#40 超緊急事態です【工藤瑠衣】

・・・・・・・・・

 あぁぁどうしよう。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。



 間違いなくこれは、俺の人生史上最大の困惑案件。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 高校の時には、こんなことなかったのに。

 まぁママがいつも俺を操縦していたからか。今までママをウザいとばかり思っていたが、面倒事から避けてくれていたのかもしれない、ともふと思う。


 まぁそんなことは置いといて、なのだ。


「あぁ……うあぁぁぁっもうっ! 集中しろぉぉぉっ」


 現在、会長と呼ばれている俺——工藤瑠衣は、秋学期の授業の小テスト勉強にすら集中できないという緊急事態が発生している。弱ったな、元ガリ勉キャラの俺は結構完璧主義なのに。

 頬をペシっと叩いて気合を入れ直すも、3分が限界。俺はカップラーメンか、とツッコみそうになる。明日の1限にはテストだというのに、まだ半分も復習が終わっていない。



 全ての始まりは、夏休みの“よじかんめ”メンツでの旅行。まぁもっと遡れば、いつかの新歓コンパの帰りから始まってるんだけど。



◇◇◇



「あのね……好きだよ、瑠衣」


 酔ってんのかシラフなのか。冗談なのか本気なのか。

 全く分からない状況下で、俺は曽根玲香から告白(仮)を受けた。初めての事態に返事もできず慌てふためいていると、視線の先にはお手洗いから戻ってきた諸星カレンが……。


「えっと……玲香は、会長のことが好きなの?」

「え? あっ、や、その……」


 玲香はカレンの声を聞いた途端、弾かれたように俺から体を離した。そして酔いが覚めてきたはずの顔を赤くして、「お手洗い、行ってくる……!」と逃げるように立ち去ってしまった。カレンは申し訳なさそうにして、俺の近くに腰かけた。


「なんか……とんでもない所見ちゃったね、ごめん」

「いや、しょうがないよそれは」

「会長は、玲香のこと好きなの?」

「……正直分からない」

「なんで?」

「なんでって、こういうの、初めてだし……」


 マジか、会長モテそうなのにとカレンは言った。いやいや、高校時代は七三分けに瓶底メガネだったからな、初めてなんだわマジで。

 友達としては好きだけど、恋愛対象としてどうなのかは分からない、と俺は正直にカレンに打ち明けた。彼女はしばし黙って考え込んだ後、言った。


「うーん、会長の気持ちも分かるよ。だけどきっと、玲香の告白は本物じゃないの? じゃなきゃあんな風に逃げないって。……だから、会長も誠実に答えなきゃダメだよ。OKならOK、ダメならダメ。なるべく近いうちに白黒つけてあげてよ。勇気出した玲香のためにも」

「あぁ、分かった……」

「何そのフニャッとした返事。ちゃんとする!」

「はっ、はい」


 ちょうどそこに玲香が帰ってきて、彼女は俺達から離れた椅子で再び寝てしまった。もしかしたらふて寝だったのかもしれないが、今となっては分からない。



◇◇◇



 そうして、もうとっくに2週間が経過。もうすぐ3週間経過しちゃいそうだ。

 カレンには旅行から帰ってきたその日に、「遅くとも1週間程度で返事してあげな」とメッセージが来たが……無理だった。昨日の学食会合でカレンもその空気を感じ取ったらしく、それから俺には何も話しかけてこない。カレンにチキンと思われただろうか。でも俺はチキンなのだ。チキン出身なのだ。スペインハーフとは、スタートラインがそもそも違うのである。


 あぁぁどうしよう。

 めっちゃ誰かに相談したい。でも女子はダメだよな、もっと事態をややこしくしそうだし。やっぱ男子じゃないと。

 でも巧は俺より精神年齢低い説出てるし、大貴はダメじゃないけど……ってか、あのメンツの中で俺が最もよく喋る男子は京汰なんだよなぁ。でもあのバカ男子でいいんだろうか。いや、バカなのはキャラで、本質はもうちょいまともなんじゃないか……? 同じ高校だったくせに全然京汰のこと知らないんだよなぁ。


「本当に京汰でいいのか? でも京汰以外はな。やっぱ京汰なのか」

「ねえ、ちょっと瑠衣? 瑠衣!」

「え……ママ?! なんで?!」


 振り向くと、ママが俺の部屋のドアを開けて立っていた。「部屋入る時はさ! ノックしてって言ったよね?!」と叫ぶと、「だって何回もノックしてるのに反応がないんだもの。ご飯よって言ってるのに」と不機嫌そうな声。「そ、それは……ごめん」と素直に謝る。


「さっきからスマホ見てブツブツ言って。どうしたの?」

「い、いやっ、何でもないっ! すぐ行くから!」


 するとなぜかママは小さく笑う。ママが笑っている所なんて、久しぶりに見た気がする。


「瑠衣。別にいいのよ、そんなに慌てなくたって。ママは驚かないわよ今更。息子3人も育ててるんだから」

「……は?」

「だ〜か〜ら〜。瑠衣が、いかがわしいビデオとか写真とか保存してたって、ママは驚かないからね。耐性はバッチリよ」

「いやいやいやそんなんじゃねえから!! とにかくすぐ行くからほっといて!!!」


 そういうのはスマホじゃなくて、パソコンの大画面で見るタチなんだってば!

 ……ってそういうことじゃなくてっ! ママ違うからぁーっ!!

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