閉幕『雪女の雪見さんは燃えるような恋をしたい』第4章 抜粋

「見てください……あれが夏の大三角と呼ばれる星です。綺麗でしょ?」


 そういって、彼女が空で輝く星を指差すが、正直、どの星を指しているのか、さっぱりわからなかった。


「すまない、全くわからないのだが……」

「…………はぁ」


 すると、隣の彼女は、あからさまに不機嫌なため息をしつつ、こちらをじっと睨む。

 その視線は、まさに雪女の一族である彼女らしい、冷たいものだった。


「これでは、せっかく私がお誘いしたのが無駄になってしまいますわね」


 やれやれ、と首を振った雪見ゆきみさんに、俺は間髪を入れずに告げる。


「そんなことはない! こうして、きみと一緒に輝く星を見ることができたのは、俺にとって最高のご褒美だ!」

「…………ッ!」


 すると、雪見さんはまた俺から顔を逸らしてしまう。


「す、すまない! また俺は、変なことを言ってしまったな……」

「い、いえ……あなたがおかしなことを言うのは、もう慣れました……」


 そう言ってくれる割には、雪見さんは未だ俺と視線を合わそうとはせず、しばらく沈黙が続いてしまった。


 その間に、俺は今日のことを頭の中で振り返ってしまう。



  〇 〇 〇



 今日は、期末テストも終わったということで、俺と雪見さんはそのお祝いとして軽くお疲れ様会をやることになった。

 ただ、途中までは親友の健司と一緒にいたのだが、あいつはまた勝手に途中で退場してしまったのだ。


 本人曰く、夜からは別のクラスメイトたちとの集まりがあるらしく、そちらにも顔を出さなくてはいけないということらしい。


 というわけで、俺たちもそのまま解散しようとしたところで、なんと雪見さんから「家に来ませんか?」と誘われたのだ。

 彼女としては、門限があるので夜遅くの外出は許されていないものの、家の中に人を招くこと自体は問題ないとのことで、そのような提案をしてきたようだった。


 別に、断る理由もなかった俺は、あのお見合いの日以来の雪見家の門をくぐり、使用人の方々に迎えられてしまった。

 ちなみに、雪見さんのご両親は不在で、身の回りの世話は全部使用人の方がやってくれていた。


 ただ、その使用人の方は、メイド服に猫耳の生えた姿をしていた。

 もしかしたら、いわゆる猫又ねこまたと呼ばれる妖怪の血が入っている人なのかもしれない。


 そして、夕飯をご馳走になったあと、その使用人の方から、とんでもないことを提案されてしまった。


「お嬢様、もう時間も遅いことですし、阿倍野あべの様には泊まっていただきましょう」

「はぁ!?」


 俺は、こんなに慌てる雪見さんを見るのは初めてだった。

 多分、俺が「結婚しよう」と伝えたとき以上のリアクションだ。


「そそそそ、そんなこと、許されるわけないでしょう!? そ、それに……阿倍野くんも、そんなことを急に言われても迷惑でしょう!? お家の方とかの許可も必要ですし……」

