#52 真相を教えて【篠塚華音】

・・・・・・・・・

 怖い。とにかく怖い。


「何これ……」


 棚の上の物だけが、綺麗に床に落下。ただ、それ以外は荒らされた形跡など1つもなかった。地震が来たわけでもないし、窓も割れてない。鍵もしっかりかかっていた。単なる天災とか、軽犯罪? ではなさそうだけど……それが余計にリアルな怖さを増やしている。


 とりあえず京汰くんに連絡してみたけど、返信は『悪い。一緒に原因とか考えたいんだけど、これからバイトで返事遅くなる』とだけ。残念だけど、仕方ないや。最近は仕事量も結構増えてきているようで、カイさんリュウさん? って先輩にも頼られてるみたいだし。


 ……それにしても一体誰が、何のためにこんなこと。


 色々考えてみたけど、考えれば考えるほど“完全犯罪”に近い気がした。盗まれた物は何もない。マスターキーを持っている管理人さん? とも思ったけれど、動機がさっぱり分からないし、無断は流石に不法侵入よね? 家賃払ってるもん。お父さんのお給料からだけど。

 もしかしてこれ、人間じゃないんじゃないの?


 …………え、



 それって——



『何で華音ちゃんまで?! ふんっ!』

「?!」


 人間、本気でびっくりすると声が出なくなる。声帯ごと抜かれてしまったみたい。飛び上がった体を押さえて、大きく息をついて、私はもう一度正面を向き直した。


 ……うん、やっぱり紛れもなく悠馬くん。式神くんであってもこれって、立派な不法侵入よね?


「ゆ、悠馬くん、どうして」

『だって華音ちゃんまで僕を疑ったじゃんか。そりゃ怒って出て来ちゃうよ、ふんっ』

「う、疑ったわけでは……」

『華音ちゃんの知ってる人間以外のモノなんてきっと僕しかいないじゃん! もう知らない! ふんっ!』

「ちょ、まっ、ゆ、悠馬くん?!」


 ナチュラルに不法侵入して、私に弁解の余地も与えないまま消え去った悠馬くん。相当お怒りなんだろうか……。

 でも仕方ないじゃない。人間にはできない完全犯罪も、人間じゃないモノならできそう、って誰でも一瞬は思っちゃうよ。それを私の言い分も聞かずに勝手に……いつもの悠馬君じゃない。ひどい。というかこれが悠馬くんの仕業じゃないなら、一体何なのか本当に教えて欲しい。



 この分だと、しばらく家空けるの怖いな……。

 バイトを早上がりにして、サークルに出るのはちょっと控えようか。サークルで最も仲良くしてもらってる先輩・杏南さんに相談してみたい気もするけど、どんな反応されるか分からなくて躊躇ってしまう。


 うーん、でもなぁ。


 京汰くんの返事、待つまで長く感じちゃうし。杏南さんにちらっと聞いてみる、っていうのもありかな。


 床に散乱したままのコスメやヘアアクセサリーの中にへなへなと座り込んで、スマホのディスプレイをオンにした。杏南さんのアカウントだから、“anna”……っと。


『杏南さん、お疲れ様です』


『実は、ちょっと相談(?)がありまして……。帰宅したら、棚の上の物だけが全部落っこって散乱していたんです。地震もなかったし、鍵はしっかりかかってて、他の所が荒らされた形跡が一切なくて。こんなことって、普通ありますかね……? 犯人として考えられるものってないかな、というのをお聞きしたくて』


 ふう、これで伝わるかな?

 言葉だけだと不安だったから、ついでに写真も撮って送っておいた。

 複数の人に送ったことで、少し心が落ち着いてきたかもしれない。1つ息を吐いて、落下したものを全て元通りに戻していった。

 と、ちょうど終わった所でバイブが鳴った。もしかして、京汰くん休憩に入れたかな?


『のんちゃんお疲れ!』


『わ、何それ。すっごい悪質じゃない? びっくりした。大丈夫?』


『あと、こんなこと言うのもアレだけど……心霊現象、とかじゃなくて?』


 杏南さんだった。京汰くんじゃないか、と思いつつも、こんなに早く返信してくれたことが、今はすごくありがたい。

 心霊現象、なのかな……? 京汰くんが泊まってくれた時は、そういうのは視えないって言ってたけど……。

 もしかして、今いるとか? でもそれなら私を襲ってもいいはずか。なんて、割と物騒なことを冷静に思えるくらいには、落ち着いていたみたい。

 まぁつまり、ここに今心霊がいるとは、あまり思えないな。


『多分心霊ではないかな? とは思うんですけど、そう思えばさらに分からなくなるんですよね……』


『大家さんとか? でもそれはそれでめっちゃ気味悪いよね、理由も分からないし』


『そうなんです……すみません、どうしようもない話してしまって!』


『全然! 話聞いてもらわないと、怖くてどうしようもない時ってあるもんね』


 即レス……しかも気持ちを汲み取ってくれる……なんて優しい先輩なの……。

 感激していたら、また通知が来た。


『もし良かったら、今晩どっかご飯行かない? 1人で家、落ち着かないだろうし』


「ええええっ! 女神っ!」


 思わず声が出ちゃったよ。行かないわけないじゃない。


『いいんですか?! ぜひ行きたいです!』


『OK! 何食べたい? 今梅沢いるから、割とどこにでも出れるけど』


『では、この前オープンしたパスタのお店どうですか?』


『いいねいいね!』


『じゃあ30分後に予約入れますね』


 やった! 何のパスタ食べようかな。オードブル盛り合わせも美味しいって、SNSに書いてあったな。とびきりおしゃれな杏南さんとのご飯だから、ちょっと着替えなくちゃ。

 一気に気持ちが晴れやかになってきた。杏南さん、ありがとうございます。



 杏南さんと会ってる間、どうか何事もありませんように。

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