#45 矜恃と恋慕の狭間で【曽根玲香】
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「ごめんな、急に」
「ううん。嬉しいよ、ご飯誘ってくれて」
「それなら良かった」
“よじかんめ”の男子から、サシでご飯に誘われるなんて初めてだった。いつもはみんなで集まって学食だもん。
だから正直、ちょっと舞い上がった。ついにモテ期来ちゃった? って。高校生の時は自分の勝気な性格のせいで、男子寄ってこなかったもんなぁ。寄ってきてもただの友達で終わってたし。
まぁそう思いながらも、頭の半分は冷静で。1回サシでご飯に誘われたくらいで脈ありと思い込むなんて単純すぎ、としっかり戒める自分もいた。
峰巧と2人で話すのは久々だった。ご飯に至っては初めてだ。予備校時代は、よく2人で駅まで帰ってたっけ。最近は授業が被ってても互いに次の授業があったり、巧の文化祭実行委員会が忙しくなったりで、帰ることなんてなかったからなぁ。
そんな中、巧が私を誘ってきたのは、久々に思い出話がしたいからだろうと思って、私達は予備校時代を振り返って談笑していた。
「ほんっと、玲香の第一印象最悪だったんだぞ? 急に自習室ズケズケ入ってきて、『私の席です』なんて図々しすぎて呆れたわ」
「だって本当にムカついたんだもん。あの時ね、実は学校の定期テストで順位が結構下がっちゃった時で。だから予備校行くまでの間もずっとイライラしてて、で行ったら私のお気に入りの席に巧が座ってたんだもん。もうイライラ最高潮で爆発」
確かに、私のこの事情を知らずに『私の席です』なんて言われた巧のことを思えば、可哀想なことをしたと思った。自分のことだけで精一杯だった受験生の頃と比べると、我ながら少し成長したかも、なんて思う。
「そんな背景があるなんて、俺には分かんねえし! ってか八つ当たりすんなし!」
「それは、ごめんって〜。もう時効でしょ?」
「まだ1年しか経ってないけどな」
「許してよぉ」
「しょうがねぇなぁ」
超絶不仲だった時代から、夏休みに私が巧に喝を入れて、2人で話せるようになる時代まで。互いの印象とか、その時の背景なんて初めて聞くことばかりで新鮮だった。巧がやさぐれてたのが、サッカー部の引退試合でスタメンになれなかったのが原因だったのは初耳。部活絡みなのは知ってたけど、スタメンに入れなかったのは知らなかった。そりゃあ悔しいよね。私、かなり攻撃的なこと言っちゃってたのかも。
「もしかして私、傷口に塩塗り込むこと言ってた……?」
「今更分かったのかよ。塩グリグリに塗られてたわ」
「はい。今更分かりました」
「はぁ……これだから玲香は……」
今こうやって笑い話にできるようになって、良かった。
そんな感じでたくさん喋って、最寄り駅が1つしか違わないから一緒に帰りの電車に乗って。
ここまでは自然だったのに、彼はなぜか私と同じ駅で降りた。「もう1つ先じゃないの?」と聞くと、「ここでいいんだ」と言った。
静かな夜の住宅街を歩いていると、小さな公園の辺りで「なぁ」と言われた。そのまま、巧の後を追って公園の中へ入っていく。
「どうしたの巧」
「あぁ……あのさ、玲香」
「うん?」
「えっと…………俺、玲香が好きだ」
「……え?」
最初は大嫌いだったけど、だんだん尊敬に変わっていって、気づいたら好きになっていた、と巧は言った。彼は私に右手を差し出した。
「俺と、付き合ってくれませんか」
その瞬間、夏の旅行の映像が脳に映し出される。
私は工藤瑠衣が好きだ。ピンチを助けてくれて、チャラさの中にある真面目さが人として素敵で。あの時彼に「好きだよ」と抱きついたのは、本心だった。酔いなんてとっくに覚めていた。私が恋愛対象として好きなのは、紛れもなく工藤瑠衣なのだ。
だから、巧の手を取ることはできなかった。
——だけど、「ごめんなさい」とも言えなかった。
「ちょ、ちょっと、時間が欲しいかな」
勇気を振り絞って伝えたつもりだけど、瑠衣はなかなか返事をしてくれない。あの日から、すごく遠くなってしまったように感じていた。だから多分、彼は私を好きじゃない。恋愛対象としては見ていない。でもそれが悔しくて、まだまだその事実を受け入れられそうにない。自分のプライドが固く邪魔をする。
もし、瑠衣にはっきりと断られたら。……しっかりとフラれたら、巧の申し出を受け入れようか。
気づけばそんな下衆な考えが、頭にぽわんと浮かんでいた。
目の前の男は、私にキープされようとしていることも知らずに、「分かった。待つよ」と言った。
罪悪感がないわけじゃない。でもそれ以上に、自分が傷つくことが怖かったんだ。
◇
その翌日、瑠衣から連絡が来た。“明日の夜、空いてるか?”と。
あぁ、ついに来たか、と思った。
きっと断られる。あの子は真面目だから、ちゃんと誠実に断ろうとしているんだ。
しっかりフラれて、私は巧をちゃんと見るんだ。って決めたんだけど……。
でもやっぱりその言葉を、直接聞きたくない。聞いた瞬間、自分がどうにかなってしまいそうな気がした。想いが届かないって、こんなに辛いの?
だから——
もう忘れてもらおう。なかったことにしてもらおう。
そしたら私は、多分まっさらな心で、巧に応えられる。
……そんなことできっこないよ。あんたずるいよそれは。
そんな声が聞こえるけれど、私はどうしていいのか分からない。
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