037 御株

―――さて…どうくるか…。



しゅんから得た情報によれば、マイケルさんは、ヒットアンドアウェイを主体とした戦術、簡単に言ってしまえば、リスクを最小化する戦法をとってきたらしい。俺に対してこの戦術が有効であるかはさておき、俺には一つ予想している技がある。



―――…やっぱり来たっ!



画面が薄暗くなり、わずかにもやがかかった。この技を初めて受けたときは、相手の動きに集中していて、気づきもしなかった。しかし、今回は違う。ちゃんと備えている。



苦悶くもんかすみ…!』



対俺専用技とまで言われてしまった技。時間はかかれど体力ゲージを3分の1も削られてしまう。しかも回避不可という、俺にとっては厄介やっかい極まりない技。世界大会…一本勝負。自分で言うのもなんだが、俺を相手にしてこれを使わない手はない。


しかし、対策法は見つかった。


「苦悶の霞」は、対象を状態異常…端的たんてきに言ってしまえば「どく状態」にする技だ。回避不可である以上、毒状態になることは避けがたい事実。しかし、ワシさんのひらめきにより活路が開かれたのだ。



――――――自分から状態異常になれば良いんですよ!



最初聞いたときは、何かの冗談じょうだんだと思った。状態異常になりたくない、という話の行きついた先が、なぜ「自分から状態異常になる」なのか。


しかし、これが答えだった。



ところで、FPSの技には、そのすべてにアニメーションがつけられている。「炎陽えんよう」ならば、炎をまとって花びらが舞う、あれ。つまり、効果処理に一定の時間がかかるのだ。そして「苦悶の霞」の効果発動は、カットインから6フレーム後。


俺ならねじ込める。



『おーっと!マイケル選手が苦悶くもんかすみをはなったように見えたが…これは…ダイキ選手が割り込みをかけているーっ!』



実況さんの声を追うように、俺が発動した技がカットイン。普通ならばありえない光景に、会場から悲鳴にも似た声が上がる。



背水はいすい狂焔きょうえん…!』



俺に状態異常のアイコンがつく。もっともこれは「苦悶の霞」によるものではない。俺が使用した技「背水の狂焔」によるものだ。



―――状態異常になるだけなら意味ないけど…。



もちろんそんなデメリットだけの技ならば、いくら俺でも使わない。もちろん、追加効果がある。自ら状態異常におちいるのと引き換えに、全ステータスを上昇させるのだ。攻撃力はもちろん、防御力、あるいは移動速度まで。上昇幅はすずめの涙なので、これまたほとんど使われていない技。



背水はいすい狂焔きょうえん…これもまた珍しい技だ!ダイキ選手、状態異常を逆手にとった戦術…苦悶くもんかすみを無効化したーっ!』



そう、毒状態になっているキャラクターに、さらに毒状態にする…なんてことはできない。既に麻痺まひしている相手に、麻痺技を撃っても意味がないのと同じだ。


同じ状態異常が重複することは、基本的にありえないのだ。



「…!」



想定外の対応だったのだろう。マイケル選手の動きが止まった。俺でなければ気づかなかったかもしれない。それほどに僅か。



『風乱れて桜る…春霞一閃しゅんかいっせん!』



自分から攻撃を仕掛ける。カウンターを基本とする俺にとって、結構勇気のいる決断。しかし、チャンスを目前に躊躇ちゅうちょしているようでは、この先に進めない。



―――当たってくれ…。



一連の動きが終わるまで、任意の操作はできない。相手は既にガード体勢に入っている。俺にできることは、ただ見守ることだけ。


ガードの残り時間を示すバーが、じりじりと削れていく。あとコンマ1秒。春霞一閃の切っ先が、わずかに顔を出した。



『ファーンタスティーックッ!ダイキ選手の春霞一閃しゅんかいっせんが直撃。マイケル選手の反撃…返す刀だが…かわしたっ…そして…カウンターだーっ!』



会場のボルテージに合わせるかのうように、対戦が加速する。「苦悶の霞」を回避したことが奏功そうこう。あとは大技に注意しつつ、カウンターを決め続けるだけだ。



炎陽えんようからの…雷鳴らいめいっ!これは大技の連続…しかしかわす、かわす、かわすーっ!』



カウンターを決めたいところなのだが、ここは冷静に進める。大技はすきが大きいものの、威力がヤバい。下手に突っ込むくらいならば、技の使用回数切れを狙った方が良い。



―――…と、まあ。頭ではわかっているんだけどね…!



右の親指に力をこめる。


回避を続けることが勝利への最善手。それは間違いないのだが、理論が感情に負ける瞬間なんて往々おうおうにしてある。格好をつけたいのだ。



炎陽えんようが再びーっ!これもかわすダイキ選手…っとカウンターだーっ!』



押しきる。



『風乱れて桜降る…春霞一閃しゅんかいっせん!』



―――…ん?



マイケル選手、ガードを発動していない。あきらめた…わけではない。これは。



―――…か。



最後の最後、まさか御株おかぶを奪われかけることになろうとは。ギャラリーさんも気づいているようで、歓声が飛ぶ。



―――プロ…すごいな。



『決まったーっ!最後は春霞一閃!勝者…ダイキ選手!』



一回戦、突破。

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