#25 現役なんて消えちまえ【峰巧】
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1つ年下の人間とタメ口で話し合うようになってから、ふと考えることがある。
俺が腐らずにここまでやってこれたのは、やっぱりあの子のお陰ではないかと。
そりゃね、家族だって多少の文句は言いながらも予備校のお金とか大学の学費とか出してくれて、あんたがバイトで稼ぐのは最低限だけでいいと言ってくれるわけだから、感謝しかないのだけど。
でもやっぱり直接俺のやる気に火をつけてくれたのは、今じゃちょっと抜けているあの子なのだ。あの子がいなければ、確実に今の俺はない。
第一印象は最悪だった。
本当に、マジで最悪だった。
去年の春先、予備校の自習室でのこと。
「あの、ちょっと」
制服を着ていたから、俺に声をかけた主は嫌でも現役生なんだと分かって。仏頂面×低音ボイスで急に俺のそばに現れた彼女に対して、余裕を持って対応できるほど、浪人生の俺は優しくなんかなかった。
「何?」
「その席、私がいつも使ってるんです。ちゃんと時間決めて、必ずここで。てか、この時間いつも私ここ使ってるの知ってますよね? 移動してもらえませんか?」
「……は?」
いや、自習室の座席に予約システムねぇだろ。てか私語厳禁だぞここ。
「いつも4時半から1時間、ここ使うんです。今日は終礼が遅れたりして来るの遅くなったけど」
「他の席も空いてんだから、そこ行けばいいだろ。4時半にいなかったお前が悪いんだし」
「嫌です。そこが1番集中できるんです。私の聖域なんです1時間だけは。てか失礼承知で言いますけど、浪人生の方ならこの時間にこだわらなくていいですよね? ここで自習したいなら、他の時間にしてもらえると助かるんですけど」
どうやら、机上の浪人生用のテキストを見て、俺を浪人生コース組だと判断したようだ。
かっちーん。
今のはさすがに、すっげームカついた。お前俺のこと何だと思ってんだよ。
現役生なんかにこんなことで負けてたまるか。俺の方が年上なんだよ。
俺は立ち上がり、彼女を見下ろす形で距離を詰めた。
「おい、お前これ以上舐めてっと……」
「峰さん、やめましょう」
入ってきたのは、なんと予備校の教室長。やべっ。……てかなんで俺が注意されんだよ。完全にこの
「私語厳禁のはずですよ」
そう言っただけで教室長は去っていく。あとは自分達で処理しろということか。
ジャンケンにさせてもらいます、と目の前のお騒がせJKは勝手に決めて、俺はあっさり負けて席を譲らざるを得なくなった。居心地も胸糞も悪すぎて、その日は自習室を出てすぐ帰宅した。年上への最低限の敬意ってもんはねえのか? あいつ、絶対バスでも電車でも、「先に座ってたのは私です。それに私も疲れてますから」とか言って席譲らなそう。うーわっ、思い出せば思い出すほど嫌な奴。
彼女は曽根玲香というらしかった。浪人生として予備校にカフェのごとく入り浸っていると、そういう情報も程なくして耳に届く。
ムカついたのはその評判だった。
この地域でも有名な進学校に通っていて、成績は1番ではないものの、トップ10の常連だとか。彼女の口調がたまにキツくなるのは学校でも割とありがちのようだが、何せ勉強ができるので周囲は何も言わないらしい。
クソっ、秀才な現役生だからって俺に食ってかかりやがって。浪人生のこと思いっきり見下してるよなあいつ。そんなに勉強できんなら、わざわざ予備校になんか来んなよ。ムカつく。
ちょうどその時俺はスランプにはまっていて、一向に抜け出せる兆しが見えていなかった。
模試の成績は振るわないし、現役生に自習室の座席取られるし、浪人生って暗にバカにされるし。
なんでこんな惨めな思いをしながら、受験勉強しなきゃいけないんだろ。なんで今更勉強なんてしてるんだろう俺は。こんなに毎日苦しんで、この先何がある? 大学に行って、俺は何がしたいの? キャンパスライフを謳歌している奴らを睨み付ける日々に、意味はあるのか?
一旦そう考え始めたら、もうどんどん勉強が嫌になっていって。でも、ただでさえ苦労と心配をかけている家族に、予備校辞めたいと言い出すことができなくて、惰性で通う日々が始まってしまった。
それが去年の夏のこと。
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