#44 会長の覚悟【工藤瑠衣】

・・・・・・・・・

「で、どしたの、会長」


 ミディアムの髪を切ってボブにした玲香は、軽やかになった栗色の髪の毛をなびかせてそう言った。内側に入った金のインナーカラーが眩しい。短い長さが似合う子なんだなぁ、と半ば他人事のように思っている自分がいるが、すぐに「今日は俺の正念場じゃんか」とハッとする。


 カレンと京汰と聖那さんのおかげで、ようやく決心がついた俺は、その翌日の夜に玲香を飯に誘った。彼女のリクエストである牛カツを食べて(和食セレクトなのが意外だった)、少し散歩してから見つけたスタバに立ち寄り、俺はホットのカフェモカ、玲香は季節限定のチョコレートマロンラテを頼んで席についている。牛カツもチョコレートマロンラテも、今日は俺の奢りだ。ママからの毎月のお小遣いはいつも半額貯金しているので、このくらいの奢りは大したことない。



 あの気まずさの中でLINEを開き、玲香のアカウントをタップし、文章を打ち込み、何とか誘い出すだけで、緊張はMAXに達していた。ちなみにLINEの文言は以下の通りである。


『玲香、急にすまん』

『明日の夜、空いてるか?』


『会長が個チャとか珍しいね』

『空いてるよ、5限後なら』


『じゃあ19時に女神の銅像で待ち合わせないか』

『一緒に飯でも、と思って』


『おっけー』

『ご飯行こー』


 ……これが全容である。

 俺の緊張とは裏腹に、何とも素っ気ないやりとりだった。『伝えたいことがある』くらいは送っても良かったと思っているが、どう頑張っても送れなかった。やはりチキンが真のイケメンに生まれ変わるまでの道は遠い。



 はじめはあまりに素っ気ない文面だったし、新学期の日程をすっぽかすような子だから、俺との約束も忘れちゃうんじゃないかと気が気でなかった。『今日の19時だよ』と何度リマインドしようと思ったか。だが待ち合わせの2分前には玲香の姿が見え、心底ホッとしたのが事実である。

 で、何とか誘って飯食えてほっとした所に、「どしたの」発言である。いや玲香、君は記憶喪失か何かなのか。あの文面からして、あの告白は玲香の中でどう処理されているんだ? それとも、もしかして、あえて意識しないように自ら話題にしていないだけ——


 俺はもう一口カフェモカを飲み、ふうっと息を吐いてから言葉を紡いだ。


「玲香、この前のこと……ほら、旅行中のあのことなんだが……お、俺も……」

「あっ、あー、それはね」


 おい、ここで口挟む? 「俺も玲香のこと好きです」って言おうとした一世一代の大舞台の時に、そんな予想外の行動する?

 ……まぁ、玲香ならするか。


「ん?」

「あの時私ね、どうかしちゃってたみたい。会長にも気まずい思いさせたよね、ごめんね。……あ、気まずいのどうにかしようと思って、今日会ってくれたの? なんか申し訳ないなぁ。なんか自分から言っといてアレだけど、私はもう気にしてないから! もし気を遣わせてたら、ほんと、申し訳ない」

「いや、申し訳ないなんてことは——」

「ごめん会長。あのことは、忘れて」


 え? という間もなく、言い切った玲香はチョコレートマロンラテをごくごくと飲んでいく。まだ来たばかりのドリンクなのにごくごく飲む玲香を見て、猫舌じゃないんだぁ、とぼんやり思った。


 てか、待ってよ。


「え?」

「忘れて欲しいの、もう」


 え、何? 何だよそれ。

 忘れてってことは、俺のこと何とも思ってないってこと? あの告白はやっぱり(仮)? 酔った勢いに任せただけの、ただの冗談……。


 俺の頭は処理が追いついていなかった。「忘れる」という言葉の意味さえも、一瞬分からなくなる。さっきまでスリーブ越しにじんわりと温かさを伝えていたカフェモカが、一気に熱を失ったように感じた。


 じゃあ、玲香と密着した時の俺の反応は何だったの? この約3週間、玲香のことをバカみたいに考え続けた時間は? 胸が潰れそうになって京汰に相談して、聖那さんに話聞いてもらった時間は何だったの?


 俺がいけないの? 初めての告白に動揺して、玲香にすぐ答えてあげられなかった俺がいけないの?


 すると玲香は察したように言葉を吐いた。


「会長は、悪くないの。悪いのは、私。ごめんね」


 あの告白は嘘だったんだな、と捨て台詞を言える勇気くらいは、備えている男でありたかった。


 でもそうすれば、かりそめでも告白された事実に舞い上がってしまった自分を根っから否定するようで、言葉にできない。

 放心状態の俺は、熱さもうまく感じないままカフェモカをごくごくと飲んでいく。俺達は、無言で互いのドリンクを飲み終えた。


「会長、ご馳走になっちゃった。ありがとう。……また、友達として仲良くしてくれる?」

「お、おう……」


 じゃあね、ありがとう、と玲香は足早に雑踏の中へと消えていく。


 くそ。

 くそっ。


 玲香じゃない。自分にキレている。

 それは分かっているけど、心の中では玲香へぶつけたい言葉が渦巻いていた。


 なんで今日に限って、あいつノンアルしか飲まねえんだよ。いっそのこと、今日も見事にぶっ潰れて、俺に頼ってくれよ。ちょっと甘えた声出して、俺に身を預けて、抱きついてくれないか? もう嘘でもいいよ。あともう一度だけ……ダメか?



 今更、俺は玲香のことが結構本気で好きだったのかもしれないという事実に気づく。酔った華音やカレンを見ても、俺は普通だったんだ。酔ってフワフワとした玲香だけに、俺はやられてたんだよ。あざとくても良かった。玲香なら、あざとくてもなぜか許せてた。



 不覚にも少し視界が揺らぎ始めて、俺は慌てて目をゴシゴシと擦る。



 告白する前に失恋するなんて、男として最もカッコ悪いことをしてしまった。




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