#53 ポテサラ事件

・・・・・・・・・

 今日のバイトは、ちょっとだけ大変だった。珍しく、リュウさんがやらかした。

 常連さんの「いつもの」を間違えちゃったのだ。しかもその常連さんが、結構口うるさい人で。


「リュウくん! もう長くここで働いてるよね?! 何痛恨のミスしてんの、とんでもねえミスだぞこれはっ!!」

「す、すみませ」

「俺の『いつもの』はマカロニサラダ! わざわざポテサラ持ってくるなんて、もうどうかしてんだろ。お前酔ってんのか? ん?」


 声の主は、週に3回は1人でふらりとやってくる、テツやんさん。最後の「ん?」は、それこそテツやんさんに酒が多少入っていたせいで、凄みを増していた。いつもは俺以上におちゃらけキャラのリュウさんでさえ、ついに何も言えず固まるという緊急事態。


「いやぁごめんねテツやん。本当に、リュウにとっても珍しいミスだから。この件は俺が責任持って謝る。秒でマカロニサラダ出すから許してくれよ」


 ここぞという時には盾になってくれる店主。何だかんだで熱い血が通っている人で、隣家の鈴木さんも店主の父親を見る目はしっかりしていたんだなぁ、なんてしみじみ感じていたわけである。しかし……。


「謝罪なんていいんだよ。問題は、マカロニサラダとポテサラは全然違うもんなのに、何で出した? って、そこなんだよ要は。……なぁお前」

「へっ?」


 テツやんさんが指さしたのは、リュウさんでも店主でもなく俺だった。


「その、きょーちゃん? でいいんだっけ」

「へっ?! は、はい」


 俺も常連さんには、リュウさん達と同じように、きょーちゃんと呼ばれるようになってしまっているのである。いつもは何だか仲間と認められたようで嬉しいが、今は背筋の凍る思いしかしない。


「あんたさ、カレーとハヤシ間違えるか? グラタンとドリア間違えるか? え?」

「あ、や、えっと」


 絶対間違えます。疲れてたら500%間違えます、はい。

 ……と、言えるはずもねえ。そんなん言ったら俺までボコられる!


「え、えーっと」

「ん? 間違えねえよな? だって根本的に違うんだから。マカロニとポテサラは、それと同じ次元のミスなんだよ! 致命的なの致命的! ち・め・い・て・き!」


<いやぁちょっと分からん>


 いや待て待て待て。がそれを言う場面じゃねえだろ今。


「……お前は黙ってろぉぉ!」


 よーし言ってやった。


 ……って、ん?


 なんか、リュウさんと店主の顔が険しくなったけど、何これ? ってか、テツやんさんの顔が真っ赤になってきてるんだけど、これはどういう……?


「はぁ??!! 客に向かって何だその口の聞き方は! 黙れ小童こわっぱぁぁぁっっっ!!」


 ……えーと、俺もしかして、今すっげぇやっべぇことしちゃった感じ??


「うっ、うわぁぁぁぁっ?!」


 テツやんさんが俺に掴みかかろうとしたのを、店主が必死に止めて、何とかことなきを得た。今日はお会計免除で帰ってもらった形だ。


 てか何で悠馬がいるわけ?! あんだけ拗ねてたのに?!

 悠馬だけに黙れと言おうとしたつもりが、になってしまっていたようだ。

 その後、店主にはキツめのお叱りを受けた。まぁ当然である。

 だが、リュウさんの目はなぜかキラキラと光っていた。そして俺の背中をパシパシと叩く。


「きょーちゃん! さっきのすっごいよ、あの元ヤンで有名なテツやんさん相手に『黙ってろ』はもう、とんでもねぇ破壊力!! 超イケメンだった! 俺のこと守ってくれたんだよね? ね? もう惚れちゃうわぁ」


 待って、テツやんさんって元ヤンなの? 俺次回確実にシメられるじゃん。

 どうやら、俺はリュウさんの心の内を代弁したヒーローということになっているようだ……。いや、本当はあんたの家でイタズラしていた式神に放った一言なんだけど……。まぁ感謝されるような誤解なら解かなくてもいいか、と思い直し、曖昧な笑顔で受け流す。


「今日さ、疲れてたのよ」

「まぁ、リュウさんらしくないミスだな、とは思いましたよ俺も」

「カイの野郎が、何かグラマラスな女の子に肩入れしてるってのを風の噂で聞いちゃってさ」

「なっ」


 ちなみに今日、カイさんは発熱で急遽休み。リュウさんとカイさんは別々の寝室なので、うつる心配は低いようだ。

 ってか、グラマラスな女の子って、聖那さんじゃ……? とほぼ確信した俺は、勢い余って洗い物を落としそうになる。


「ん? きょーちゃん?」


 あ、やべぇ。俺も知ってるって勘付かれたのかな?


「きょーちゃんも動揺するよなぁ、そりゃ。俺だってそんな女の子と仲良くなりたいし。なんか、カイに負けた気しないか?」

「んー、まぁー、うん」


 思ったよりこの人鈍感だったわ。


「カイが治ったら、その女の子が誰なのか、一緒に吐かせようぜ!」

「え、あ、はい」

「反応薄いなぁー。緊張してんの?」

「いやそんなことは」


 待てよリュウさん。

 あんた、つい20分前にテツやんさんのオーダーの“致命的”ミスしたの忘れてねえか。

 少しくらい凹めよ……俺の「黙ってろ」発言で命拾いしたんだろおめぇ……。


「おーいリュウ。3番テーブル」

「はいっ」


 店主の声で、リュウさんは厨房を飛び出す。


「お待たせしましたぁっ、ポテトサラダでぇす」


 違う客に、笑顔でポテサラを出せるこの人は、鋼のメンタルなのかもしれない。

 早くバイト終わんねぇかな……。

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