#54 タッグ再結成

「やっと終わったぁ」


 長く長く感じたバイトが終わり、夜風と共に言葉を吐き出す。

 業務終了後もまた、店主に「黙ってろ」発言を注意されてしまった。隣でリュウさんは少し笑いながら、「ごめんね」と手を合わせるジェスチャー。もっと反省しやがれこの野郎、と心の中で毒づいたことはオフレコにしておこう。


<お疲れ様、ふんっ>

「うわぁっつ?!」


 いやだから何でこいついんの。絶賛へそ曲がりキャンペーン中じゃなかったの。

 1人で叫んでしまったが、幸い周りに人はいなくてホッとした。ここからは意思だけで喋るマナーモードに変えなくては。


<一応来てあげたんだけど>

(そういう言い方なら来なくていいのに、ってかお前が急に話すせいで、つい黙ってろって出ちゃったじゃんかよ)

<それはごめんねってば>


 ここで、俺は歩みを進めていた足をふと止めた。


 あら? 何かがおかしいぞ……?


<ん、京汰?>


 ほら。おかしいって!


(悠馬。お前いつから語尾が普通になったんだ?)


 すると悠馬の“気”が分かりやすく硬直し始めた。


<あっ……ふんっ!>

(今更遅いだろ……)


 悠馬の『ふんっ』モード解除が嬉しいようなちょっとおかしいような気もしつつ、俺は再び家へと歩き始める。悠馬もタタタっとついてきた。


<ぼ、僕だってずっと京汰と冷戦状態を続けるのは疲れるんだよ>

(その割には結構徹底してたような気もするんだが)

<頑張ってたんだって>

(ふ〜ん)


 でも悠馬だってバカじゃない。きっと彼が語尾を外したのは事故ではなく、意図的だろう。何か目的があるはずだ。


(なんで冷戦を解除したんだ?)

<それはね、僕が怒っているからだよ>

(怒ってるままなら別に解除しなくても……)

<僕はね、京汰への怒りはもう冷めてるんだ>


 どういうことだ?

 悠馬は誰に怒ってるんだろう。


<僕はね、華音ちゃんに怒ってるんだ!>


「…………はぁ?!」


 家の玄関先まで帰ってきた所で、俺はまた素っ頓狂な声をあげてしまう。すると隣の鈴木さん家の電気がパッと明るくなったので、俺はすぐに口を閉じた。もうおばあさんは寝ていてもおかしくない時間だから、今ので起こしてしまったのかもしれない。申し訳なさすぎる……。ごめんなさい、鈴木さん。

 静かに鍵を開けて2人で部屋に入り、俺は悠馬とのコミュニケーションマナーモードを早速解除した。さすがに大声は控えないといけないけどね。


「なっ、なんで悠馬が華音に怒ってるんだよ?」

『それは、華音ちゃんまで僕のこと犯人扱いしたから……』


 そう呟く悠馬の声は寂しそう。怒りたくないけど怒ってる、そんな感じ。


「ってかお前、華音といつ会ってたの?」

『京汰がバイトしてる時。今日僕、途中から京汰のとこ来たんだもん』

「いつの間に……っ!」


 何だよ悠馬。俺が華音の所行く時には事前報告したのに、悠馬はしないのか?

 そういえば、旅行した時も俺に黙って華音と色々——


 まぁこれを言い出しても仕方ない。別に華音は俺のもんじゃないし、悠馬と同居してるからといって、彼の行動を把握しなきゃいけないわけでもない。


『僕は自分から行ったんじゃないよ。華音ちゃんの意識に僕が強く浮かんでるのが分かったから、呼ばれて行った、に近い』

「意識に強く浮かぶ、って?」

『ほら、華音ちゃんの家、また酷くなってたんでしょ? それであの子、そんなことができるのは人外のモノなんじゃないかって結論にたどり着いててさ。そうなると、華音ちゃんと知り合いのバケモンなんて僕だけなんだから、僕が容疑者になっちゃってたわけ』


 なるほどな、と少し同情もした瞬間、俺は大事なことを思い出す。


「あっ! 華音のLINE、返さないと……」


 物が落下しまくった写真が送られていたのに、バイト前だったのでまともな返事をしてあげられなかったのだ。今からでも返信してあげないと。

 スマホを取り出すと、新たな通知が来ていた。


「あれ、華音からだ」


『京汰くん、さっきは急にごめんね』

『あの後、サークルの先輩とご飯に行って、ちょっと気分が落ち着いてきたの』

『だからまた何かあったら連絡しちゃうかもしれないけど、とりあえず今日の所は大丈夫! 忙しい時に連絡しちゃってごめんね』

『バイトお疲れ様。またね』


 受信時間は40分ほど前。今日の所は逆に返信しない方が良いのかもしれない。悩んだ結果、『了解』のスタンプだけ押してスマホを机に置いた。


『京汰。とにかく、僕はやってないんだよ』

「あぁ。それはちゃんと信じるよ。カイさんとリュウさんのとこだけだろ?」

『うん……』

「でもな、華音だって悠馬を疑いたくはなかったはずだ」

『そうだけど……でも……好きな人に疑われるって、悔しいじゃん……』

「まぁな……」


 姿を現した悠馬は見るからに萎れていて、痛々しかった。仕方なく、俺は悠馬の肩を抱く。

 すると何ということだろう、彼は俺にもたれかかってきた。さらに……悠馬の両腕が俺の腰に伸びてきている!!!


「なっ……」

『京汰にも怒ってたら、僕ひとりぼっちになっちゃうじゃん?! それってさ、すっごく悲しいじゃん?! こうやって慰めてもらえないじゃん?!』

「お、おぅ……」


 そして悠馬は俺をギュッと抱きしめ、俺の肩に乗せようとしても届かなかった頭をこちらに向けた。

 そっ、そんなキュルキュルな瞳で見つめられても……!!


『だから、京汰とは冷戦解除。僕の冤罪を一緒に晴らしてっ!』

「はっ……はい」

『これは! 式神命令っ! 返事はしっかりと!』

「はぁぁいっ!」


 こうして俺達は再び、タッグを組むことになったのだが……。


『じゃ、そゆことでよろしく』


 何事もなかったかのように、さっきまでキュルキュルだった瞳をしっかり乾燥させて俺からスーッと離れていく悠馬。


 あぁ、窮地に陥った悠馬可愛いかも、なんて思っていた自分を殴りたい。

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