033 鼻唄

今日は朝から足取りが軽い。


悠美ゆみさんから、「明日、とっても楽しみです!」なんてメールをもらったのだ。昨日のもやもや感から一転、朝からテンションが急上昇中。全国大会優勝の喜びも相まって、感情がストップだかまで達している。


たった数メートルの道のりを、鼻唄まじりのスキップ。



しゅん、おはよー!」



自分でも、信じられないくらい大きな声が出た。展望台でやまびこを狙った時以上な気がする。



「…うーん…おはよう。元気だね…。」



俊、かなり朝が弱い。それを知っていてのハイテンション、これは俺が悪かった。加えて近所迷惑。二重にごめんなさい。



「あ…ごめん。うるさかったいよね。申し訳ない…。もう入ってても良い?」



「うん。あ、ワシさんは11時に来てくれるって。撮影それからねー。ふわわわぁん…。」



「おっけ。お邪魔します。」



俊のあとに続いて、撮影部屋へと入る。


俊はそのままソファーにダイブ。「30分したら起こして」という言葉をのこし、寝息をたてはじめた。パソコンを見ると、動画の書き出しが進んでいる。この時間まで編集作業が続いているということは、何かトラブルがあったのだろう。仕事とはいえ、俊も大変だ。



―――楽しそうに見えるけど…厳しい世界なんだな。



いわく、楽をしようと思えばできるらしい。しかし、その結果は、良くも悪くも「再生数」として返ってくる。俊は「答えのない世界」と表現したが、的を射た表現だと思う。


それから俊の代わりにパソコンを見守り続けること30分。…もとい、パソコンの横で悠美さんからのメールをながめ続けて30分。玄関の呼び鈴がなった。



「はーい。」



俊を起こして、玄関へと向かう。おそらくワシさんだ。



「はじめまして。黒川くろかわです。今日はよろしくお願いします。」



玄関先で深々と頭を下げられた。



「あ…えっと。先日はありがとうございました。香坂こうさかです。こちらこそ、よろしくお願いします。」



「よろしくお願い…ん…?あ、ダイキ選手じゃないですか!あれ…ダイキ選手ってシュンカンゲームズのシュンさん?いや…確かダイキ選手はゲストというお話…?」



ワシさん、盛大に混乱中。俺から状況を説明するよりも、俊が来てくれた方がはやい。



――――――ドガッ!



俊を呼ぶため振り返ると、信じられないほどの鈍い音が玄関先まで届いた。



「痛っ!…お待たせしてすみません。シュンです。今日はよろしくお願いします。」



盛大に小指をぶつけた俊が、苦悶くもんの表情を浮かべつつ、玄関へと向かってくる。さすがに心配になる音だったため、ワシさんと俺が顔を見合わせる。



「よろしくお願いします。…あの、大丈夫ですか?」



「すごい音だったけど…。」



「…ん。大丈夫です。…やっぱり…冷やしてきます。」



その方が良いと思う。





出だしからいろいろとあったが、撮影の方は無事にスタートした。内容はもちろん全国大会の振り返り。俊が進行役となり、ワシさんと俺の対談形式となる予定だ。



「さて、本日は…なんと!FPS全国大会優勝者、ダイキ選手にお越しいただきましたー!」



改めてそう紹介されると、やはり照れる。照れ隠しに頭をペコペコと下げる。



「さらにさらに、今回は、皆さんご存知FPSの兄貴こと、ワシさんにもご参加いただきまーす!初コラボです!よろしくお願いします!」



「ワシです。よろしくお願いします!」



ワシさん、FPSの兄貴なんて二つ名をお持ちなのか。知らなかった。やっぱり俺もほしいな、二つ名。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る