#7 前世で徳を積んだのかも

 安定の俺達は大学に着いた。授業は13時からで、現在の時刻は12時45分。


<高校の頃とはまた全然違うね! 垢抜けて可愛い女の子がいっぱい!>

(だからお前少しくらい変態封印しろや)



 まるで悠馬が初めて俺の高校に来た時みたいだ。ミニスカだの生脚だのほざいて、みんなに見えないのをいいことに教壇に立ったり黒板触ったりやりたい放題だったよなぁ……。懐かしい。でも、さすがに今回は隠形おんぎょうしてても教授の隣にいるとかやめろよ。マジでやめろよ。と念を送っておく。



 入学式はみんなスーツで、髪色だけは申し訳程度に明るく、でもどこか硬かったけれど、新学期初日の今日は各自が好きなファッションに身を包んでいる。たまにコスプレか? みたいな赤髪や銀髪を見かけるし、女子のメイクも抜かりない。制服や校則に縛られていたのとは全く違う世界に足を踏み入れたんだなぁ、としみじみする。

 なぜ俺が余裕を持って大学に来たかったかというと、キャンパスが広すぎるからだ。自分の学部が入っている棟はかろうじて分かるけれど、教室の位置関係が分からない。○○教室と言われても、何階? 右? 左? っていう状況だし、最初の授業で堂々と遅刻できるほど強靭なハートは、残念ながら持ち合わせていない。そんなわけで目覚ましも早めにかけといたんだよね。……意味なかったけど。


 なんとか教室を見つける。現在12時57分。スマホに表示された番号と目の前の教室の番号は合っているのに、なかなかドアに近づくことができない。これって新入生ってか、日本人あるあるだと思う。合ってんなら入れよって思うんだけど、ドアについてる窓が小さくて中の様子がよく分からないし、謎の恐怖に駆られる。とりま誰かが入ってから俺も入ろうなんて思うけれど、それより前にどう見ても教授じゃんって感じのおっさんがそのドアを開けたので、俺も慌てて後ろのドアから入るしかなかった。……あれ、悠馬はどこ?


<な〜にビビってんのよ京汰くん>

(あ! てめっ……)


 壁からスルッと入ったらしい。入るなら言えや! 俺をぼっちにすんなや! 正規の学生は俺や!

 既に教室にいた30人くらいが教授に注目する中、俺は後方のテーブルに荷物を置いて椅子をそっと引く。高校では割と目立つおバカキャラだったんですけどね。最初は俺だって緊張すんのよ。


「はい、1時になりましたね。始めようか。……初めまして。ここは必修の基礎教養15っていう、新入生だけの授業の教室です。みんな間違いないかな?」


 うん、間違いないです。基礎教養って何するか分かんないけど数字は合ってますよ。


「よーし早速出席を取ろう。……あ、欠席5回したら単位あげないからね。僕ね、出席だけは厳しいのよ。1分でも遅刻したら遅刻扱いだから」


 マジか。あっぶねぇ。単位ってめっちゃ重要らしいから気をつけよ。

 冠婚葬祭と電車の遅延は欠席・遅刻扱いにしないし、成績は緩いからビビらないでね〜と中途半端な優しさを振りまく教授は出席を取り始めた。「レポートとかで成績つけるの苦手だから、出席重視ってことでよろしく〜」ってことらしい。あんたの事情かよ。

 それから出席は、ジェンダーの観点から、男女関わらず「さん」付けで呼ぶのがルールになっているらしい。


「工藤瑠衣るいさん」

「はい」


 ん? くどう、るい……。どっかで聞いたことある名前……。

 でもどこで聞いたのか、全く覚えていない。勘違いだろうか?


<あれ〜っ! 同じ高校の男子じゃん! 元生徒会長じゃん! 京汰と同じクラスになったことないけど僕顔だけ知ってる! 良かったね京汰、顔見知りがいたよ>


 隣で姿だけ消している悠馬が、驚いた様子で俺に話しかける。確かにそう言われれば、全校集会の度に聞いていた名前ではあるような気がしなくもない。悠馬詳しいな。生徒会長とか俺には縁がなさすぎて。

 まぁ、一応知り合い的な人間はいたってことか。……てか、生徒会長やるほどの秀才と同じ大学に入れたってことじゃん。俺すげえ。


 少しの間、やっぱ俺頑張ったよなぁ、莉央の理想が高すぎただけなんだよなぁ、と責任転嫁してずるずると考えていると。


「篠塚華音さん」

「はい」


 俺の耳がとんでもない言葉を拾った。

 ……ん?! え、待って待って、ん?!

 先生お願い。もう1回今の名前言ってくれる? 俺の幻聴?


(ね、ねえ悠馬、今確実に、し、篠塚華音って言ったよね)

<う、うん……言った。確実に言った。僕達の幻聴、ではない……はず>


 俺達(といっても、悠馬は人にはえないが)は忙しく顔を動かし、いつかの面影を捉えようと必死になった。

 後ろ姿しか見えないけど、「はい」と控えめに手を挙げたその女子は、肩につくくらいの柔らかな栗色の髪の毛を少し巻いていた。俺の記憶にある華音様のお顔を、その髪型と脳内で合成させる。——女神爆誕じゃねえか。

 ま……マジか、大学同じで学部も同じで必修のクラスも同じ?! どういう幸せの巡りよ。俺前世でめっちゃ良いことしたのかもしれない。


「藤井さーん。藤井京汰さん? いないの? 初回からいないの?」

「え、あ、いますっ! いますってば!」


 華音様との再会を喜んでいる間に出席は進んでいたようで。俺は慌てて存在をアピった。

 すると、ほぼ同時にさりげなく振り返った2人の人間。




 何を隠そう、工藤瑠衣と篠塚華音である。

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