029 当然

俺は「残花ざんかしずく」を使わなかった。おそらく会場にいる全ての人が、「残花の雫」を予想し期待していたと思う。FPS熟練者にとっては、当たり前の戦術なのだ。カナさんもその一人。



だから俺は、その経験値を利用したのだ。



あのタイミング、カナさんは「桜吹雪」に対して、いつも通りの対応をしたのだと思う。技のキャンセルだって結構な技術がいると思うのだが、カナさんにはその自信があったのだろう。だからこそ、ギリギリの戦いでも安全策を選択しなかった。



―――カウンターするには絶好の攻撃。



俺は基本に立ち返ったのだ。俺ができるのは「カウンター」のみ。技の駆け引きなんてできない。最後の最後で、俺はカナさんを自分の土俵に引き込んだのだ。



「ありがとうございました。」



「あ…ありがとうございました。」



カナさんと握手。聞こえるかどうかギリギリの声で、「次は負けないから」と言われた。格好よく「受けて立ちます」とか、「次も負けません」とか言えればよかったのだが、俺にその才はなかった。





『それでは表彰式にうつります。』


どこに飾ろうかと悩んでしまうほど、巨大なトロフィーを授与された。表彰式に入るまで知らなかったのだが、副賞として世界大会参加の交通費がもらえるらしい。賞金とともに、後日振り込まれるそう。


突然大金を手にして、日本代表となったわけだが、全く実感がわかない。優勝者インタビューは何とか乗り切ったが、こう、地に足がついていないような感覚。



―――やばいな…。何に使おう。ってか、税金っていくらなんだ…?



そしてもう一つ、重大な発表があった。それは、世界大会出場者の発表だ。俺は当然入っているのだが、世界で開かれている大会は日本大会を含めて7つ。世界大会の出場枠は8つ。残りの1枠、どう決まるのかというと、ポイントで決まるらしい。


FPSは、ネットワーク経由で全世界の人々と対戦することができる。そこでは勝利数や勝率応じて、ポイントが付与されるシステムとなっており、世界ランキングを構成している。



『今年のランキング1位は…12890ポイントで…カナ選手ですっ!』



なんとカナさん、世界大会出場。組み合わせの関係で、当たるとすれば世界大会決勝の場ということになる。これはリベンジを果たされるフラグな気もするが、カナさんも出場できるとなったことは、素直にうれしい。



―――てか、カナさんが優勝してたら…どうなってたんだろう?



ポイントランキング2位だった人の恨みをかってしまった気もするが、それはさすがに諦めてもらいたい。俺だって、世界大会に行きたいのだ。


そんなこんなで表彰式は無事に終了。この後は公式の動画撮影があるそうだ。撮影開始まではしばらくある。控室にいてもやることはないので、俊のいる観客席に向かうことにした。



「大樹!おめでとう!」



俊だ。天下のスポンサー様に祝っていただけるのはうれしいのだが…今、その声の大きさで名前を呼ばれると…。



「あ!ダイキ先生だ!サインください!」



「あの、写真撮影を…。」



「握手してください!」



「あぁ…押さないでください…。」



ほら、こうなる。まあ、嬉しいのだけど。悠美ゆみさんの件があったので、俊に隠れてサインの練習をしておいたのだ。優勝できなかったら、墓場まで持っていく秘密にしようと思っていたが、日の目みたので何より。


さすがに全員対応するわけにはいかないので、俊に助けてサインを送った。





俊に連れられ、何とか関係者スペースへと移動。途中で何度も声をかけてもらえた。うれしい。



「悪いわるい。大樹が有名人なの忘れてた。」



「俊の方が有名でしょ。」



あらためて有名人なんて言われると、ちょっとドキッとする。照れ隠しでツッコミをいれておいた。俊は登録者100万人ごえの実況者なのだ。顔出しをしていれば、こうやって関係者スペースに逃げ込むことになるはず。



「優勝しちゃったな。」



「おぉ、優勝してしまった。」



未だに実感がない。そんな俺を現実に引き戻してくれるのは、スマホのバイブレーション。さっきから全く止まらない。画面にはメールの山。



―――ん…?ほとんど東のおっちゃんじゃん。



どうやらスマホの操作をミスったらしい。本文なしのメールが大量に届いている。



「だーい好きなユミちゃんからのメール、ありましたか?」



またしても俊にいじられる。まだ、付き合っていないのだから、もう少しそっとしておいてほしいものだ。俊と亜美あみが付き合うとき、俺がどれだけサポートしたと思っているのだ。まったくもう。



「だーもう、いいから。あ…。」



「あ、来たんだ。良かったじゃん!」



俊にはバレバレのようだ。そんなに顔に出やすいタイプだろうか。

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