#46 味を忘れたパエリア【諸星カレン】
・・・・・・・・・
「えっ」
スペイン料理のレストランバイトの休憩中、スマホを確認したら思わず声が出てしまった。パートさんが「カレンちゃんどうしたの」って聞いてきたけど、「なっ、何でもないです」と平静を装う。
「え、きっと何かあったでしょう。彼氏?」
「いや、そんなんじゃないですって。彼氏いないし」
「えーっ、カレンちゃん、彼氏いないの?」
「いないですよぉ」
「でもさ、今は、ってことでしょ? 今までに何人と——」
「休憩終了ですよー」
フロアマネージャーの声が聞こえて、パートさんと私は「はーい」と返事をする。スマホをしまう前、もう一度画面をタップして通知だけ確認した。送り主も再度確認する。
『峰巧:今週どっか空いてない? ちょっと話したいことあってさ』
今まで2人でご飯に行ったのは2回。でも2回とも、私から誘っていた。巧から誘われるのは初めてで、最初に通知を見た時は、つい声が出てしまった。
(本当に巧だよね、これ……明日雪でも降るの?)
しかも、話なんて一体何だろう?
も、もしかして…………ってやつ?
3回目の2人ご飯で“話”なんて言われたら、考えないようにしても考えてしまう。
結局休憩明けのバイトは半分上の空で、パートさんのよもやま話も右から左に受け流して帰宅した。おかげで、まかないのパエリアの味さえもよく覚えていない。
帰途に着くまでの電車の中で巧からのLINEを開き、文字を打ち込んだ。
『ごめん返信遅れた。明日空いてるよ。どうかな?』
『OK、じゃあ明日の19時、梅沢駅で。何か食いたいもんある?』
(わっ、即レスじゃん)
『そうだな、カレー食べたいかも』
『分かった、店見とくわ』
『ありがとう(スタンプ)』
即レスに対してすぐに既読をつけてしまったから、履歴からよく使っているスタンプを送信したけれど、もっと可愛いスタンプにすれば良かったかななんて、いつもじゃ考えないことを考えてしまう。
いつから、どのようにして巧を好きになっていたのか、自分でもよく分からない。横顔を見るうちに勝手に好きになっていた。これだけ言うと面食いに聞こえるかもしれないけど、そうじゃなくって……ってまぁ面食いか。うん、それもあるけど、何だろう、年上としての余裕というか人生の深みというか。1個違うだけなのに、なんか彼は私の知らなことをたくさん知っている気がして、それをもっと近くで知りたいと思った。
多分これは、恋、なんだと思う。
今まで告白されて付き合う人生だったから、何が好きってことなのか、よく分かっていなかった。でも巧と話すようになって、距離が縮まるようになって、少しずつ分かってきた気がする。そして玲香が会長に告白するのを見てしまった時に、(あ、私も巧にこうしたいのかな?)と思うようになっていた。
「よっ、カレン」
「よっ、巧」
「行こうか」
巧が選んでくれたお店で、大きな目玉焼きの乗ったチーズ焼きカレーを食べながら、あれ、こんなスパイシーな物食べたら歯が黄ばむじゃんって今更気づいた。もう、“話”があるって時に私は欲望を優先しちゃったよ。
巧はチキンスープカレーを食べて、2人でマンゴーラッシーを飲み、店を出た。食べてる間は最近の話ばかりで、私から「話って何?」と切り出すことができなかった。まぁ、きっとこういう話には彼なりのタイミングもあるかもしれないし。告白って勇気がいることだしって思って、あえて急かさなかった。
梅沢駅の周りをフラフラと歩いていたら、巧が「なぁ」と呼んだ。あ、そろそろ言われるのかな、あの言葉。私から言っても良かったけど、その前に巧が行ってくれるのかな。
「ん?」
「……こんなこと、カレンにしか話せないんだけど」
「?」
(そういう切り出し方も、あるのか)
「もう1週間も待ってるのに、返事をもらえてないんだ」
「……へ?」
「実は……玲香に告ったんだけど、返事保留されててさ。こういう時女子って、何を考えてるの? 俺身近でそういうの聞けそうな女子、最初に思い浮かんだのがカレンで。カレンモテそうじゃん、すごく。だから何か分からないかなって……」
…………何それ。どういうこと?
モテそうじゃんって、何それ。
私は巧にモテなきゃ意味ないのに。
巧は、よく見ればすごく深刻な顔をしていた。……どれだけ玲香が好きで、どれだけの思いで返事を待っているのかが、嫌でもよく分かってしまった。
玲香も玲香だ。あの子はちゃんと会長に返事したんだろうか?……きっと、会長に返事できてないか、うまく行かなかったかのどっちかだ。会長の件が不完全燃焼だから、巧のことを中途半端にしてるんだ。
早くケリつけてよ。巧を好きな子がいるってことも考えてよ。
「ごめん巧、私には分からないや」
そう言って、そのまま梅沢駅の改札を抜けて、ホームに滑り込んできた電車に飛び乗った。巧の顔なんて見れなかった。「じゃあね」の一言も言えなかった。
閉まりかけたドアの隙間から、改札前で突っ立ったままの巧が見えた。咄嗟に目を伏せると、電車はゆっくりと動き出す。
次の駅名のアナウンスが流れて初めて、反対方向の電車に乗ってしまったことに気がついた。
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