#24 サバンナで浪人生、発見【諸星カレン】

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 300人くらい入る大教室での講義とはいえ、そこでぼっち用の席を探すのは割合難しかったりする。


 空いてるかな、と思った席には大きな鞄やさりげないペンケースなどが置かれ、「こっから先は立ち入り禁止」という暗黙のメッセージをこちらに突きつけてくる。何も置いてないからいいか、と思って座りかけると、「あ、すんません、ここ後で友達来るんで〜」と断りが。

 仕方なく、大集団の縄張りの隣にちょこんと空いた席を目指すけれど、そこはそこで謎の惨めな気持ちに襲われるのだ。名前も知らない集団なのに、ハブられてるみたいな。

 大学生にもなってそんな大人げないことする人はいないだろうし、周囲も私がハブられてるなんて思わないだろう。人は自分が思っている以上に、自分に無関心なものだって、パパが前に言っていた。だけど、ハブられてると見られそうな確率が0%じゃないのが嫌で、私は1人悶々とする。

 これじゃあまるで、縄張り争いに負けた孤独なオスライオンじゃないの。ここはサバンナですか。


 熱気と哀愁漂うサバンナを歩いていると、急に手首を掴まれた。……ついに捕食されるのか、アーメン。


「カレンじゃん」


 捕食者は既に着席していた。良かったら隣、どう? と勧めてきたのは、この前学食で「初めまして」したばかりの峰巧。顔見知りがいることにホッとして、捕食者……んーん、巧の隣に座らせてもらう。

 実は私、中高一貫の女子校出身なもんだから、男子の隣に座るとか6年ぶりで。隣の男子は6年前のようにゴリラを擬人化したような、あるいは熱帯雨林から転生しましたみたいな精神年齢0歳以下のモンキーではなくて、思春期を迎えて一応大人に片足突っ込んでる人である。男ってだけで意識してしまうのは無理もない、はず。「お言葉に甘えて」なんて澄ました顔で言ってみるけど、心拍数が少し上がるのを否応なく感じていた。


「これ1人で受ける予定だったの?」


 前からまわってくるプリントを受け取り、私にも「ほい」と渡す巧は不思議そうに尋ねた。

 この科目は“怪談と社会”というタイトル。時代や国ごとに異なる怪談や迷信を見ながら、当時の人々の心情や時代背景を考察しようというもので、なんとなく面白そうだったから1人で履修登録してしまった。別に意識高い系とかじゃないのよ? 誰かいると思ったんだけどね。少なくとも私の周りの女子は“怪談”ってだけで気味悪がって、誰も登録してなかった。ぴえん。


「うん……。誰かと一緒に履修登録すれば良かったかな」

「うーん、かもな。でもまぁ、新入生の春学期に誰かと登録って難しいもんな。俺も1人でこれ登録しちゃったし。カレンいてラッキーだよ」


 浪人生の時に知ったんだけど、こんなの出回ってるんだぞ。と巧は私にスマホで写真を見せてくる。それは楽単や面白い授業がランキング形式で載っている非公式の雑誌の一部。なんと全学部網羅しているようで、人を撲殺できるくらいの厚さになっているらしい。現役合格した子はどれくらいこの雑誌のこと知ってるんだろうなぁ、と得意げに話す隣の方。ほんと謎の浪人自慢するよね。



 それから私達は、“怪談と社会”を一緒に受けるようになった。この授業が終わるのは午後6時で、これが1日で最後の授業だという学生が大半。もれなく私たちもそうで、使う電車も同じだから、一緒に帰るようになっていた。巧が所属している文化祭実行委員会は夏休みの終盤から忙しくなるみたいで、春学期の今は放課後の活動があまりないらしい。


 一緒に帰るのが習慣化してくるうちに、巧は浪人時代のことをポツリポツリと話すようになった。


「なぁ、カレンってここ第一志望だったの?」

「うん。巧は?」

「すげぇなぁ。第一志望一発か。俺もここ第一志望なんだけどさ。……普段は予備校一緒だった玲香もいるし、あのメンツの前で浪人をネタにしてるけど、悔しさは結構強く残るもんだよなぁって最近思ってる、ぶっちゃけ」

「……そ、そうなんだ」

「あぁ。委員会でもそうだけどさ、高校の時までタメ口で良かった奴らに今敬語使わないといけないって、やっぱり悔しいなぁって。まぁ、高3の時俺が真面目に勉強しなかったのが悪いんだけどな!」


 あはは、と笑う巧に私はつい尋ねてしまった。


「なんで、勉強しなかったの」

「あーそれはね。サッカー部の引退試合、スタメンになれなくて、不完全燃焼のままで受験期に突入しちゃって。現役で落ちたら落ちたで、予備校でも浪人生コースの教室入るのが惨めで、受験とかやる意味あんのかなって思ったりして」

「そうだったんだ……で、でも、こんな言い方変かもしれないけど……巧が浪人したから、私今こうやって話せてる、じゃん? それは、嬉しいことかな、って私は思うんだけど」


 すると巧は、確かにそうなんだよなぁ〜と笑った。浪人して、このメンツに会えたんだからプラマイプラスかな! と空を見上げた巧の横顔に、日が延びてまだ沈まない太陽が最後の光を照らす。


 このメンツの中で、巧の横顔を1番見ているのは間違いなく私だ。

 教室での横顔、駅まで歩いてる時の横顔、電車の中での横顔。……みんながきっと知らない、巧の顔。

 何か変だけど、この人が浪人してくれて、タメで話せる間柄で良かったって、思うんだ。



 私は巧の手首を掴んだ。あの日、私がサバンナで捕食された時みたいに。



「ねえ、今日は一緒にご飯、食べに行かない?」

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