027 安堵

決勝戦が始まった。ルールは今までと何も変わらない。緊迫の2分30秒が幕を開けた。



『さあ、始まりました、決勝戦。まずは両者、様子を伺います。』



達人の間合いというやつだろうか。カナさんは仕掛けてこない。俺はカウンターしか手がないので仕方がないことなのだが。


ただ、このまま時間が過ぎていくと、少し困ったことになる。お互いにダメージが与えられないのだ。それでは決着がつかなくなってしまうので、一定時間、攻撃可能圏内けんないから離れると、ダメージを受けるという設定がされている。つまり、相手の間合いに入らないと、どんどんとダメージを受けていくということなのだ。


このペナルティ的な要素は、リードしている側にかせられるもの。現状ではどちらも体力満タンなので、両者ともにダメージを受けることとなる。



―――うう…このままだと俺のノーダメージ記録が…。



突っ込むべきかどうか逡巡しゅんじゅんしていると、初めて見るカットインが現れた。



苦悶くもんかすみ…!』



主要な技は全て見てきたはずなのだが、初見。技名的に攻撃系だとは思うのだが、攻撃のモーションはない。



―――ん…?何だったんだろう…?



疑問が思考を覆った瞬間、俺の体力ゲージがわずかに減った。



「えっ…?」



思わず声がもれてしまう。攻撃を受けた様子はない。疑問に覆われた思考が、疑問に支配される。何が起きたのか。


考えられる原因は「苦悶の霞」という技だ。ただ、俺はその答えを知らない。必死で画面を探すと、俺のキャラクターについている、一つのアイコンに気づいた。



『おーっと!これは珍しい。カナ選手、苦悶の霞を使用しました。』



『状態異常ですね。いやー、私も久しぶりに見ましたよ。これは回避できませんからね。』



実況さんに解説さんが合いの手を入れる。


答えはまさかの状態異常。10秒ごとに、継続したダメージが入ってくる。まさかこんな技があったとは…。



―――落ち着け…状態異常で10秒ごと…削り取られることはないな。ないけど…このままだと。



時間切れで俺の負け。打開策を見つけなければならないが、カウンター以外に俺の打てる手はない。設定している技だって、一度も使ったことがないのだ。


どうすることもできないまま、時間だけが過ぎていく。会場からはどよめきの声が上がっているが、これも立派な戦術だ。対応できない俺が悪い。



『さあ、これで3分の1のダメージが入る。問題はここから。状態異常ではこれ以上ダメージを稼げない。ストーリーテラーがつづるのはどんな展開なのか!?』



どうやら3分の1以上のダメージは受けないらしい。さっきまでピコピコしていた、状態異常を知らせるアイコンも消えている。何とか立て直さなければ。


そのわずかな安堵感を狙いすましたかのように、「春霞一閃しゅんかいっせん」のカットイン。



―――やべっ!



わずかに反応が遅れてしまった。回避はできたものの、カウンターまでつなげることができない。



『散れ…桜吹雪!』



カナさんの攻撃が続く。主導権を完全に握られてしまった。


ただ、ここまでくるとさすがに予想がつく。最後の一撃は、間違いなく「霰覆あられこぼし」だ。準々決勝と同じ展開。あの時のあせりを見透かされていたのだ。


思考が追い付いてカウンターをするが、残念ながら「桜吹雪」には吹っ飛ばし無効の追加効果がある。ここはかわしきれるとしても、次からが問題。



『線上に揺蕩たゆたう粒…霰覆あられこぼし!』



―――やっぱり…ですよねっ!



狙うは初撃のみ。これをカウンターできれば、五分ごぶに戻すことができる。最初の状態異常攻撃は想定外だったが、これより先はいつも通り。



回避のコマンドを入力した瞬間。



―――あれ…?



「霰覆し」に割り込みがかけられ、別の技が放たれる。



『春霞一閃だーっ!ダイキ選手、初めてまともなダメージを受ける!』

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