#48 招かれざる客

・・・・・・・・・

「おーい京汰!」

「ん?…………はぁ?! 誰お前?!」


 悠馬を華音のポルターガイスト事件の犯人だと疑い、怒らせた翌日のこと。


 彼は現在の主人である俺、つまり藤井京汰様を起こさず朝飯も作らない、という職務放棄、いわゆるストライキを実施している。そんなに怒る案件かこれ……と思いつつ、ちゃっかり寝坊した俺は仕方なくヨーグルトだけかき込んでキャンパスまで急ぎ、何とか3時間目の授業、すなわち必修基礎教養にスライディングしたのである。1分の遅刻も許さないくせに授業計画がズタズタの教授は、俺をギリギリセーフにしてくれたようだった。


 そして授業が終わり、心なしか元気のない大貴と会長といつも以上に静かな華音と学食に向かっていたら、懐かしい声、というかここで聞くべきじゃない声が聞こえてきたのである。


 そう、その正体は……


「誰ってひどくね? 城田くんだろ、どっからどーみても」

「確かにお前何も変わってねえな。ってか城田、お前何やってんだこんなとこで。部外者お断りだぞ」

「大学は誰でも入れるじゃーん。姉貴がパソコン忘れたっつーからさ、本日全休の俺が届けてあげたわけですよ」

「あ、お前の姉ちゃんここか、大学」

「そうよーん。そんで、もしかしたら京汰いんじゃね? って思って社会学部の建物周辺を徘徊してたら〜なんと! お前を見つけたってわけ」

「よく通報されなかったな」


 声の主は城田であった。高校3年間クラスが同じという腐れ縁で、テニスと女子に目がない単細胞な奴である。まぁこいつが高校では最も仲の良い奴だったから、俺も同レベルの単細胞である可能性は否めない。こいつほどではないと思うけど。

 悠馬からは暗にテニスバカという呼称を賜っていた城田だが、俺の大学のライバル校と言われる有名私大に難なく合格するくらいには、実は努力できちゃう奴でもある。まぁその動機が「入学して広告研究会に入ってミスコンの運営に携わり、美女と懇意になりたい」という極めて不純なものであることはオフレコにしておこう。そして俺と同じ大学を受験しなかった理由が「京汰の志望校にはミスコンねえからつまんねえじゃん」だったことも併せてオフレコにしておこう。


 途端に城田の瞳が輝きを増す。


「っておい京汰、そこにいる麗しい女性は……もしかしなくても篠塚華音様じゃないか?」

「お、よく分かったな。学部も必修クラスもたまたま一緒だったんだ」

「京汰……己……そんな奇跡的な再会をするなんて、前世でどんな徳を積んだってんだ」

「……え、もしかして城田くん?!」

「華音様ぁ! お気づきですかぁ?!」


 やや遅れて城田に気づいた華音は、高校1年の文化祭で無理矢理告白タイムの会場に連行されそうになった記憶が蘇ったのだろう、少々声が上ずり俺の後ろに隠れる。


「……お、怯えてますかぁ?」

「あ、やっ、そんなわけでも……」

「城田空気を読め。華音はそんなわけあるぞ」

「まっ! まさかの華音呼び!!!」

「声がでけえ用が済んだなら帰れ」

「京汰酷すぎん?! それでもマブダチ?!」

「マブダチになった覚えはねえぞ」

「え……」

「心の友と書いて心友しんゆうだ」

「京汰……いつからそんなイケメンになった……」


 単細胞だから、とりあえずこいつにはこう言っておけば大丈夫だ。

 すると奴は何を思ったのか、「なあ、これから学食行くんだろ? 俺も学食行かせて! 京汰の友達は俺の友達だし!」と意味不明な理論を掲げてきた。こいつはバカなのか秀才なのか本気で分からない。ちなみに会長のことは完全スルー、コミュ力お化けの大貴も城田には劣るようである。同じ高校だった会長をスルーは失礼だろ、と思ったが、俺も入学早々スルーしそうだったクチなので何も言えない。


 まぁ結局、華音の了承も受けて、渋々城田を学食の定位置まで案内したのだが……



 そこには異世界が広がっていた。



 何となく惰性というか習慣で集まっただけなのか、全員揃いも揃って顔が死んでいる。目なんか一夜干しにされた魚のそれで、焦点を失っているように見えた。華音も「みんなどうしたの……」と驚いている。ふと隣を見れば、大貴や会長もさらに顔が死んでいた。


 これは……やんごとない事態が起こりましたな……。

 この様子だと、会長は玲香に返事をしてないか、うまく行ってないかのどっちかだな。でもカレンや巧まで顔が死んでいる理由は分からない。

 そしてさすがにこの異様な空気に気づかないほど、城田もバカじゃない。


「えーと京汰……俺、絶対ここいちゃいけないやつですよね……」

「だな、少なくともお前を歓迎するムードは0.1%もない」

「ここまで全員テンションダダ下がりって、京汰お前何をした」

「俺何もしてねえって! むしろ俺が知りたいくらいだ」

「揃いも揃って見事な枯れ具合……失礼、京汰、また今度会おう」

「そうだな」

「そう言えばさ、京汰、お前と一緒に行きたい所があるんだ。明日辺り空いてねえか?」

「明日……夜7時からバイトだけど、その前少しなら空いてるぞ」

「よし、じゃあまた連絡するわ」


 俺らがこうしてヒソヒソと話している間も、“よじかんめ”メンツは総じて一夜干し状態である。というか、城田という新キャラの登場にも気づいていないようだった。

 

 これはとんでもない緊急事態だぞ。


 じゃあな、とそそくさと帰っていく城田にちょっと申し訳なさを感じつつ、俺は華音に「何か知ってるか」と尋ねるが、彼女は首を横に振っただけだった。

 これは俺が聞いた方がいいのか。それとも日にち薬の効用を待つしかないのか。

 席にもつけないまま俺が呆然としていると、「解散」と声が聞こえた。


「会長?」

「今日は、解散。そして一定期間、活動休止だ」


 会長の言葉はみんなに聞こえたようで、仕方なく席についていたような面々が次々と席を立っていく。巧、玲香、カレンが消えていった。会長が俺と華音と大貴に告げる。


「えーと……きっとこれは喧嘩じゃないから心配するな。京汰も華音も大貴も悪くない。……ってか多分、誰も悪くない」

「じゃあこれは一体……」


 会長は短いため息をついて、俺らに言った。


「ただの喧嘩より、恐らくもっと複雑な事象だ」

「複雑って?」


 不思議そうに尋ねた華音に大貴は呟いた。


「恐らく知恵の輪並みの痴情のもつれ、だな」

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