#2 あれからこうなったんです
まず、高一の11月から話そう。
俺の人生史上ほぼ最大の事件が起こった。
それはクラス、いや学年、いや学校のマドンナ・華音様とホラー映画デートをした、わずか数日後のこと。
「えー、突然のことで先生もびっくりしてるんだけど……篠塚さんが、転校することになってしまいました……いやぁ残念だよ篠塚さんっ……!」
なんと、涙もろい担任が早速泣きながら伝えたのは、とんでもない事実だった。クラスの非リア男子どもは大声で「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」と嘆き、女子も驚きを隠せていなかった。華音様の仲良しメンツでさえ、知らなかったようだ。
俺は隣で耳をつんざくような悲鳴をあげる悠馬(もちろん、クラスメイトには聞こえない)をチラリと見つつ、次の瞬間には椅子からずり落ちていた。映画館の椅子と違って、教室の椅子はずり落ちるとめっちゃ痛い。
「篠塚さん、ううっ、みんなの前、でっ、ううっ、経緯を少し説明っ、ううっ、してくれるかなっ、ひっく」
すでに嗚咽交じりの声になってしまった担任に応え、華音様は教壇に立った。
「誰にも話せてなくて、ごめんなさい。私も一昨日くらいに親から聞いて、まだ整理がついてないんだけど……3学期から、父の仕事の都合でアメリカに行くことになりました。本当は単身赴任して欲しかったんだけどね、そううまくは行かなかったんだよね……。なので、みんなといられるのはあと1ヶ月弱です。今まで仲良くしてくれてありがとう。あともう少しだけど、最後まで仲良くしてもらえると嬉しいです」
あ、アメリカ……遠いぜ……。
華音様が俺の生活に色彩を与えてくれたのに、あなたがいない中であと2年もある高校生活をどう過ごせと?! 俺の生活はモノクロになってしまうよ?!
あの台無しの映画デートを思い出にして、心の拠り所にして生きて行けと? そんなの無理よ?
あぁ……辛い……人生がこんなに辛いとは……。
俺は迷った。大いに迷った。
華音様と多くの思い出を残すべきか、あえて残さないべきか。
残したら心の支えにはなるかもだけど、その分離れてから辛くなる。残さなかったら多分辛さは減るけど、きっともっと会っておけば良かったなって後悔する。
そして俺は決めたんだ。
12月の期末試験の後、華音様を誘ってみた。幸いにも誘いに乗ってきてくれた。先月見たホラー映画には続編があって、それが12月に公開されることになっていたのだ。俺達はそれを見に行った。今度は悠馬が現れることはなかった(前回ヌッと出てきたんだよ)。偉いな、あいつも学習したんだな。ちなみに華音様は2回、しがみついてきてくれた。うわぁ懐かしい。
そんで華音様がLINEで美味しそう、って言ってた店でご飯食べて。バラ色の1日だった。
「あの、京汰くん」
「ん?」
「ありがとう」
「え?……あぁ、奢りなんて気にすんなよ! 一緒にいれて楽しかったし!」
「そうじゃなくて、あ、それもあるんだけど、とにかく、ありがと!……アメリカに行っても、連絡取らせてね」
「おう! もちろん!」
その時、冷たい風がぴゅうっと吹いた。思わず身震いした華音様の手を取ったのは、無意識だった……と思う。想像以上にかじかんでて、びっくりして。
一瞬、華音様の両手をぎゅうっと包み込んで、それから俺のマフラーを貸した。もう俺の想いは十二分に伝わっていたはずだし、そうした行動を拒まない華音様も、きっと同じ想いだったと信じている。
けど、想いを言葉で伝えたらもっともっと、別れが辛くて苦しいものになっちゃうからさ。日米間のテレビ電話なんかじゃきっと絶対物足りないし。会って抱きしめたくなっちゃう。俺、華音様のスマホから飛び出して襲いそうだもん……ってリアルホラーじゃん。でもそんくらいの気持ちだったんだよなぁ。
だからあの時は、俺のマフラーにくるまれて、嬉しそうな顔をした華音様を見るだけで良かった。それだけで、冷たい風なんか全く気にならないくらいに俺の心はぽかぽかして。あぁ、甘酸っぱいわぁ。自分で言うのもアレだけど、非常に切なくて美しい思い出。
「あのさ……これ、あげるね。嫌なことあっても、これ握ってたら大丈夫だから!」
そう言って、俺が見習い陰陽師だとは知らない華音様は、淡い紫のパワーストーンを俺の手に握らせた。スピリチュアルなものが特段好きなわけではないらしいけど、このパワーストーンは「何となく可愛いし、持ってたら嫌なことが減った気がする」という理由で持ち続けていたらしい。だからあのパワーストーンは、陰陽道の呪文以上に効果があるんじゃないか……というか、あれば良いなぁ、なんて思って今も大事にしている。
帰宅した俺を出迎えた悠馬が『本当に華音様行っちゃうんだね……うわーーん』とガチで泣く所を見たのも初めてだったな。別れ際に返されたマフラーを俺はずっと見つめてた。良い香りしたんだよね。あぁ切ない。
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