「いえ。先ほど阿倍野様のご両親にも承諾を頂きましたのでご安心を」

「あっ、そうなんですか。じゃあ、俺は大丈夫です」

「大丈夫じゃないでしょう!?」


 せっかくの申し出だったので、ご厚意に甘えようとしたのだが、雪見さんだけはどうやら不服だったようだ。

 しかし、猫又の使用人さんが説得する形で、雪見さんも不承不承ながら俺が泊まることに納得してくれた。


「いえ、納得はしましたけど……」


 しかし、ここでさらなる問題が発生する。



「どうして私の部屋に阿倍野くんを案内するのですか!?」



 なんと、猫又さん(仮)は、俺を客室ではなく雪見さんの部屋へと連れて行ったのだ。

 そのことに大変憤慨している雪見さんだったが、猫又さんは全く気にする素振りもなさそうだった。


「何を仰っているのですが、お嬢様。将来、旦那様になるお方なのですから、お部屋にお通ししても、何も問題はないはずですが?」


 無表情で、そう答えた猫又さんはそのまま俺と雪見さんを残して、引き戸を閉めようとする。


「阿倍野様、どうぞ、ごゆっくり。ふふふ」


 そして、謎の笑い声を残して、彼女は立ち去ってしまった。


「…………」


 雪見さんは、顔を真っ赤にしたまま、部屋に敷かれてあった2つの敷布団を見つめる。


「……阿倍野くん」


 そして、彼女は僕のことを、びしっ! と指差した。


「絶対に……変なことしないでくださいよっ!」


 無論、俺はやましいことをするつもりなんてこれっぽっちもなかった。

 なので、彼女が先に布団に入ったあとも、背中を向ける形で、床に就く。



「…………」



 だが、俺は自分の心臓の音が煩くて、なかなか眠ることができない。

 背中から感じる雪見さんの気配が、俺の潜在意識を覚醒させる。


 ……一体、どれほどの時間が経過しただろう。


 そして、未だに瞼の裏に広がる暗闇を見続けるだけだった俺に、声が聞こえた。


「……阿倍野くん」


 思わず、その声に反応して振り返ってしまう。


 すると、白い長襦袢を着た雪見さんが、俺の顔を覗き込んでいた。

 暗闇の中でも、わずかな月の光に照らされて、透き通るような黒髪が光っているように見える神秘的な姿に、一瞬、俺は夢を見ているのかと思った。


「……なんですか、その顔は」


 しかし、不満そうな顔を浮かべる彼女の表情を見て、これが現実であることを確信する。


「……まあ、それは別にいいです」


 彼女は、耳に掛かった自分の髪の毛を払いながら、僕に告げる。


「あの……少し、外の空気にあたりませんか?」



  〇 〇 〇



 こうして、俺は彼女に案内されるまま、梯子を使って瓦屋根に上り、夜空に輝く星の下に来たというわけだ。


「私……昔はよく、嫌なことがあったら、ここで星を眺めていたんです」


 すると、しばらく続いた沈黙を打ち破るように、膝を抱えた彼女が俺に告げる。


「ほら、私って、面倒くさい性格をしていますから、周りと上手く打ち解け合うことができなくて……それを、ずっと自分の出自のせいにしてきたんです……」


 彼女の身体が、ギュッと強張るのがわかった。


「だけど、阿倍野くんは、そんな私でも好きだと言ってくれました……。だから、正直に……あなたには伝えます」


 その瞬間、すっ、と、彼女の手が、俺の手に触れる。


 とても冷たい感触が、俺にも伝わる。


 そして、彼女は、空に輝く星よりも綺麗な瞳を向けて、言った。


「私、嬉しかったんです。阿倍野くんに、好きといって貰えたことが……」

「雪見さん……」

「だ、だけど! 怖いんです。あなたがいつか、私のことを嫌いになってしまわないかって……面倒くさい女だって、思われるんじゃないかって……」


 雪見さんの目から、溜まった涙が流れ落ちる。


 いつも凛とした彼女からは想像できないような態度だった。


「雪見さん……」


 そして、そんな雪見さんに俺からできることがあるとすれば、たった1つしかない。



「俺は、きみのことが好きだ!」



「…………はい?」


 ぴたり、と彼女から流れる涙が止まり、困惑した表情を浮かべていた。

 だが、俺はそんなことは構わず、両手で、彼女の手を包むようにして、握りしめる。


「雪見さん! 俺は、きみのことが好きだ! これからもずっと、その気持ちは変わらない!」


 最初は、ただの一目惚れだと思っていた。


 だけど、ずっと彼女の傍にいて、色々な姿の彼女を見て、俺は確信した。


「俺は、きみと一緒に過ごして、短い間かもしれないが、どんどんきみのことが好きになっていった!」


 それが、彼女に伝えることができる、俺の全てだった。



「だから、俺がきみを嫌いになるなんて、あり得ない!」



 そして、俺は彼女に、その気持ちを全力でぶつけた。


「……ふ、ふふふっ!」


 すると、彼女はくすくすと、笑いが堪えられないといわんばかりに、声を漏らす。


「あなたは、本当に……変わった人ですね」

「そ、そうだろうか……」


 健司などにはよく変人扱いをされてしまうものの、まさか雪見さんにまでそんな風に思われてしまったのだろうか?


「でも……」


 しかし、彼女は何気ない口調で、俺に言った。



「私は、そんなあなたが大好きですよ」



 …………えっ?


「ゆ、雪見さん! 今、なんて……!!」


 俺は、雪見さんの言葉を、もう一度聞き直そうとした。


 だが、その台詞は、不覚にも雪見さんによって遮られてしまう。


「……ん」



 俺の口に、彼女の唇が、重なる。



 彼女の掌と同じ、冷たい感覚。



 何より、今まで味わったことのない、甘い味がした。



 そして、彼女はゆっくりと重なり合った唇を離すと同時に、俺に言った。



「残念ながら、2度は言いません」



 いたずらな笑みを浮かべた彼女の姿は、今まで俺が見てきたどんな彼女よりも、幸せそうに笑っていたのだった。



 オリポス文庫 著:日輪牡丹

『雪女の雪見さんは燃えるような恋をしたい』 第2巻

 第4章 「7月の星空」より抜粋


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