#55 杏南さんにキュンです【篠塚華音】
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先輩との待ち合わせだから、いつもよりもっと早い10分前行動を心がけていたんだけど、何と杏南さんの方が先着だった。慌てた私は、お気に入りのショートブーツで小走りになる。
「杏南さん、お疲れ様です! 誘って頂いた身なのに、遅くなってすみません!」
「のんちゃんお疲れ〜! 私が早く来ちゃっただけだから気にしないで。サークルじゃないんだし、もっとラフでも良いのに」
「すみません、なんかいつまでもこの感じ、抜けなくて……」
「ふふっ、いいよ。そこがのんちゃんの可愛い所」
「そっ、そうですか……」
グレンチェックのチェスターコートからわずかに伸びる、ほっそいスキニーの足。そこにくすみピンクのパンプスで、さらに足元が映えてる。ボブからミディアムに差し掛かりそうな長さのこげ茶の髪を簡単に1つで後ろにまとめてるんだけど、触覚と後れ毛はしっかりコテで巻いていて、こなれ感を適度に出してる。耳にはシルバーのイヤーカフ。色白のブルーベース肌をしっかり活かしたコーディネート。
いやぁ杏南さん、プライベートのお姿も本当に美しい……! 素敵……!!
バスケ中のカールが取れちゃった髪からもふんわり甘い匂いがするし、練習中は良い意味でおしゃれに気を遣ってないというか。男子の目線なんてお構いなしのスタイルなのに、それが逆に男子を引き寄せちゃってるっていう。ほぼすっぴんでも十分お美しいし。私なんて、練習中も自信がなくて眉毛描いて前髪下ろしてるのに。杏南さんはオールバックで眉毛描いてないのに、元々眉が濃いから様になってるの。本当に羨ましい。
でも今日はプライベートだからか、眉もワントーン明るくなってて、前髪をふんわりと下ろしてる。重ための前髪の量なのに、下ろし方1つでエアリーになるのが不思議。
……って、私杏南さんのファッションガン見しすぎじゃない?!
「のんちゃん、どした?」
「あ、や、何でもないですっ! 杏南さん綺麗すぎて、つい……!」
あれ、何私口走ってるんだろ?
「やだぁ〜もう、照れちゃうじゃない。のんちゃんに会うから慌ててメイク直ししたのよ」
「いやもう、メイク以前にお姿が綺麗……」
「それはこっちのセリフ。そのショートブーツすっごい可愛いし、格子柄のスカートもおしゃれ」
「て、照れますね……」
「お腹空いたでしょ? それに寒いから行こ。予約取ってくれてありがとね」
ひやぁ……そんな間近に迫って来ないでください……心臓破れそうです……。
杏南さんとご飯は何回か行ったことあるけど、大抵は他の人も一緒だし、マンツーマンでも大体練習終わりの通称アフターが多め。しっかり約束しておめかしして2人きりなんてのは初めてで、すっっっごく緊張する。私が男の子だったら、もう恥を捨てて告白してると思う。
早速予約していた話題のパスタ店に着いて、私はカルボナーラ、杏南さんはきのこのクリームパスタを注文。どっちも目玉商品の一部みたい。それから前菜で鮮魚のカルパッチョをシェア。本当はフリットと生ハムも候補にあったんだけど、食後のデザート用にお腹を空けておくことにした。ここのパスタ、かなりボリュームあるみたいなんだよね。
「さすがインフルエンサーがこぞってSNSにあげるだけあるね。美味しいし、見せ方も凝ってる」
「内装も秘密基地みたいですよね」
「ここでのんちゃんを撮ったら、もっと映えそう」
「いやいやいや! 杏南さんですよここはっ」
「私はね、のんちゃんとカルボナーラを撮りたいのよ」
「杏南さんが一緒に写ってくれるなら、いいですよ?」
その瞬間、お店の空気が少し変わった。色めきだった、という感じ。
本当、杏南さんは気づいてないんだか天然なんだか……。
男女問わず、道行く人も店の中の人達も杏南さんに釘付け。このテーブルでも、度々視線を感じる。……あ、この視線っていうのは、本当の人間の視線のことね。
杏南さんはSNSをやってるけど、鍵アカウント。もし全体公開なんかにしたら、あっという間にフォロワーが1万人くらい行っちゃうかもしれない。
私の周りにいる人って、みんな誰かを引き寄せたり、無意識に笑顔にしちゃったりする人なんだよね。杏南さんもこれだけ容姿端麗なのに嫌味のない人で、同性の後輩から慕われて同性の先輩にも可愛がられてる。
“よじかんめ”だってそう。カレンも日英西喋れるトライリンガルなのに一切鼻にかけないし、スペイン語の分からない所を他の友達に丁寧に教えてる所を見たことがある。玲香はたまに口悪いけど、そこが親しみやすさを生んでるし。巧も大貴も会長も、京汰くんもみんなガツガツし過ぎないのに、輪の中にいる。
そして、悠馬くんもそう。
彼だって人間だったら、もっともっと人気者になってたと思う。気遣いができて、優しくて素敵な男の子なんだ。
なのに私、つい——
「のんちゃん、パスタ来たよ!」
「あ、はい! 撮りましょ写真」
憧れの杏南さんと2人でセルフィー。美白フィルター越しの杏南さんはもはや人間離れした美しさで、思わず絶句してしまう。
「後でのんちゃんに送るね。あったかいうちに食べよ!」
「はい!」
濃厚な卵に、ペッパーの程良い味付け。何種類ものチーズが私を「美味しい」沼に沈めていく。
杏南さんもそれは同じだったようで、「きのこクリームの沼……」と呟いていた。あぁ、可愛い……。
「で、お家のこと、大変だったよね」
杏南さんの声で現実に戻ってきた。
そうだそうだ。私、家にいるのが怖くて外食してるんだった。
「はい……見当がつかないのが、さらに怖さを増すといいますか……」
「そうだよね。のんちゃんって、大学から一人暮らしだよね? 今までにお友達、家にあげたことあるの?」
「あ、滅多にないんですけど……同期の友達2人と、お隣さんだけはありますね。あ、あともう1人同期……ほぼ玄関先だけど」
潰れた玲香と、玄関先で対応した会長。それから京汰くんと聖那さん。それだけ。元彼の陸は結局、家にあげずじまいだった。本当はちょっぴり、お家デートも憧れてたんだけど……。この前、京汰くんとそれっぽいことできて、少し嬉しかったのは内緒。
「あれ、彼氏は?」
「あれ、言ってませんでしたっけ……? 結構前に別れちゃったんです。別れる前からちょっとゴタゴタしてたし、結局家には呼ばずじまいで」
「あ、そうだそうだ。そっかぁ、お家デートなかったのかぁ。ってか同期ってサークルの?」
「いや、違います。必修のクラスが同じだったり、その友達の友達だったりが集まったグループみたいなのがあって」
「えーっ、何それ! 必修のメンツと仲良いんだぁ〜! 楽しそう。私今、必修のメンツで仲良くしてるのなんて女子1人だけだもん。どうして仲良くなったの?」
それを話すには、京汰くんとの出会いから話す必要があるかも。
「ちょっと長くなるんですけど……」
「お、全然いいよ。何ならこの後デザート食べて、カフェもはしごしちゃおうよ。今日は家にいる時間、少ない方がいいんじゃない?」
「そ、そうですね! そうします!」
やった。杏南さんをこれだけ独り占めできるなんて、私幸せ者だなぁ。
顔を見合わせて笑った私達のお皿は、綺麗に空っぽになっていた。
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