#47 何を聞かされてるんだろう【永山大貴】

・・・・・・・・・

 授業の中間レポートをパソコンでカタカタと書いていたら、急にLINEが飛んできた。スマホのアカウントをパソコンにも同期させているから、レポートの作成画面の右端からシュポっと通知が飛んできて、思わず声を上げていた。


「わっ」


 いつもなら既読は遅い方だけど、送り主を見た途端、びっくりして既読をつけてしまう。それがいつもの“よじかんめ”のグループLINEではなく、個人チャットであったことに気づいた頃にはもう遅く、俺はリアルタイムでのやりとりを選んだ。


『大貴、聞きたいことがあるんだけど』

『どうした?』

『自分の好きな人に好きな人がいて、「告白したけど返事をもらえてないんだ」ってその人から打ち明けられた時って、どんな反応をするのがベストなんだろう』


 どういうことだろう。なんでそんなこと、急に。

 でも俺はとりあえず少し考えて、答えを送る。


『何も喋れないよな、多分』

『だよね』


 うん、喋れないと思うよ。

 それがどうしたっていうんだろう。

 この後どう返信したら良いのか分からず、とりあえずLINEを閉じてレポート作成を再開する。だけど何文字か打ち込んだ頃、また画面の右端からシュポっと通知が飛んできて、俺は再び「わっ」と声を上げる。


『私、そのまま来た電車に飛び乗って帰ってきちゃった』


 この時初めて、俺の思考がフリーズした。

 最初はただの世間話みたいなもんだと思ってたのに、どうやら様子が違う。

 これって、もしかして……。


 ? カレンの好きな人に好きな人がいた?


「……俺は何を聞かされてるんだ」


 急に怖くなった。

 パソコンの中で生まれる言葉の羅列が、現実だと思いたくない。スマホよりも大きな画面で映し出されるその文字に、俺は圧倒されそうになる。

 でも俺は何か、ちゃんと彼女に分かるようなアクションを起こしてきたか?


 ——それに対する答えは、NOだ。

 カレンに俺の気持ちは、気づかれていないのだろう。


 その後、彼女からのLINEはふっつりとなくなった。もしかしたら俺の返信を待ってるのかもしれないが、もう文字が入ってこないし、返信する内容も全く思い浮かばない。

 パソコン上のレポートも、何となく文章を書いてみたものの日本語が通じていない気がして、どう書いて良いか分からなくなってしまった。一旦上書き保存を押して、画面を閉じる。





 一目惚れした。喜ぶ顔を見てみたくて、すぐに「可愛いね」と言った。タコパの時に2人で買い出しに出かけた。その時に飯に誘ったけれど、手応えなし。夏に頑張ろうとしたけれど、なんだかんだで文化祭実行委員会の仕事に追われて進展はないままだった。


 そういえば、委員会が同じ巧と時折話をしたっけ。「この前カレンと飯行ったんだよね」って話を聞いた気がする。同じ授業を取っているから、テスト前に勉強がてら飯に行ったとか何とか。だけど不思議と焦りを感じることはなく、「そうなんだ。いいね」くらいの返しをいつもしていた。


 なぜか、心のどこかで「巧とカレンが恋仲になることはないはずだ」って根拠のない確信を持っていた。パンフレット作成担当の俺は、当日警備担当の巧より先に忙しくなっていた。もしかして、その間にカレンは巧のことを——

 でももしそれが本当なら、果たして巧は誰を——





 ベッドの上のスマホが長く震え出した。


 思ったより近距離で振動を感じて、いつの間にかベッドに移動していたことを知る。

 どうやら、そのままパソコンをスリープさせ、俺はベッドに寝っ転がっていたようだ。何もかも嫌になって、体ごと投げ出したのだろうか。


 発信元は諸星カレン。どうしても俺の反応が欲しいんだろうか。きっとカレンも心がぐちゃぐちゃなんだろう。好きな人に好きな人がいた。それはきっと辛い。全身が捻れてしまいそうなくらいに、辛いだろう。自分という存在をふっつりと消したくなってしまうくらいには、辛いだろう。


 今なら、そんな気持ちもよく分かる。


 だって、今のカレンの状況は、まさしく俺の状況なんだから。


 俺の好きな人に好きな人がいた。そのせいで、レポートさえもままならない。椅子に座って姿勢を保つことすら、難しい。


 カレンも、ぐちゃぐちゃな感情にケリをつけたいんだろうか。寂しさを埋めたいんだろうか。

 そうしたい気持ちはよく分かる。でもな、カレン、これは絶対にしちゃいけないことだよ。


「今俺に電話するって、自殺行為だっつーの」


 俺の心の方が潰れそうだ。


 ヴー、ヴー、ヴー、ヴー。


 マナーモードでさえも煩わしい。こんな状況じゃなかったら、喜んで緑の通話ボタンを押すのに。



 思ったより長く震え続けるスマホを、他人の物のように眺めることしかできなかった。

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