#22 1男、1女を介抱する【工藤瑠衣】

 俺は近くのベンチに玲香を座らせ、「絶対ここにいろよ」と念を押してコンビニにダッシュした。まぁ、あんだけヘロヘロの彼女が逃げ出せるわけないとは思ったが。

 銘柄もロクに見ないまま、ペットボトルの水とお茶を買って、秒で玲香の元に戻る。短時間であっても、酔った女子を夜空の下、1人残すことはとても不安だったからだ。


「んぁ……おかえり、かいひょ……」

「玲香。ボトル持てるか?」

「う〜……んん〜」

「……しゃあないな。分かった、ほれ」


 俺が水のペットボトルをしっかり持って、玲香の口元に持っていく。これが素面の女の子相手なら、もうちょっとドキドキしていたのかもしれない(素面でこんな状況ないと思うが)。しかし今はやや緊急事態であるため、ドキドキもクソもなく、至って通常の心拍数である。水を含んで飲み込んだ彼女は、やっと少し人間に戻った。……まだ上半身が獣の、ケンタウロス的状況だけど。

 あいがと、と言って彼女は、俺の肩に頭をこてん、と載せた。そしてそのまま動かない。

 おぉ、その不意打ちはちょっとびっくりしたぞおい。


「家帰れんのか? ってか家どこだっけ」

「…………すぅ」


 そう尋ねても返ってくるのは、規則正しくわずかに聞こえる寝息だけである。ったく。

 ……まぁ、生きてるだけいいか。急性アル中になってないので、そこは一安心だ。それに俺が玲香を見つけてなかったらと考えると、結構恐ろしい。あの男達に、あんなことやこんなことをされている危険性もあったのだ。


「もう一度聞く。家どこ?」

「……すぅ……すぅ」

「……悪いけど、鞄漁るよ」


 ペットボトルの蓋を閉めてから、玲香の頭を動かさないようにし、俺は駅や周囲の店からの明かりを頼りにして、彼女の鞄の中を捜索した。定期券はどこだ。定期、定期……。スマホに内蔵のタイプじゃありませんように。

 少し捜索した所で、鞄の1番奥底に紫色の定期券入れを発見。印字された駅名を見るが、初見である。これはどこ? どの路線が通っているのか分からない。俺はポケットからスマホを取り出して、現在地と印字された駅名を入力して路線検索にかける。

 ……うわぁ、もう終電間に合わんな。乗り換え駅がゴールになってしまう。ってか玲香の家って遠いんだな、片道90分もかけて毎日通ってんのか。45分でも遠いと思っていた自分を恥じた。


 だが、終電間に合わないからといって当然ここで野宿ってわけには行かないし、カラオケとか漫喫で寝かせるのも気が引けるってか、オールしたら俺がまずママからの鬼電に苛まれそうだし、かと言って俺の家はママさらにうるさそうだし……。


「うーん……どうするべきか」


 悩んだ結果、俺が手にしたのは自分のスマホだった。そのままLINEで“よじかんめ”のメンバー一覧を開いて、1人のアカウントの所でスクロールの指を止める。ちょっと考えてから、多分大丈夫だろう、と俺は電話のマークをタップした。

 電話の相手は、ワンコールですぐに出た。


『もしもし、会長?』

「もしもし。ごめん華音、夜遅くに」

『んーん、それはいいけど……どうしたの、ママと喧嘩したの?』


 おい待ってくれ。ママと喧嘩して女子に泣きつくキャラだと思われてんのか俺は。これはイメージの刷新が急務である。


「俺じゃなくて、玲香な」

『え、玲香が会長のママと喧嘩? どういうこと?』


 それはこっちのセリフである。

 何をどうしたらそういう解釈になるんだ。


「……華音。今酒飲んでる?」

『えっ、飲んでないよ?! 未成年だもん』

「そ、そうだよな……」


 でも飲んでるとしか思えないボケ方だったぞ。

 華音って、こういう所あるんだな。初めて知った。京汰は知ってるんだろうか。

 まぁ、気を取り直して。


「なんか、玲香が新歓コンパで飲まされたみたいで潰れちゃってさ。たまたま、先輩みたいな男に絡まれてる玲香を見たんだよ。今は駅前のベンチで寝てるんだけど。で、電車調べたんだけどさ、玲香の家はもう電車なくて帰れないから、華音のとこ連れてってもいいかな」


 一人暮らしの女子の家、しかも華音なら、安心して玲香を任せられると思ったのだ。


『あ、会長のママじゃなくて先輩とだったのね! え〜玲香大丈夫?? そりゃ会長も困るよね、すぐに住所送るね!』


 やっと正しく状況を理解してくれたようだ。


「本当か? ありがとう、助かるよ」


 ああ、女神様。ありがとう。

 とりあえず華音の最寄り駅を教えてもらって、電話を切った。ここから3駅とか便利すぎんか。


 教わった住所を地図アプリに入力して、青く表示された点線を黙々と辿っていくことにする。

 俺は、肩に頭を乗せたままの玲香を少し揺すってみた。


「おい。華音が家に泊めてくれるっていうから、華音の家行くぞ」

「すぅ……んっ……? あれ、かいひょ……?」

「……とりあえず、今だけでいい。5分でいいから立って歩いてくれ」


 電車に乗るまでは、肩を貸しながら何とかして歩かせ、華音の最寄り駅に着いてからは俺が玲香をおんぶした。誰かを背負うなんてほぼ初めてだが、女子なのでそれほど辛くはない。駅周辺の人は少ないが、それなりの視線を感じる。


 あ、そっか。

 今これはたから見たら、「ぐでーんと気を失っている、濃い栗色の髪の女子を背負い、深夜の住宅街をウロつこうとするアクセサリーじゃらじゃら男子」だもんな。色々と誤解を生みそうなである。

 俺が飲ませたわけじゃねえと弁解したいが、ここは黙って歩くしかない。


 左手で玲香の体を支え、右手でスマホの地図を確認する。辺りは閑静な住宅街で、俺の呼吸と、背中におぶった玲香の寝息しか聞こえなかった。絶賛熟睡中の彼女は、どこまで記憶が残されているんだろうか。




 もし記憶残ってんなら、今度俺に何か奢ってくれよ、もう。

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