#30 アルコールは危険【工藤瑠衣・悠馬】

・・・・・・・・・

 まぁ予想はしてたけど、ここまでほぼ全滅とはね……。


 今日初めて、自分が酒豪レベルだと知った会長こと俺は、そこらへんのソファにくたばった面々を1人冷めた目で見ていた。巧が1番最初に潰れてた。どういうことだよ最年長。肝臓も脳みそもガキなのかよ最年長。

 その時、カサカサと布の擦れる音がした。


「むぅ……会長? 起きてたんだ……」

「あ、うん。体調は?」

「平気。ごめん会長、なめてた。こんなに強いとは……」


 全滅状態から1人むっくり起き上がったのはカレン。カレンもまぁまぁ強かったって。スペイン人パパの血のおかげだろう。

 カレンの声に目を覚ます者は誰もおらず、しばらく2人で今日楽しかったね、とか、サプライズ成功して良かったね、とか話していた。


「ちょっとお手洗い行ってくるね」


 そう言ってカレンが席を離れて再び1人になると、新たな人間が復活した。


「っ……にゃっ……」


 ……玲香だ。俺は小さくため息をつく。

 ほんとお前って奴は、限界の境界線が分からんのか。でも今回は無理やり飲ませる奴いなかったから平和だったな。つまり潰れたのは自己責任。

 彼女の目はすぐに俺を捉えた。


「会長……強すぎ。元生徒会長で酒豪とかキャラも強すぎ」


 キャラまで言及しなくても。


「回復したか? とりあえず水を飲めお前は」


 ふふっ、私の扱いに慣れた? と言いながら玲香は水を飲む。そういえばあの事件の後、お礼は言ってもらったけど奢ってもらってないなぁ。華音が「かわいそうだから玲香の一件は秘密にしてあげて」って言ってた約束、俺守ってるんだけどなぁ。

 そんなことを考えていると、玲香が「会長?」と覗き込んだ。すると急に、何を思ったのか玲香の腕が俺の首に回される。


「ちょ、玲香?」

「あのね……好きだよ、瑠衣」

「?!」


 え? え、待って、え?

 ……不意打ちすぎる告白と瑠衣呼び。頬の赤みが引き、目の潤みも和らいだ玲香の顔は、抱きしめられたせいでもう見えない。酔ってんのかシラフなのか。冗談なのか本気なのか。

 高校時代はガリ勉キャラで通ってたから、女子とこんなに密着したことは……。

 あぁ、玲香をおんぶした時以来か。酒の入った玲香はやっぱり女子で、正面から抱きしめられると俺もまぁ一応、男だし……って俺どうしたらいいの。


 突然のことに挙動不審になっていると、お手洗いから戻ったカレンと目が合った。




・・・・・・・・・

 わーお。お酒ってほんと恐ろしいもんだね。みんな死んだように寝てる。


 華音ちゃんはまだ冷静だった方で、ドアの向こうの女子部屋に戻ってから1人ベッドで寝ていた。

 お布団剥がれてないかな、とかいう謎の母性が芽生えてしまって、僕は京汰がソファで爆睡してるのをいいことに、抜き足差し足で華音の元に向かう。ほんと僕こういうとこセコすぎる。式神にも自覚はあるのです。


 お布団は、剥がれてな……あ、まさかの復活して起きてましたか……。しかも誰かと電話してる。お邪魔だったね、ごめんごめん。けど華音ちゃんの様子がちょっとおかしい。


「っ、ごめん、ごめん、なさい……」


 か細い声で好きだよ、と言って華音は電話を切った。彼女の鋭敏な感覚が顕現けんげんした、つまりオーラを強めた僕を捉える。今は妙に勘の鋭い大貴も京汰に覆い被さるようにして寝ているから、隠形おんぎょうを解いてみた。


「悠馬くん。見てた……よね」

『ごめんね。……彼氏?』

「そう、両生類の」


 そう言うと華音は力なく笑う。そんな顔を僕は見たくないのに。


 話を聞けば、水泳部なのに陸、という名前のせいで通称が“両生類”となった彼氏は、大会のために華音に会うことを我慢していたのに、華音が今日うっかりSNSに上げた動画で男と同じ場にいることを知って、かなり怒った感じで電話してきたらしい。何度も電話したらしいけど、こっちは巧のバースデーパーティーで盛り上がっていて全く気づかず、目覚めた華音が折り返した時間は午前2時。そっから今までの約1時間、みっちりと説教を食らったそうで。


 てかさ、いやまぁ、遠恋だからこそね? 会いたいの我慢してたのに! ってね、分かるよ? でも別に華音浮気してないんだし……。と思ったけど、どうやらそういうことではないみたいだ。僕が話を聞いている間にも、あれだけ電話したにも関わらず華音のスマホにメッセージが来続けた。しかも文言が「俺の華音なんだからさ」「分かってる?」ってもう、それ束縛と軽い脅迫入ってるよ? 俺以外の男と会うな連絡取るな系男子は人気ないですって。妖の世界でもそうなんだから。大変だったね華音。でもまだ陸のこと好きなの……?


 その時、部屋の外で音がした。誰か起きたかな?


 耳をそば立てると、「ちょっとお手洗い行ってくるね」とカレンの声が聞こえた。こっちに近づく足音。カレンは僕を視る才能は持っていないけど、華音が会話してる声が聞こえたら怪しまれそうだと思って、『僕一旦消えるね』と華音に言って立ち去ろうとした。


 でもその瞬間、僕の手首に華音の手が伸びる。「待って」とベッドサイドに座ったままの彼女は囁いた。


「無理かも」

『え?』

「私、もう遠恋は……無理かも……」


 華音は立っていた僕を抱き寄せた。彼女の顔が僕のお腹にすっぽり収まる。

 突然のことにびっくりしたけれど、ここは慰めるのが良いのだろうか? 僕はぎこちなく、華音の頭をゆっくりと撫でた。人間じゃないから、僕の感触は極めて軽いものだけどね。でも心の奥がザワザワと波たつ。式神に理性と感情の両方を与えてしまった、優秀すぎる主人がちょっと憎い。


 ねえ華音ちゃん。まだ酔いが残ってるの?

 陸と別れるとしても、今君が抱き寄せる相手は……京汰じゃなくて、いいの?




 そんなことをされたら僕だって、式神だって、




 また本気にしてしまうよ?

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