035 目的
俺は今、空を飛んでいる。
もちろん浮遊の
あと、大きな目的がもう一つ。
―――母さんに会うの、久しぶりだな。
世界大会が開催される国、運が良いことに母さんの出張先だった。電話で話したりはしているものの、実際に会うのは久しぶり。半年…いや、もう一年ぶりくらい。
―――何だか…緊張する。
不思議な感覚だ。もちろんうれしい気持ちはあるのだけど、なんだろう、よくわからない感覚が胸を
「だ、
「ん?
俊が苦虫を
「だ、大丈夫…?」
「…。」
そういえばこの表情、見覚えがある。かなり昔、俊と
俊はかたくなに言わないのだが、おそらく高いところが苦手なのだ。
そういう俺も苦手で、観覧車では終始無言を貫くという離れわざを披露。
「アイマスク…あるよ。」
効果があるか不明だが、いろいろと備えはしてきたつもり。世界大会を前にして、テンションを暴落させるわけにもいかない。
「…ありがとう。」
出だしから不安が重なるが、苦手なものはどうしようもない。慣れとかそういう次元の話ではないし、そもそも無理をすることでもないのだ。無理なものは避ければよい。これがカウンターの
―――あれ…これって、帰りも…。
大変なことに気がついてしまった。誰か、某有名漫画に登場するドアを作ってください。
■
あれから数時間後、俺のテンションはストップ
スマホ片手に自撮り…ではなく、悠美さんとビデオ通話。俊や
『わぁー!海、きれいですねー!…私も行きたかったなー…なんて。』
お付き合いをしているとはいえ、お互いに未成年。電車で30分くらいの距離ならばともかく、ここは海外。さまざまな事由を総合的かつ常識的に判断した結果、お誘いはしなかった。
―――ん…?
誰かに呼ばれた気がする。まあ、気のせいだろう。母さんは17時まで仕事と言っていたし、父さんたちは先にホテルへと向かったはず。他に知り合いはいない。それよりも。
「…いつか一緒に行きましょう、って痛っ!」
せっかく一歩踏み出せそうな言葉を
あまりの勢いに目を白黒させていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「だいちゃーん!会いたかったーっ!」
『大樹さん!大丈夫ですか…って…だ、だいちゃん…!?』
まずい。悠美さんに大変な誤解が生じている。向こうには、俺が女性に抱き着かれている映像が届いてしまっている。普通に考えると、完全に浮気発覚。悠美さんとの未来がはじけ飛んでしまうわけだが、それは誤解なのだ。
「か、母さん。久しぶり。でも、今、電話中だから…。」
そう。俺の母である。
「電話?あら、かわいい女の子!」
母さんにスマホを強奪される。飛行機のなかで散々に考えた会話プランは、あっけなく
『お母さん…?あ、大樹さんのお母さん?は、はじめまして。桜井悠美と申します。』
「あらー、良いこじゃない。はじめましてー。大樹の母です!…大樹、結婚したの?」
話が早すぎる。
「お付き合いをさせていただいている方ですっ!」
「彼女ちゃんかー!で、いつ結婚するの?」
『え…えっと…その、あの…。』
質問は俺に向けられたものだが、スマホから戸惑いの声が聞こえてくる。俺だったら普通に通話終了ボタンを押しているところだが、あまりの迫力に
「いや…だから…。ああ、もう!スマホ返してよ。」
「照れちゃってー、かわいいんだから。はい、どうぞ。」
受け取ったスマホ、画面を見るのが怖すぎる。俺は母さんのテンションを知っているから、こんな感じでいられるが、悠美さんは初対面。しかも「結婚」などという、なかなかに重たい単語が100マイル級のストレートで飛んでいったのだ。
「ご、ごめんなさい。あの、決して悪気があるとか、そういうわけでは…。」
平謝り。
『び、びっくりしました。でも…大丈夫です!』
―――恥ずかしがってる顔もかわいいな…って、そうじゃなくって!
「あの…。」
『はい。』
「またホテルに着いてから、かけなおしますね。」
さすがに母さんに見守られながら「彼女」と話すのは…恥ずかしい。
■
「ユミちゃんだっけ。良い子じゃない!」
母さんにそう言ってもらえるのはうれしいのだが、素直に喜べない。なぜだろう。
「あの…母さん。いきなり結婚の話は…。」
「ちょっと早かったかしら?」
ちょっとどころではない。俺にも計画というものがあるのだ。
「でも、結婚するんでしょ?」
「いや…まだ18だし。悠美さん、17だし…。付き合ってまだ1か月も経ってないし…。」
もちろん将来的には結婚したい。いろいろと障壁がなければ、今日にでも結婚したい。それなのに、できない理由がすらすらと出てくる
「好きなんでしょ?好きどうしで結婚できるなんて、最高じゃない。」
「そうだけど…。」
「あんまりうだうだしてると、他の人にとられちゃうわよ。あんなに良いこ。」
それは否定できない。自分で言うのは悲しいが、俺なんかを好きになってくれるなんて、奇跡なんじゃないかと思うほど。
「そ…それは…。」
「ま、当人同士の気持ちが一番大事だからね。母さんは大賛成だから。」
「は、はあ。ありがとう…ございます。」
久しぶりに会った母さんと、こんな会話をすることになるとは。まあ、結果的にはありがたかったのかもしれない。現に、父さんにはまだ伝えられていないのだ。悠美さんとのこと。
腕時計に目をやるなり、そのまま社用車に乗り込む母さん。どうやら仕事の途中だったらしい。たまたま俺を見つけたということか。なんという偶然。
「母さん。これ、大会のチケット。」
世界大会のパンフレットと関係者専用チケットを手渡す。
「ありがとう。えーっとね、この後は会議があるから、一旦会社に戻って…17時くらいには退社できると思う。」
「そっか。俺、大会参加の手続きとかあるから、また電話するよ。」
「オッケー。じゃあ、気をつけてね。」
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