#26 現役は起爆剤【峰巧】
夏期講習が始まると、現役生も朝から予備校にやってくる。休暇中は現役生も私服になるから、浪人生との区別がつきにくくて、俺はちょっぴりホッとしていた。
浪人生には浪人生のコミュニティってもんがあって、俺は同じ高校だった奴とつるんでいた。こいつもスランプの真っ最中なようで、もはや志望校のランクを下げたらしい。偏差値10下げるってなかなかの決断である。
「どうせ一度は全落ちしてるし。あの恐怖と絶望は二度と味わいたくないから、2回目はアンパイで行こうかなってなるよなぁ。巧は志望校そのままなの?」
「うーん……考え中」
そもそも、大学行くかどうかを考え中、なんてことはまだ明かせなかった。
その日の講義が終わると、「ちょっといいですか」と聞き覚えのある声が飛んできた。
「おいおい……また何か文句あんのか」
私服の玲香は、俺の目をまっすぐ射抜いた。
何でそんな目で見られなければならない。俺はお前の親の仇か何かなのか? それとも前世の因縁の相手? 俺こいつ前世で殺しちゃったとか?
成績優秀の現役女子高生は、なぜかあたりを一瞬うかがってから俺に再び声をかけた。
「文句ならたっぷりあるんです。だから外出て話しましょう」
「なんで外なんだよ」
「いいから来てっ」
俺は言われるがままに予備校の外まで引っ張り出され、駅までの道を2人で歩くことになってしまった。マジで関わんないで欲しいんだが。見かける度にムカつくし。
予備校からある程度離れた所で、玲香が切り出した。
「あの……見ててムカつくんですよ」
「いや、それ俺のセリフなんだけど」
「なんなんですか昼の会話」
休憩室での会話を聞いていたのか。スランプにはまってるから、志望校どうするかって話。地獄耳だな。
「ああいうモチベの低い会話しときながら、予備校の中では俺らの方が年上だからって我が物顔でいるのが本気でムカついたんで」
「お前に関係ねえだろ。それに、お前みたいに秀才じゃねえから俺らはあそこにいるんだよ。どうせ学校でも出来の良いお前と俺は違うの。勝手にムカついて文句言うとか何様だよ。浪人生は会話の権利まで剥奪されるわけ? 何でお前にそんなこと言われなきゃいけないの?」
関係ありますから、と呟いて、玲香は一気にまくし立てた。
こんなこと予備校の中では言えないので、と前置きをして。
「そりゃ私より年上で? 予備校通いも2年目以上で? 慣れた場所で
勝ち気な現役生の言葉が、グサグサと俺の心を刺しては抉っていく。頭の半分では年下のくせして偉そうにって思うけれど、もう半分ではハッとさせられている自分がいた。
厄介者。矜恃。士気。
俺の矜恃は、引退試合でスタメンになれなくて不完全燃焼だった、サッカー部に置いてきてしまっていたのだろうか。
厄介者であることに薄々気づきながらも開き直って、矜恃なんて放置して、堂々と士気を下げる発言をして。
本当は悔しかったはずなんだよな。去年、どの大学の掲示板にも俺の番号がなくて、悔しかったはずなんだ。仲良くしてた奴らはみんな受かって笑顔なのにさ、俺だけダメで。そんな俺のことを、周りが色々気遣って、すっげえ気まずい空気になって。それで来年こそは受かるんだって、泣くの堪えて決意したんだよな。
俺、この感情をいつの間にか忘れてたんだ。
だけどそれを思い出させたのは、よりによって第一印象が最悪なこいつ……。
「……うっさい」
核心をぶっ刺すド正論を言われて、その時俺は何もできなかった。
でもあの言葉があったから、俺はまた立ち上がれたんだ。
それから心を入れ替えた俺と、すっかり言葉のトゲが取れた玲香が“峰さん”、“玲香”と呼び合ってたまに一緒に帰るようになったのは、10月くらいのことだったかなぁ。
結果同じ学部に進んで、どういう風の吹き回しか、仲良いメンツになっちまって。
こんなこと、玲香の前では絶対に言わないけど……俺の人生にとって、玲香は本当に重要な人物になった。あいつが俺を、この大学に連れて来てくれた。
人生ってのは本当に分からん。
大嫌いだった奴を、いつからか尊敬している。そんなことが起こる。
だからこそ、人生は面白いんだよな。
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