけど、恋バナが豊富すぎてとっても面白い、ってことを話した。
「お隣さん美人なのいいなぁ! もうそこ、顔面偏差値高すぎマンションでしょ」
「もし杏南さんが住んでたら、大変なことになってましたよ」
「もうのんちゃんがいる時点で大変よ」
聖那さんと杏南さんが住んでたら、それだけでマンションの価値が上がりそうと思った所でジンジャーハニーラテがやって来た。
「うわ、可愛い」
「へぇ〜、今日はお花なのね」
「いつも違うんですか?」
「うん。ニコちゃんマークの日もあったよ確か」
ローテーブルにコトンと置かれた2つのカップには、いくつかのハートが繋がってできたお花が浮かんでいた。繊細なラテアートで、飲むのがもったいないくらい。
早速杏南さんのと並べて写真を撮って、また自撮りもして。手先にじんわり広がる熱と一緒に一口飲むと、生姜がふわぁっと全身を駆け巡って、最後に蜂蜜とコーヒーで甘苦く締め括られる。甘すぎず辛すぎず、絶妙にさっぱりした後味。
「美味しい」
「良かった。多分マスターも喜んでるよ」
「高校生の時から変わらない味ですか?」
「そうね。でも、合格決まった直後に飲んだジンジャーハニーは格別だったな」
「それは絶対美味しいですね」
コップを持ったまま、はぁ、と笑顔でひと息ついた杏南さんは私に向き直った。
「聞いてて思ったけど、のんちゃんの周りは明るくて楽しくて、美男美女ばっかりだね」
「はい。ラッキーなことに、良い人達に恵まれてて。でも……」
「でも?」
「あ……でも、今同期の方はちょっとギクシャクしてて……」
「そうなの?」
会長による活動休止事件を伝えると、杏南さんの顔が曇ってしまった。伏し目がちになった目元に乗っているアイシャドウは控えめなのに、ラメが杏南さんを妙に色っぽく見せている。
「それは残念ね……理由が、知恵の輪並みの痴情のもつれなのも残念……」
「そうなんです。でもこればかりはどうしようもないというか」
「のんちゃんを狙ってる子も、いるんじゃないの?」
「へっ?」
「何、自分は関係ないみたいな顔してるのよ。絶対のんちゃんのこと好きな子だってその中にいるでしょう? 1人や2人や3人くらい」
「えーっ……」
私のこと好きな人…………。
言葉にこそしないけど、多分好きでいてくれてるのかな? って人は1人……
って、何考えてるの私! 高校生の時の気持ちが今も変わらずあるかもなんて、どんな思い上がりしてるのよ。私だってあの間にアメリカ行って、帰国して陸と付き合って別れて、人間関係が色々と変わったのに。
でも、私もこの活動休止の原因の1人……?
どう責任取れば良いんだろう。
「その顔、1人くらいは心当たりありそうな顔してるね。さてはお家に呼んだ同期かな?」
「えっ……へっ」
「のんちゃんって、意外と分かりやすいのね。ふふっ」
杏南さん、鋭い……。もうこの時点で、京汰くんか会長に絞られちゃってるじゃない。
「そっ、そろそろ出ましょうか。遅くなって来たし。杏南さん明日1限ですもんね」
「あぁ、うん。ラストオーダーも近いから出ようか」
そう言うと杏南さんは素早く身支度をしてレジへと向かっていく。スマートなお支払いまでできて、カッコ良すぎる。
さっきのマスターが「いいの?」と杏南さんに聞くと、彼女は「今はいい」と言ってお会計を済ませていた。
「杏南さん、今日はごちそうさまでした。ありがとうございます。あの、さっきの『今はいい』って……?」
杏南さんは虚をつかれたような顔をした。常連さんとマスターの会話を無理やり拾っちゃったかな、私。
「え? あぁ、あれね。ポイント溜まってたんだけど、使うのは次回でもいっかなって」
「あぁ、なるほど」
杏南さんの家はここから程近いので、少しだけ一緒に歩いて別れた。
楽しい時間はあっという間。1人になれば、家の惨状を思い出してまた気持ちが塞いでしまう。
「はぁ……」
「あれ、華音?」
「えっ?」
驚いて顔を上げれば、視線の先にはかきあげロングのハーフ美女。
声の主は諸星カレンだった。
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