028 計算

まさか「霰覆あられこぼし」をフェイントのためだけに使ってくるとは。


会場から歓声が上がる。最初の状態異常攻撃から、全て計算されていたのだろう。俺が見た対戦動画では一度も登場しなかった技。俺がこのゲームを始めて日が浅いということもわかったうえでの筋書きなのだ。



―――あせらされた…。



今まで続いてきたノーダメージが破られ、しかもよくわからない状態異常を付けられれば、さすがに判断力が鈍ってしまう。処理しなければならない情報が増えるほど、どうしても反応速度は落ちていくのだ。


そこに準々決勝で俺が見た戦術を入れ込んでくる。「桜吹雪」のあとは「霰覆あられこぼし」だという思考に無意識ながらとらわれていたのだ。それを利用してのフェイント、そしてそもそも回避が難しい「春霞一閃しゅんかいっせん」につなげる。


まさに、完璧なストーリー。



―――くっ…。



てのひらの上でころがされて、シンプルに悔しい。経験値の差というべきか、実力の差をうまく利用された気がする。



―――でも…まだ、負けたわけじゃない。



想定外の戦術ではあるが、ここで焦る必要は何もない。カナさんの手の内は全て把握した。俺の驚きを利用することは、もうできない。カナさんは距離をとっているが、必ずどこかで攻め込んでくる。このまま進んで引き分け再試合となれば、手の内を知る俺に分があるのだ。



『さあ、再び試合は膠着こうちゃく状態。


両選手、すべての技が使える状態ではありますが…カナ選手は手の内を全て明かしている状況。しかも苦悶の霞は一度しか使用できない技。


一方のダイキ選手、地方大会を含めて現在まで、一度も技を使用していません。どんな隠し玉があるのか!?』



ご期待に沿えず申し訳ないのだが、隠し玉などない。技は隠していたわけではなく、単純に使っていないだけ。



―――待てよ…。俺も技が使えるんだよな…。



試合前に惰性だせいで登録した技に目をやる。どうせ使わないと思っていたが、ここまで来たら使えるものはなんでも使おう。



―――これなら…うん。



一筋の光が見えてきた。咄嗟とっさの思い付きに過ぎないが、これに賭けるしかない。一拍置いて、初めて操作するボタンに手をかける。



『散れ…桜吹雪!』



さあ、反撃開始だ。





『ここでダイキ選手、桜吹雪!対するカナ選手、ガードで耐えますが…これは耐えきれない!』



ガードの許容量を突破し、4撃目からダメージが入る。この間、任意の操作はできない。問題は最後の一撃のあと。



―――賭けだけど…いけるはず!



今まで多くの試合を見てきた。付け焼刃やきばだけど、さまざまな戦術を見てきた。


技には組み合わせると有効なものが数多く存在している。さっき俺が「霰覆あられこぼし」を予想したように、有名な組み合わせがいくつかあり、多くのFPSプレイヤーが採用している。だからこそ起点となる技がくると、その次に備え、対応する。それはある種、反射に近いものだと思う。


有名ということは強力ということ。


自分で言うのもなんだが、俺だから「霰覆し」の初撃をかわせただけで、普通ならばあの技の組み合わせで持っていかれている。それほどに確立されたコンボなのだ。



『カナ選手に連続ダメージ!再び戦況がひっくり返る!』



準々決勝で俺が受けたのも、有名なコンボ。決まればほぼ試合を決定づけるもので、かなり強力だ。



「桜吹雪」が来たら、次は「残花ざんかしずく」。



「霰覆し」と続く場合もあるが、あれははっきり言って対俺戦法に過ぎない。ただ、コンボには隙もある。完璧な組み合わせなど存在せず、もし存在していたとしても、運営によって調整が入る。桜コンボの弱点は「残花の雫」。コンボ全体で見たとき、ダメージ量の実に7割を構成しているのだ。



だからこそ、そこをピンポイントで止めるのがセオリー。



方法は主に二つ。まずは、あえて「桜吹雪」を受けきり、ガードを温存する対応。ダメージを受けるが、確実に「残花の雫」をガードでかわすことができる。ローリスクローリターンの対応。そしてもう一つが、今、カナさんがとっている対応だ。


「桜吹雪」を途中までガードし、ダメージを最低限に減らす対応。「残花の雫」に対しては、発動前に攻撃を当てることで、発動自体をキャンセルさせるのだ。「桜吹雪」に連続しなければ使えない、「残花の雫」の特徴を利用した方法だ。こちらはハイリスクハイリターン。返す刀でダメージを与えることができるし、主導権を奪い返すことができる。


カナさんが操るキャラクターが右ストレートの構え。右腕が動き、ひじが体側へと近づいていく。



―――…かかった。



俺はその右ストレートを、ただ、回避した。



「え…?」



歓声のわずかな間隙に、驚きの声がまじった。



『ここで決まったーっ!ダイキ選手の十八番、カウンター!全国大会優勝は…ダイキ選手っ!コーングラッチュレイションッ!』

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