#41 会長からのホットライン

・・・・・・・・・

「あぁ〜食った食った。悠馬ごちそうさん〜」

『はいはい』


 まるで熟年夫婦みたいなやりとりを終えて、俺は自室に向かう。

 悠馬の様子は、俺が朝帰りした日を除けば至って普通……うん、まぁ、普通……? だ。華音と一晩過ごした俺に対して、あからさまに怒ってるわけでも、妬いてるわけでもない。でもいつもなら好奇心旺盛な式神が、今回は何も聞いてこないのである。なーーんにも、だ。ここらへんがモヤっとしないわけではないが、少し時間の経った今更、そこに突っ込むのもなぁ……と及び腰になっている。


 部屋に入った途端、机の上に放置していたスマホがヴー、ヴーと震え出した。


「ん? 誰だろ」


 画面を見ると、お相手は“会長”となっていた。ちなみに瑠衣はアカウント名を“るい”にしているが、俺は自分用に勝手に“会長”と名義変更している。華音や大貴も“会長”で登録していることは、先般の旅行で確認していた。


「もしもし会長?」

『もしもし。今大丈夫か』

「あぁ、今飯食い終わったとこだから平気。どした?」

『……実は、折り行って相談があるんだがな……』


 会長の重苦しい雰囲気を感じ取り、一瞬で、これはとんでもない案件だな→きっと玲香との一件にケリついてないんだな→女子に相談できないし男子の相談相手も選んだんだろうな→多分最もよく喋るという理由で俺が選ばれたんだろうな、と悟る。

 

 ドンピシャだった。会長はいつになく低い声で、『あのな……実はな……』と絞り出すように当時の状況を説明し、俺に救いを求めてきたのだ。こいつ、本題に入る前に『実は』を何回言ったのだろう。

 そう、俺はこの事件を知らないことになっている。悠馬から聞いただけで、俺はその時爆睡していたからだ。

 しかし、「この話聞くの2回目なんだよね」とか、「悠馬っていう式神からあらましは聞きました」なんて言えるわけもなく。頑張って初耳を装い、「そうなの?!」なんて、驚きのリアクションも交えながら話を聞く。電話で良かった。対面だったら顔に出ちゃいそうだ。


『——で、どうしたらいいかな俺……』

「まだ結論が出ないと」

『出したいんだけどさぁ……出ないというかなんというか……好きってのがよく分かんなくてさぁ。ほら俺、高校の時は七三瓶底メガネ陰キャ根暗チキン野郎だったじゃん? クラスは違ったけど分かるだろ?』


 し、七三瓶底メガネ陰キャ根暗チキン野郎……なかなかのパワーワードじゃねえか……。よくそんなに一気に羅列できるな。俺はいささか怯んでしまう。


「お前……自分のことそこまで卑下しなくても良いだろ、お前良い奴なんだから……まぁ本題に戻ろう。そもそも、玲香に好かれる心当たりはあるの?……ほら、会長がよく喋る女子は華音だしさ、玲香との接点? 的なのが俺からは見えないんだが」

『あぁ、心当たりはありまくりなんだ』

「え?! ありまくるのかよ?!」

『あぁ…………これ、今まで玲香と俺と華音だけの秘密にしてたんだ。だからほんと、黙っといてくれよ。実はな……』


 ありまくるってなんだよ。旅行以外のことはさすがに聞いてねぇぞ。

 てか、このメンツって割と秘密多い感じ? 俺が知らない話が結構いっぱいある感じ? 知らないの俺だけとかいう可能性あったりする?

 少しショックを受けつつ、またしばらく話を聞いてみた。すると、どうやら事の発端は4月まで遡るそうだ。なるほど、どっかの新歓コンパでぶっ潰れた玲香を救ったヒーローなんだなお前は。


「それは、うん、まぁ玲香がお前に惚れてもおかしくないとは思うよ。弱った時に助けてくれる奴なんて、イケメンにしか見えねえじゃんか。飲ませてた奴らを撒いて、その上水飲ませて華音の家まで送ったんだろ? 完璧じゃん。十分イケメンじゃん」


 普通にイケメンだよ会長。七三瓶底メガネ陰キャ根暗チキン野郎じゃないよ会長。アクセジャラジャラ頑張り陽キャ女の子のヒーロー秀才イケメンだよ会長。


『でもそれだけだよ。それで告白(仮)まで行くか?』

「(仮)は取ってもいいだろ。時間が経つほど好きって気持ちが明確になったんじゃないか? まぁ、こんだけ返事を引き伸ばしてるわけだから、玲香の気持ちも少しずつ変わってるかもしれないけどな」

『それは……なんか悔しいな』

「会長。そんならお前、玲香のこときっと好きだぞ。恋愛対象として」

『そういうもんかぁ?』

「お前なぁ、いい加減腹括ったらどうなんだ? 告った玲香の方が男気あるぞもはや」


 喝を入れてみても、なんかしっくり来てない様子。いや俺が言えた義理でもないけど、会長恋愛の免疫なさすぎだろ。なんでそんなにないんだよ。


『——あ、ママ? もうだからノックしてって……あぁしてた? ごめん。今友達と電話してるから。——あ、もしもし京汰? ごめんよちょっと邪魔が』


 あぁなるほど〜、と俺は1人納得する。

 原因はきっと、こういう所だ。だがそれは黙っておこう。

 その時、名案がひらめいた。


「なぁ会長、明日の夕方って空いてるか?」

『明日? うん、4時くらいには授業終わるけど』

「よし、じゃあその後俺についてこい。決定な。2人で行くぞ」

『どこに?』

「それは明日のお楽しみだ。ママ呼んでんだろ? 切るぞ。また明日なー」


 ちょ、どこだって! と言いかける瑠衣の声を、赤いボタンでぶった切る。

 どのタイミングで行けばいいのか迷ってたけど、こういう時に行けばいいんだな。

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